上 下
53 / 183
14

4

しおりを挟む
さて、どうしようかな……

使った食器も全て片付け終わり、結局これからどうするか何も思いつかなかった自分の格好悪さを痛感しながらリビングへ向かう。
時間はまだ4時を過ぎたところ。今から何処かに出かけるには、あまりに中途半端な時間じゃないだろうか。

「お片付け、ありがとうございます」

ソファに座っていたさっちゃんが、戻って来た俺の方を振り向き、申し訳なさそうに言う。

「そんなたいした数でもないから気にしないで。それより……これからどうしようか?どこか行きたいところない?」

一応3人掛けのソファだから、あまりさっちゃんに近づきすぎないよう気を使いながら俺は横に並んで座る。さっちゃんは俺の方を見ながら、言い出し辛そうにこっちを見ていた。

「ん?どうかした?」

顔を覗き込むようにしてさっちゃんに尋ねると、さっちゃんは足元に置いてあった自分のバッグから何か取り出して俺に差し出した。

「こっ、これ!良かったら一緒に見てもらえませんか?」

目の前には、DVDのパッケージ。それは、この前さっちゃんが司と一緒に仕事をしたあの女優さんのデビュー映画だった。昔映画館で一回見たっきりで少し懐かしい。

「いいよ。俺も内容だいぶ忘れてるし、見たいなって思ってた」
「私も一回しか見た事なくて。みかさんとお仕事したら久しぶりに見たくなって買ったんです」

綻んだようにさっちゃんは笑顔を見せる。それに釣られて俺も笑う。

よっぽどミッシェルとの仕事が楽しかったんだろうなぁ。

撮影日の帰りの、いつもより饒舌になったさっちゃんを思い出す。その時教えてくれたミッシェルの本名。

『良かったらこれからもずっとそう呼んで欲しいって言われたんです』

珍しく興奮気味になっていたさっちゃんは、目を輝かせてそう言っていた。
その後で、それとなく司の仕事振りを聞いてみたら、さっちゃんは途端に冷静な顔になった。

『凄い……しか言えなくて。指示があんなに的確な人いるんだなって思いました。アイラインをミリ単位で調整したの初めてです』

その時俺は司に嫉妬したなんて、もちろん誰にも言えない。司の仕事の腕なんて、百も承知の筈なのに、それでもさっちゃんにそんな事を言わせる司を羨ましい。そう思ってしまった。

「……睦月さん?」

ぼんやりしていて、さっちゃんが心配そうに俺を見上げいる。

「あ、ごめん!今デッキに入れる」

慌てて目の前のテレビ台の下にあるデッキに向かう。
そして、セットするとまたソファに座った。さっきより気持ちだけさっちゃんに近づいて。


◆◆


土曜日夕方の電車内は、混雑と言う程でもないが座れる程は空いていない。扉付近に立ち、俺は意気消沈しながら口を開いた。

「さっきはその……ごめんね」

揺れに身をまかせながら、隣に立つさっちゃんに謝る。

「いえ。謝る事ないですから」
「あはは……年取ると涙腺弱くなるって本当だったんだね」

乾いた笑いと共に、俺はそう言い訳がましく言った。

さっきまで家で映画を観てたわけなんだけど……、途中で不覚にも俺は泣いてしまった。そういえば映画館で見た時も涙までは流さなかったものの、ものがあったのを思い出した。でも、今回は気付けば涙が流れてて、それに先に気づいたさっちゃんが、慌ててティッシュの箱を探す事態になったのだった。

家族ものって弱いんだよね。俺……

改めてそう認識する。母を早くに亡くしてしまったからか、最愛の妻を亡くした父を間近で見ていたからか、やはり感傷的になってしまう。
いい年になっても、いや、そんな年齢になったからか、そんな感情を抑えきれないのかも知れない。

それにしても、さっちゃんの驚いた顔。びっくりしたよなぁ……

隣で外を眺めているさっちゃんの横顔を、俺は申し訳なく思いながら見下ろした。


映画を見終わってから、どこかにご飯でも食べに行こうかって切り出した俺に、さっちゃんは「それなら……いただきに行きませんか?」と答えた。
俺は二つ返事でその提案に乗り、せっかくだから電車で行ってお酒飲もうよ、と返したのだ。

「この路線……懐かしいです」
「そうなの?」

俺に視線を向けてさっちゃんは頷く。

「専門学校がこの路線で、2年間乗ってました。あの頃をちょっと思い出します」
「へ~。そうなんだね。その頃のさっちゃんにも会ってみたかったなぁ。きっと可愛かったんだろうな」

つい心の声をそのままに出してしまうと、さっちゃんはまた外に視線を戻した。

「……またそうやって揶揄うんですね」

扉のガラスに映ったさっちゃんの表情は、少しだけ暗く見えた。


3回目になる暖簾を潜り、俺が先に店に入ると、店主はいつものようにカウンターの向こうから「らっしゃい!」と威勢の良い声を出す。

「お、兄さん。また来てくれたのか」
「こんばんは。今日は2人、ですけど」

俺の台詞に合わせるようにさっちゃんが顔を出すと、店主は少し目を開く。

「おぉ咲月!なんだ、待ち合わせか?」

それに反応したように、カウンター前の男性が振り返って「咲月⁈」と声を上げる。その人を見て、さっちゃんは見たこともないくらい驚いている。

「なっ!何でいるの⁈」

そう言って。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

腹黒御曹司との交際前交渉からはじまるエトセトラ

真波トウカ
恋愛
デパートで働く27歳の麻由は、美人で仕事もできる「同期の星」。けれど本当は恋愛経験もなく、自信を持っていた企画書はボツになったりと、うまくいかない事ばかり。 ある日素敵な相手を探そうと婚活パーティーに参加し、悪酔いしてお持ち帰りされそうになってしまう。それを助けてくれたのは、31歳の美貌の男・隼人だった。 紳士な隼人にコンプレックスが爆発し、麻由は「抱いてください」と迫ってしまう。二人は甘い一夜を過ごすが、実は隼人は麻由の天敵である空閑(くが)と同一人物で――? こじらせアラサー女子が恋も仕事も手に入れるお話です。 ※表紙画像は湯弐(pixiv ID:3989101)様の作品をお借りしています。

【R18】十六歳の誕生日、許嫁のハイスペお兄さんを私から解放します。

どん丸
恋愛
菖蒲(あやめ)にはイケメンで優しくて、将来を確約されている年上のかっこいい許嫁がいる。一方菖蒲は特別なことは何もないごく普通の高校生。許嫁に恋をしてしまった菖蒲は、許嫁の為に、十六歳の誕生日に彼を自分から解放することを決める。 婚約破棄ならぬ許嫁解消。 外面爽やか内面激重お兄さんのヤンデレっぷりを知らないヒロインが地雷原の上をタップダンスする話です。 ※成人男性が未成年女性を無理矢理手込めにします。 R18はマーク付きのみ。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...