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「お邪魔……します」

2回目の睦月さんのお家。当たり前だけど緊張する。
睦月さんは私の前で「どうぞ入って」と笑顔を浮かべて言っている。玄関先でコートを脱ぐと、睦月さんはコートハンガーにそれをかけてくれた。

「今日は冷えるね~。今シーズン一番って言ってたけど、さっちゃん寒くない?」

暖房のない廊下を、自分の腕を抱えるように背中を丸めて歩く睦月さんにそう尋ねられた。

「意外と下に着込んでるので大丈夫ですよ?」
「そうなんだ。それならいいんだけど。日本ってこんなに寒かったっけ?って実感してるところだよ」

本当に寒そうに腕を摩りながら背を丸める睦月さんが、なんだか猫っぽくって可愛いな……なんて思ってしまう。

「なんか睦月さん、猫みたいです」

リビングに入りながら私が言うと、睦月さんは笑いながら
「そう?残念ながらうちにはこたつないから、入って丸くなれないなぁ」なんて返してきた。

リビングは、弱く暖房が入っていて少し暖かい。ようやく腕を緩めると、睦月さんは「じゃあ、さっちゃんが温めてくれる?」何て私の顔を覗き込んで笑った。

「えっ!」

さあっと顔が熱くなる。
揶揄われてるだけってわかるけど、恋愛偏差値の低すぎる私が、それを受け流せるほど経験を積んでいない。

そんな驚いた私を見て気が済んだのか、睦月さんはふふっと息を漏らすと「冗談だよ?そこ座ってテレビでも見てて」と、私の頭をポンと撫でてキッチンへ向かって行った。

本当、心臓が持たないよ……

バクバク言う心臓を押さえるように私は胸に手を当てる。
睦月さんは大人で、余裕があって、こんなことくらい普通に誰にでもしているんだろうけど、こんな事された事ない私はいちいち反応してしまう。

中学生どころか小学生並だ……

と自分に呆れながら、私はテレビを付けた。
時間はまだ1時過ぎ。平日だから、どこの局もワイドショーをやっている時間帯だ。

「え??」

私はそこで流れていたニュースに思わずそう口に出していた。

『今日、現在帰国している日本人ハリウッド女優ミッシェルさんの結婚が報じられました』

ミッシェルさんは私の一つ年上。もちろん結婚したからって驚くような年齢ではないが、今日会って仕事をする相手の報道に、私はとても驚いた。

「へー。この子、結婚したんだ」

いつの間にか、睦月さんがマグカップを両手に持って傍に立って、同じように画面を眺めている。

「みたいです……」

私がそう答えると、睦月さんは私の隣に、少し間を開けて座った。

睦月さんからコーヒーを受け取り、私はまた画面に向かう。
今日の仕事の相手です、とは言えず私が悩んでいると睦月さんの方から私に尋ねて来た。

「ミッシェルって、日本じゃ結構話題になってたんだってね?アメリカじゃそこまでじゃなかったんだけど、たまたま映画見たんだ」
「……そうなんですね。日本じゃ無名の日本人女優がハリウッドデビュー、なんて話題になりましたよ?私はDVDで見ました」

そんな話をしながらも、私はつい映画を見に行ったのかな……なんて、つまらない事を考えてしまい、俯くようにカップに視線を落とした。

こんな事、考え出したらキリがないのは分かってる。睦月さんだって、今までお付き合いをした人がいるんだから、そんなデートくらい何度もしてきたに違いない。

ついつい、はぁ~っと大きく溜め息を吐き出してしまう。今はこれからの仕事に集中しなきゃいけないのに。

「……ちゃん。さっちゃん?大丈夫?」

顔を上げると、睦月さんは心配そうに私のことを覗き込んでいる。

「え?あ……大丈夫です……」

そう答えると、睦月さんは安心したように表情を緩め続けた。

「今日仕事するの、この子なんだってね」
「知ってたんですか?」

私は驚いてその顔を見ると、睦月さんは少し申し訳なさそうな顔を見せた。

「昨日、それとなく司に聞いたらアッサリ教えてくれた。もっと前に知ってたら違うアドバイスもできたのに、ごめんね」
「そんなっ!睦月さんだからこそ知れたわけなんで。それに、自分の仕事だから……」

こっちの方こそ気を使わせて申し訳ない気持ちになる。睦月さんが謝るような事ないのに。

「さすが、さっちゃんは偉いなぁ」

そう言って頭をそっと撫でられ、また私の心臓は早鐘を打つ。
私の顔は真っ赤なんじゃないかって言うくらい顔が熱い。

「ミッシェルってさ、俺の母親に何となく似てるんだよね」

手を下ろしてから睦月さんは何となく懐かしそうに言う。

「お母様に?」
「うん。映画見終わってから弟とそんな話になったんだよね。母に似てるなって」

映画……弟さんと見たんだ……

そんなことすら嬉しくなってしまう。睦月さんは、そんな私の心の中など露知らず続けた。

「俺の母親、もう随分前に亡くなってさ。記憶にあるのは病院か家のベッドの上で。だから、父が昔撮った元気な頃の写真が一番印象深いんだよね」

いつものように、目尻に笑いじわを浮かべて睦月さんは私にそう言った。

「そう……だったんですか……」

私はなんて言っていいか分からず、ただそれだけを口にするしかなかった。
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