上 下
49 / 183
13

4

しおりを挟む
武琉君の持って来たお水を渋々口に含むと、香緒ちゃんは顔を上げた。

「でね。さっきの続き」

陽気に言う香緒ちゃんに、「さっき?」と武琉君が尋ねた。

「睦月君が来る前に話してたこと!」

睦月さんが来る直前と言えば、睦月さんの結婚願望について、だった筈だ。本人を目の前にその話をするの?とドキドキしながら私は様子を見守った。

「賭けない?」

あまりにも唐突過ぎて、香緒ちゃん以外のみんなが一斉に香緒ちゃんを凝視すると、「賭け?」と口にした。

「そう!負けたら来年のこの会の費用を持つ。どう?」
「……一体何を賭けるんだ……」

希海さんは、香緒ちゃんがもう止まらないと分かっているのか、多少呆れながらもそう尋ねた。

「1年後のお疲れ様会までに、睦月君が結婚してるかどうか、だよ?」
「えっ!俺⁈」

さっきの話が何か分からない睦月さんは、武琉君の料理に手をつけ始めたばかりだった。
正直なところ、酔っ払いの香緒ちゃんは私達に任せて……と思っていたのかも知れない。そんな、ちょっと気を抜いていたところに唐突に振られ、しかも内容が内容だけに、箸を落とさんばかりに驚いていた。

「ちょっと待って!そんな賭け成立しないからさ!彼女もいないのに1年後、結婚してるわけないでしょ!」

慌てたように返す睦月さんに、香緒ちゃんは得意げに「そんな事ないよ?」と返した。
それから香緒ちゃんは握り拳を作り、希海さんの前に突き出す。マイクの代わり……のようだ。

「じゃあ、希海からね!どっちに賭ける?」

香緒ちゃんの勢いに押されている希海さんは、珍しく困惑気味な表情を見せている。

「俺は……さすがに、してない……と思う」

申し訳なさそうにそう言いながらチラリと睦月さんを見る希海さんに、睦月さんは「だよね」と残念そうに返す。

「じゃあ次、武琉ね」

そう振られた武琉君は、少し考えてからこう言った。

「俺は……してる……と言うか、してたら良いなって思う」

真っ直ぐにそう言う武琉君に、その誠実さが現れていると思った。
隣で香緒ちゃんは「さすが武琉!」とニコニコしている。

「じゃ、さっちゃんは?」

当たり前だけど、逃れられる筈もなく、私は俯き気味に口を開いた。

「私は……。して……ない……と思う」

これはただの、私の願望だ。1年後、もし、睦月さんが「奥さんだよ」って、見たこともない誰かを連れて来る姿なんて見たくない。早く結婚したいって言う睦月さんには悪いけど、今はまだそんな話を聞きたくない。

「ふぅん。さっちゃんはそっちかぁ」

何故か香緒ちゃんが、残念そうにそう呟いた。

「そう言う香緒は、いったいどっちなのさ……」

もうすっかり諦めの境地で尋ねる睦月さんに、香緒ちゃんは悪戯っぽい笑顔を向けた。

「僕はもちろん、してる、に賭けるよ?」

そうきっぱりと睦月さんに向けて言うと、香緒ちゃんはその横の私に視線を動かした。
もしかして……香緒ちゃんは、その相手が私だったらいいと思ってる?
そのくらいにニコニコしながら、私を見ていた。

「香緒……ギャンブラーだなぁ……」

睦月さんは、そんな香緒ちゃんを見ながら、面食らうように呟く。

「あ、睦月君、僕が適当に賭けてると思ってるでしょ?あのね……。一つ言っとく」

香緒ちゃんは余計に酔いが回ってきたのか、よりフワフワした様子を見せながらも、はっきりした口調で続けた。

「人が恋に落ちるのに、時間も会った回数も関係ないからね?それ、もちろん睦月君は実感してるよね?チャンスは自分で掴まなきゃ!」

まるで睦月さんだけじゃなくて、私にも言っているように、香緒ちゃんは時々私の方を見る。

私だって実感してる。
武琉君に再会して半年程で結婚式を挙げた2人に、睦月さんに一番身近な長門さんと瑤子さん。

私だって、チャンスが訪れるならそうしたいよ……

そう思いながら、チラリと横にいる睦月さんを見ると、ちょっと驚いたように目を開くその人と目が合った。
私が睦月さんがこっちを見てた事に驚いていると、そんな私を気にする事なくニコリと笑ってから香緒ちゃんの方を向き直した。

