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睦月さんの作ってくれたシチュー、美味しかったな。
そんな事を考えながら、今日撮影が行われる古いビルの階段を登る。
もちろんルーは市販のものだけど、材料は全て丁寧に切ってあって、睦月さんの人柄が出ているようだった。
睦月さんといるのは楽しくて、会話なんてなくても、笑っている顔を見せてもらうだけで安心する。
ずいぶん前に亡くなったと言うお母様と、それを支えたお父様の素敵なエピソードを聞かせてくれて、それを話している睦月さんの顔は、懐かしそうに、でもとても幸せそうな顔をしていた。
睦月さんと結婚する人は、きっと大事にしてもらえるんだろうな、なんて思って、少し寂しくなってしまったけれど。
人気のない廊下を歩きながら、私は頭を振る。仕事に集中しなくちゃ、と。
現場は2階の一番奥、と聞いていたけど、見事に人っ子一人いない。本当にここなのかな?って心配になるくらいに。でも、だからこそこの場所を選んだのかも知れないな、とも思う。有名人の極秘撮影なんて、一般の人に見つかるわけにいかないのだから。
扉の前まで来ると、一旦バッグを下ろして深呼吸をする。
大丈夫。睦月さんが出来るって言ってくれたんだから
そう自分に言い聞かせて、またバッグを肩に担ぐと、重そうなスチールの扉をノックし、そっと開けた。
「失礼します……」
中の様子を伺いながら扉を開けると、知った顔を見つけてホッとしながら中に入った。
「わぁ!咲月ちゃん!久しぶり~!」
そう言って真っ先に駆け寄ってくれたのは瑤子さん。香緒ちゃんの結婚式でお会いした以来だ。
「お久しぶりです、瑤子さん。今日はよろしくお願いします」
そう言って少し頭を下げるとズリ落ちそうなバッグを持ち直した。
そして、その先に立つ長門さんの方に向かう。
睦月さんよりおそらく10センチ程背が高い。睦月さんも、172センチある香緒ちゃんより背が高いのだから、低い方ではない。
だから私は、長門さんのことを空を見上げるくらい首を曲げて見る事になってしまう。
「……お誘いありがとうございます。長門さん。今日はよろしくお願いします」
さすがに結婚式で顔を合わせた事はあるものの、ちゃんと話した事はなくて、目の前にするだけで緊張してしまう。けれど、睦月さんが色々話を聞かせてくれたおかげで、最初より少しその緊張感は和らいでいる気がする。
「悪かったな。急に。今日はこの部屋しか使わねーから、控え室はない。コーナー作ってるから案内させる」
長門さんはそう言うと「中川!」と誰かを呼んでいた。
中川と呼ばれたその人は「はーい!お呼びですかぁ?」と軽い口調で走って来た。
「今日のメイク担当。お前、案内しろ」
ぶっきらぼうに長門さんが言うのを、特に気にする様子もなく、「了解っス!」とその人は軽く答えて私の方を向いた。
短めの髪をワックスで立たせているのかツンツンで、背はあまり高くない。
とにかく何と言うか……距離感が……近い。
「俺、中川って言います!名前なんて言うんですか?」
そう言って顔を覗き込まれ、思わず仰反るようにして立ち止まる。
「わ、綿貫です」
「綿貫さん。あ、こっちっス」
私が顔を強張らせた事に気づかないようにそう言うと、中川さんは先を歩き始めた。
年は同じくらいだと思う。もしかしたら年下かも知れない。
一番苦手とするタイプだ……
悪気なく、相手の都合はお構いなしに距離を縮めてくる感じ。良く言えば、親近感が持てるのかも知れないけど、私はパーソナルスペースに勢いよく入ってくる人は苦手だ。
「ここっス。何か足りないものあったら声かけて下さい。瑤子さんがなんとかしてくれます!」
明るく元気良くそう言われ、「はあ……」と気の抜けた返事をしてしまう。自分がなんとかするんじゃないのか。
案内された、パーテーションに区切られたスペースに並ぶ長机に、私は道具を並べ始める。
簡易スペースだけど、大きな鏡と照明は用意されている。こう言う小さなスタジオでの撮影の時、たまに鏡さえ置いていない事があって困る事がある。さすがは長門さんだ。キャリアが違う、とそんな小さな事で感心してしまった。
道具を全部並べ終えた頃、向こう側が騒がしくなった。
到着されたのかな?
