年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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「なっ!何でいるの⁈」

このタイミングで、何故此処にいるのか、混乱した私は思わずそう声を上げる。
来る前には連絡しなさいよって言ったのに、何で予告なく来ているのか。この様子じゃ、また夜遅く家にやって来て、私に激怒されていたに違いない。

「えーと。何でって、今日の朝着いて~、ブラブラしてたんだけど、どこも人が一杯だからここに来た」

悪びれる様子もなく言う弟に、「そうじゃなくて!来る前には連絡しなさいって言ったでしょ!!いきなり来ても泊められないんだからね⁈」と私は怒りを露わに返した。

「あ、してなかったっけ。悪い悪い」

頭を掻きながら軽く謝る真琴の隣の席を降り、彼女の奈々美ちゃんが私の元にやって来ると袖を引っ張る。

「咲月ちゃん。いいの?一緒に来た人置いてけぼりだけど」

私はそこで我に返って慌てて振り向いた。

「あ……の……」

睦月さんは、呆然としたまま固まっているように見えた。

「何?咲月の彼氏?」
「ちっ違うから!」

こっそりと私に言う真琴に私はそう返して睦月さんの元に向かう。

「すみません。あの、弟……なんです。年末にこっちに来るとは聞いてたんですけど、まさか今日だなんて聞いてなくて」

言い訳するように睦月さんに言うと、睦月さんはようやく表情を緩めた。

「弟。そっか、弟かぁ……」

何故か自分に言い聞かせるように睦月さんは呟いた。



「じゃあ乾杯!」

私の斜め向かい、つまり睦月さんの向かいの席で、真琴が調子良くそんな声を上げると、私達はジョッキを合わせた。

結局、最初はカウンターにいた2人と一緒にテーブルに移動すれば?とおじさんに言われて、渋々そうする事にした。
真琴なんか、もう興味津々で睦月さんに話しかけている。

「へ~。カメラマンなんですか。姉ちゃん、何か困らせたりしてないですか?」

久しぶりに真琴から姉ちゃん、なんて呼ばれるが、言っている内容はそれなりに酷いと思う。

「とんでもない!さっちゃんにはいつも助けられてるよ?君のお姉さん、凄いんだから」

睦月さんの方が得意げに、恥ずかしくなるくらい褒めてくれる。

「へ~え」

それを聞いて真琴は、意味深にニヤニヤしながら私に視線を向けジョッキを口に運んだ。

「えっと。普段はどんな方と仕事してるんですか?芸能人とか?」

奈々美ちゃんも、興味津々で睦月さんに尋ねている。
田舎じゃ芸能人に会う事もないもんなぁ……と思うが、私もそんなに会うわけじゃない。

「雑誌のモデルさんが多いかな?さっちゃんは橋本香緒って子の専属なんだけど知ってる?」

睦月さんがいつもの優しい笑顔で奈々美ちゃんに言うと、「橋本香緒⁈」と興奮気味に立ち上がった。

「何?奈々美、知ってるのか?」

ジョッキ片手に驚く事もなく真琴は立ち上がった奈々美ちゃんに尋ねた。

「知ってるどころじゃないよぉ!」

奈々美ちゃんは隣を向くと「前に雑誌見せたでしょ!私の好きなモデルさん!」と興奮気味に真琴に話しながら座り直している。
そんな私達の席におじさんが皿を持って来ると、「こら奈々美、騒がしいぞ。すみません。姪っ子が」と皿を置きながら睦月さんに謝っていた。

「姪っ子さんなんですか。でも嬉しいですよ。知り合いを好きだと言って貰えて」

確かに、身近にまさか香緒ちゃんのファンがいたなんて思ってもいなかった。そういえば、地元に帰ってそんな話をする事は今までなかったなと思った。

「奈々美ちゃん、ありがとう。香緒にも伝えておくよ」

そう言って睦月さんは、奈々美ちゃんにニッコリと笑いかける。

 「は、はい!ありがとう……ございます」

ポーとした様に頰を染めて睦月さんにそう返す奈々美ちゃんを見て、複雑な気分になる。

そうだよね。睦月さんにそんな風に笑いかけられたら、誰でもそうなっちゃうよね……

中学生の頃までは、私も奈々美ちゃんもショートカットに日焼けした肌で、見るからに運動部です、みたいな姿だった。
でも、今は違う。すっかりと女の子らしくなって、フワフワと笑う可愛らしい奈々美ちゃんを見て、私の胸はツキンと痛んだ。

私も……あの時、あんな事を言われなければ、こんな風になれてたのかな?

そんな事、思ってても仕方ないのに、つい考えてしまう。可愛くなる努力もせずに、可愛いと思って欲しい、なんて痴がましい。でも、努力しても、睦月さんが私の事をどう思うのかなんて分からない。
時々私の事を可愛いと言ってくれるけれど、それは単なる言葉のアヤで、きっと、明るく笑う奈々美ちゃんにも同じ事を思うのだろう……。

目の前で、楽しげに会話している3人を、何処か遠い場所から見ているような気持ちで私はぼんやりと眺めていた。

「……ちゃん。さっちゃん、どうかした?」
「え?」

いつの間にか、隣で睦月さんが心配そうに私の方を見ていた。

「あ……ごめんなさい……」

顔を上げたけど、睦月さんの顔を見ることが出来ずに、私は視線を外してそう返す。

「昨日も遅かったし、疲れてる?」

睦月さんは私を気遣う様に、本当に心配そうに私を見ている。

「大丈夫です。すみません」
「そう?疲れてるなら言ってね」
「はい……」

皆に水を差すような態度を取ってしまった自分を情けなく思いながら、私は小さく返事を返した。
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