「でもさ、さすがに1年は無理でしょ」

そんな睦月さんに、香緒ちゃんは両手を握り自分の両脇で降りながら、「何言ってるの睦月君!弱気!頑張って!」と励ますように言った。

「そうだね。頑張るよ、香緒……」

睦月さんは、そんな香緒ちゃんに、ふわりと笑いながらそう答えた。

財閥のぞみVSスペシャルシェフたけるの戦いだね。ごめんね武琉。負けちゃっても僕、材料費出すのとお皿並べるくらいしか出来ないけど」
「大丈夫だ」

武琉君は、そう言って優しく香緒ちゃんに返す柔らかい空気感を、羨ましく思いながら私は眺めた。


その後、香緒ちゃんは突然「眠い!」と言い出して、武琉君に抱き抱えられ……もちろんお姫様抱っこで……この部屋を後にした。

「すみません。香緒が……」

希海さんは、ようやく本格的に食べ始めた睦月さんを前に、そう謝る。

「あぁ。気にしてないよ?香緒がお酒飲むところなんて、そう言えば初めてだけど、いっつもあんな感じ?」

睦月さんは、笑顔を浮かべて希海さんに尋ねる。

「たまに……。特に家で飲むと気が緩むみたいで。今日は特にいつもより浮かれてたみたいです」

希海さんは頭を抱えるようにして、そう答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

【完結*R-18】あいたいひと。

瑛瑠
恋愛
あのひとの声がすると、ドキドキして、 あのひとの足音、わかるようになって あのひとが来ると、嬉しかった。 すごく好きだった。 でも。なにもできなかった。 あの頃、好きで好きでたまらなかった、ひと。 突然届いた招待状。 10年ぶりの再会。 握りしめたぐしゃぐしゃのレシート。 青いネクタイ。 もう、あの時のような後悔はしたくない。 また会いたい。 それを望むことを許してもらえなくても。 ーーーーー R-18に ※マークつけてますのでご注意ください。

やさしい幼馴染は豹変する。

春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。 そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。 なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。 けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー ▼全6話 ▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています

【R18】強面若頭とお見合い結婚したら、愛され妻になりました!

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
極道一家羽賀(はが)家の愛娘であるすみれは蝶よ花よと育てられてきた21歳。 周囲が過保護なこと、幼少期に同年代の男の子に意地悪をされてきたことから、男性が大の苦手。年齢=彼氏いない歴である。 そんなすみれを心配した祖父が、ひとつの見合い話を持ってくる。 だけど、相手は同業者!? しかも、九つも年上だなんて! そう思ったのに、彼にどんどん惹かれてしまう……。 ―― ◇掲載先→エブリスタ、アルファポリス(性描写多めのバージョン) ※エブリスタさんで先行公開しているものを転載しております。こちらは性描写多めです。

【R18】嫌いな同期をおっぱい堕ちさせますっ!

なとみ
恋愛
山田夏生は同期の瀬崎恭悟が嫌いだ。逆恨みだと分かっている。でも、会社でもプライベートでも要領の良い所が気に入らない!ある日の同期会でベロベロに酔った夏生は、実は小さくはない自分の胸で瀬崎を堕としてやろうと目論む。隠れDカップのヒロインが、嫌いな同期をおっぱい堕ちさせる話。(全5話+番外小話) ・無欲様主催の、「秋のぱい祭り企画」参加作品です(こちらはムーンライトノベルズにも掲載しています。) ※全編背後注意

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

処理中です...