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夕方、4時を回った頃。かなり早い夕食を終えて、さっちゃんの現場に車で向かう。
駐車場に司の車は無くて、ちょっとホッとしながら車に乗り込む。さすがに鉢合わせは気まずいし。
現場は家からそう遠くない古いビル。最寄駅からはそれなりに離れていて、飲食店と会社が混在する場所だった。
「ありがとうございました」
ビルの駐車場に入り一旦車を停め車から出ると、さっちゃんは少し頭を下げて俺にそう言った。
駐車場には司の車もあって、すでに現場入りしているようだ。
「どういたしまして。終わった頃に迎えに来るからね?」
現場にまで着いて行くことは出来ないけど、もちろん最初から帰りも送るつもりだった。
「でも……何時に終わるか分からないんで……」
申し訳なさそうな顔を見せてさっちゃんが言うのに対して、俺は当たり前のように笑いかけた。
「ここ、駅から結構遠いし、今日は荷物もかなり重いでしょ?たぶん3時間くらい掛かるだろうし、そのくらい時間になったらこの辺にいるから連絡ちょうだい?ね?」
ちょっと強引だったかなぁと思いながらも、少しでもさっちゃんと一緒にいたいから、それくらいは許して欲しい。
「はい……じゃあ、お願いします」
「うん。じゃ、仕事頑張ってね。帰りに話聞かせて?」
安心させるようにさっちゃんに笑いかけて、そおっと頭を撫でると、その顔は照れたように朱に染まった。
「行ってきます……」
「いってらっしゃい!」
俺が元気よく手を上げそう言うと、大きな荷物を肩に担いださっちゃんの顔が、すっと変わる。
仕事中に見せる真っ直ぐな視線。
その顔は、可愛いと言うより、美しいと俺は思う。
ビルのエントランスに入って行くさっちゃんの後ろ姿を見つめて、その姿が消えて行くのを最後まで見送る。
「頑張ってね。さっちゃん」
俺はまた車に乗るとエンジンをかける。
俺も頑張ろ
そんな思いが自然に湧いてくる。
さっちゃんが、俺に力を与えてくれる、そんな気がする。
ずっとずっと、さっちゃんといたいけど、さっちゃんは許してくれるかな?それとも、やっぱりお父さん、なのかな?
こんな歳になって、恋愛でこんなに悩むなんて思ってもいなかった。
潔くよく告白して振られる勇気なんてない。でも、指を咥えてさっちゃんが誰かと幸せになる姿を見る勇気もない。
「本当……どうすりゃいいんだろ」
目の前の赤信号をぼんやり眺めながら、俺は心の声を口に出していた。
結局、一旦家に帰ったところで仕事が手につく筈もなく、俺は家の中をウロウロして回るだけだった。
キッチンに残された鍋の中身を確認して、さすがにたくさん作りすぎたなぁ……明日司に貰ってもらおう、なんて考えながらタッパーに詰めて冷蔵庫に入れた。
さっちゃんが司と仕事してるところ、ちょっと見たかったな
不意にそんな事を考える。
仕事の上では俺の師とも言える司と、信念を持って仕事に挑んでいるだろうさっちゃん。
前にさっちゃんは、業界内で流れる司に対する噂話……と言うか実話を聞いて気にしていたが、さっちゃんなら司にもきっと対応出来ると思う。
さっちゃんには、正直なところニューヨークで司が使っていたメイクアップアーティストに匹敵するくらい実力があるんじゃないかな?と思う。
まだまだ若いし、これからまだまだ経験を積んでいけばそうなると思う。
たぶん、俺より何倍も仕事しやすいんじゃないかなぁ
2人が仕事してる姿を想像してそんな事を思う。そこで俺は、一番あって欲しくない事を想像してしまった。
どうしよう……さっちゃんが司の事好きになったら……
俺より年上の司だけど、お父さん感などまるでないし、老若男女関係なく引き寄せるタイプの司だから、あり得ない話ではない。
そうなってしまったら、もちろん瑤子ちゃんがいるから司が靡くなんて絶対ないんだろうけど、さっちゃんが泣くところは見たくない。
もうグダグダ考えすぎて頭がパンクしそうだ
こんな姿をレイちゃんに見られたら完全に笑われる。けれど、的確なアドバイスをくれる友人とそのパートナーに久しぶりに会いたくなった。
『ムツキ、バカじゃないの?』
そう言って笑い飛ばして欲しい。
気の置けない友人達の顔を思い出しながら、ようやく仕事を進めようかとパソコンに向かう。
そういえば昨日からメールチェックしてないや……と先にそっちを開けて俺は驚愕しながらも、ちょっと嬉しくなった。
『Hi!ムツキ元気にしてる?