パーテーションから少し顔を出して様子を伺うと、向こうにミッシェルさんとマネージャーらしき男の人の姿があった。
何を話しているかまでは聞こえて来ないけれど、先に瑤子さんがミッシェルさん達と挨拶を交わしているようだ。
そして、ゆっくりとその後ろから長門さんが近づいている。
睦月さんは、『2人は知り合いじゃない。司の知り合いだったら俺もたぶん知り合いだから』と口にしていた。
確かに今の様子を見ていると、長門さんは無表情で、ミッシェルさんの顔には緊張の色が現れている。少し距離を置いて、少しの間話していたかと思うと、長門さんは急に表情を和らげ、ミッシェルさんの頭をクシャクシャに撫でた。
その光景を、私は驚きながら眺めていた。
今の長門さんの顔、結婚式で香緒ちゃんと話してた時みたいだ。
その顔は、とても柔らかで、優しい顔をしていた。
そんな事を考えながら、今日撮影が行われる古いビルの階段を登る。
もちろんルーは市販のものだけど、材料は全て丁寧に切ってあって、睦月さんの人柄が出ているようだった。
睦月さんといるのは楽しくて、会話なんてなくても、笑っている顔を見せてもらうだけで安心する。
ずいぶん前に亡くなったと言うお母様と、それを支えたお父様の素敵なエピソードを聞かせてくれて、それを話している睦月さんの顔は、懐かしそうに、でもとても幸せそうな顔をしていた。
睦月さんと結婚する人は、きっと大事にしてもらえるんだろうな、なんて思って、少し寂しくなってしまったけれど。
人気のない廊下を歩きながら、私は頭を振る。仕事に集中しなくちゃ、と。
現場は2階の一番奥、と聞いていたけど、見事に人っ子一人いない。本当にここなのかな?って心配になるくらいに。でも、だからこそこの場所を選んだのかも知れないな、とも思う。有名人の極秘撮影なんて、一般の人に見つかるわけにいかないのだから。
扉の前まで来ると、一旦バッグを下ろして深呼吸をする。
大丈夫。睦月さんが出来るって言ってくれたんだから
そう自分に言い聞かせて、またバッグを肩に担ぐと、重そうなスチールの扉をノックし、そっと開けた。
「失礼します……」
中の様子を伺いながら扉を開けると、知った顔を見つけてホッとしながら中に入った。
「わぁ!咲月ちゃん!久しぶり~!」
そう言って真っ先に駆け寄ってくれたのは瑤子さん。香緒ちゃんの結婚式でお会いした以来だ。
「お久しぶりです、瑤子さん。今日はよろしくお願いします」
そう言って少し頭を下げるとズリ落ちそうなバッグを持ち直した。
そして、その先に立つ長門さんの方に向かう。
睦月さんよりおそらく10センチ程背が高い。睦月さんも、172センチある香緒ちゃんより背が高いのだから、低い方ではない。
だから私は、長門さんのことを空を見上げるくらい首を曲げて見る事になってしまう。
「……お誘いありがとうございます。長門さん。今日はよろしくお願いします」
さすがに結婚式で顔を合わせた事はあるものの、ちゃんと話した事はなくて、目の前にするだけで緊張してしまう。けれど、睦月さんが色々話を聞かせてくれたおかげで、最初より少しその緊張感は和らいでいる気がする。
「悪かったな。急に。今日はこの部屋しか使わねーから、控え室はない。コーナー作ってるから案内させる」
長門さんはそう言うと「中川!」と誰かを呼んでいた。
中川と呼ばれたその人は「はーい!お呼びですかぁ?」と軽い口調で走って来た。
「今日のメイク担当。お前、案内しろ」
ぶっきらぼうに長門さんが言うのを、特に気にする様子もなく、「了解っス!」とその人は軽く答えて私の方を向いた。
短めの髪をワックスで立たせているのかツンツンで、背はあまり高くない。
とにかく何と言うか……距離感が……近い。
「俺、中川って言います!名前なんて言うんですか?」
そう言って顔を覗き込まれ、思わず仰反るようにして立ち止まる。
「わ、綿貫です」
「綿貫さん。あ、こっちっス」
私が顔を強張らせた事に気づかないようにそう言うと、中川さんは先を歩き始めた。
年は同じくらいだと思う。もしかしたら年下かも知れない。
一番苦手とするタイプだ……
悪気なく、相手の都合はお構いなしに距離を縮めてくる感じ。良く言えば、親近感が持てるのかも知れないけど、私はパーソナルスペースに勢いよく入ってくる人は苦手だ。
「ここっス。何か足りないものあったら声かけて下さい。瑤子さんがなんとかしてくれます!」
明るく元気良くそう言われ、「はあ……」と気の抜けた返事をしてしまう。自分がなんとかするんじゃないのか。
案内された、パーテーションに区切られたスペースに並ぶ長机に、私は道具を並べ始める。
簡易スペースだけど、大きな鏡と照明は用意されている。こう言う小さなスタジオでの撮影の時、たまに鏡さえ置いていない事があって困る事がある。さすがは長門さんだ。キャリアが違う、とそんな小さな事で感心してしまった。
道具を全部並べ終えた頃、向こう側が騒がしくなった。
到着されたのかな?
パーテーションから少し顔を出して様子を伺うと、向こうにミッシェルさんとマネージャーらしき男の人の姿があった。
何を話しているかまでは聞こえて来ないけれど、先に瑤子さんがミッシェルさん達と挨拶を交わしているようだ。
そして、ゆっくりとその後ろから長門さんが近づいている。
睦月さんは、『2人は知り合いじゃない。司の知り合いだったら俺もたぶん知り合いだから』と口にしていた。
確かに今の様子を見ていると、長門さんは無表情で、ミッシェルさんの顔には緊張の色が現れている。少し距離を置いて、少しの間話していたかと思うと、長門さんは急に表情を和らげ、ミッシェルさんの頭をクシャクシャに撫でた。
その光景を、私は驚きながら眺めていた。
今の長門さんの顔、結婚式で香緒ちゃんと話してた時みたいだ。
その顔は、とても柔らかで、優しい顔をしていた。
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