アンタ、なんか悩んでるんでしょうけど、頭で考えてもしょうがないわよ?その腑抜けた顔見に行きたいけど、残念ながら見ることはなさそうね。なかなか楽しそうな状況みたいだから興味はあるんだけど。
まあ、アンタの名前はMoonみたいだけど、Starのカードがついてるから頑張りなさいよ』
そんな意味の英文のメール。
差し出し人はRachel。俺がレイちゃんと呼ぶ友人。
「また、人の事勝手に占ったな?」
口元を緩めながら、俺は占いが得意なレイちゃんのパートナーAnna、アンちゃんの顔を思い出していた。
駐車場に司の車は無くて、ちょっとホッとしながら車に乗り込む。さすがに鉢合わせは気まずいし。
現場は家からそう遠くない古いビル。最寄駅からはそれなりに離れていて、飲食店と会社が混在する場所だった。
「ありがとうございました」
ビルの駐車場に入り一旦車を停め車から出ると、さっちゃんは少し頭を下げて俺にそう言った。
駐車場には司の車もあって、すでに現場入りしているようだ。
「どういたしまして。終わった頃に迎えに来るからね?」
現場にまで着いて行くことは出来ないけど、もちろん最初から帰りも送るつもりだった。
「でも……何時に終わるか分からないんで……」
申し訳なさそうな顔を見せてさっちゃんが言うのに対して、俺は当たり前のように笑いかけた。
「ここ、駅から結構遠いし、今日は荷物もかなり重いでしょ?たぶん3時間くらい掛かるだろうし、そのくらい時間になったらこの辺にいるから連絡ちょうだい?ね?」
ちょっと強引だったかなぁと思いながらも、少しでもさっちゃんと一緒にいたいから、それくらいは許して欲しい。
「はい……じゃあ、お願いします」
「うん。じゃ、仕事頑張ってね。帰りに話聞かせて?」
安心させるようにさっちゃんに笑いかけて、そおっと頭を撫でると、その顔は照れたように朱に染まった。
「行ってきます……」
「いってらっしゃい!」
俺が元気よく手を上げそう言うと、大きな荷物を肩に担いださっちゃんの顔が、すっと変わる。
仕事中に見せる真っ直ぐな視線。
その顔は、可愛いと言うより、美しいと俺は思う。
ビルのエントランスに入って行くさっちゃんの後ろ姿を見つめて、その姿が消えて行くのを最後まで見送る。
「頑張ってね。さっちゃん」
俺はまた車に乗るとエンジンをかける。
俺も頑張ろ
そんな思いが自然に湧いてくる。
さっちゃんが、俺に力を与えてくれる、そんな気がする。
ずっとずっと、さっちゃんといたいけど、さっちゃんは許してくれるかな?それとも、やっぱりお父さん、なのかな?
こんな歳になって、恋愛でこんなに悩むなんて思ってもいなかった。
潔くよく告白して振られる勇気なんてない。でも、指を咥えてさっちゃんが誰かと幸せになる姿を見る勇気もない。
「本当……どうすりゃいいんだろ」
目の前の赤信号をぼんやり眺めながら、俺は心の声を口に出していた。
結局、一旦家に帰ったところで仕事が手につく筈もなく、俺は家の中をウロウロして回るだけだった。
キッチンに残された鍋の中身を確認して、さすがにたくさん作りすぎたなぁ……明日司に貰ってもらおう、なんて考えながらタッパーに詰めて冷蔵庫に入れた。
さっちゃんが司と仕事してるところ、ちょっと見たかったな
不意にそんな事を考える。
仕事の上では俺の師とも言える司と、信念を持って仕事に挑んでいるだろうさっちゃん。
前にさっちゃんは、業界内で流れる司に対する噂話……と言うか実話を聞いて気にしていたが、さっちゃんなら司にもきっと対応出来ると思う。
さっちゃんには、正直なところニューヨークで司が使っていたメイクアップアーティストに匹敵するくらい実力があるんじゃないかな?と思う。
まだまだ若いし、これからまだまだ経験を積んでいけばそうなると思う。
たぶん、俺より何倍も仕事しやすいんじゃないかなぁ
2人が仕事してる姿を想像してそんな事を思う。そこで俺は、一番あって欲しくない事を想像してしまった。
どうしよう……さっちゃんが司の事好きになったら……
俺より年上の司だけど、お父さん感などまるでないし、老若男女関係なく引き寄せるタイプの司だから、あり得ない話ではない。
そうなってしまったら、もちろん瑤子ちゃんがいるから司が靡くなんて絶対ないんだろうけど、さっちゃんが泣くところは見たくない。
もうグダグダ考えすぎて頭がパンクしそうだ
こんな姿をレイちゃんに見られたら完全に笑われる。けれど、的確なアドバイスをくれる友人とそのパートナーに久しぶりに会いたくなった。
『ムツキ、バカじゃないの?』
そう言って笑い飛ばして欲しい。
気の置けない友人達の顔を思い出しながら、ようやく仕事を進めようかとパソコンに向かう。
そういえば昨日からメールチェックしてないや……と先にそっちを開けて俺は驚愕しながらも、ちょっと嬉しくなった。
『Hi!ムツキ元気にしてる?
アンタ、なんか悩んでるんでしょうけど、頭で考えてもしょうがないわよ?その腑抜けた顔見に行きたいけど、残念ながら見ることはなさそうね。なかなか楽しそうな状況みたいだから興味はあるんだけど。
まあ、アンタの名前はMoonみたいだけど、Starのカードがついてるから頑張りなさいよ』
そんな意味の英文のメール。
差し出し人はRachel。俺がレイちゃんと呼ぶ友人。
「また、人の事勝手に占ったな?」
口元を緩めながら、俺は占いが得意なレイちゃんのパートナーAnna、アンちゃんの顔を思い出していた。
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