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土曜日。
私は長門さんとの仕事のために、ずっとインターネットで調べ物をしていた。
今度の撮影の相手は、日本人ハリウッド女優のミッシェルさんだ。
私も名前は知っていたし、出演した映画も見たことはあった。
日本での活動記録はなく、高校卒業後単身アメリカに渡りデビューしたことは調べなくても知っていた。
けれど、それ以外はほぼアメリカでの記事ばかりで、あまり得意でない英語を、ネットで翻訳しながら探していた。
趣味や好きなもの、普段どんな服をよく着ているのか。
当日は何を着て来るか分からないと言われて、一番困ったのはメイクを絞って考えておけない事だった。
出来るだけ何パターンか考えておかないと……と、私は調べた情報を書き出していた。
睦月さんなら……きっと簡単にこの記事も読めるんだろうなぁ
そんな事を思いながらパソコンの画面に目を落とす。
さっきから、必死で翻訳した内容が結局参考にならなかったりで、だんだんと嫌気が差してきている。
けれど、プライベートに近い撮影だから極秘と言われた上に、その相手が誰か聞いている様子のない睦月さんに勝手にミッシェルさんの事を尋ねるわけにいかず、何とか自力で頑張っている。
あ~あ……。言えたらいいのに……
そう思いながらパソコンを退かして机に伏せる。
いつでも聞いてって言ってくれたのになぁ
私は昨日の睦月さんを思い出す。
優しく私を見るその顔。きっと、小さな頃から知る香緒ちゃんと同じような気持ちで私の事を心配してくれているんだと思う。きっとそうだ。じゃなきゃ、私を気にかけてくれる理由なんてないんだから。
あんな風に笑顔を見せられて、頭を優しく撫でられて、私はもっと期待してしまう。
もっと私に笑顔を見せて欲しいって。もっと私に……触れて欲しいって。
どんどん心の中で大きくなって行く睦月さんの存在に、私は戸惑うばかりだ。こんな気持ちは初めてで、どうしていいのか全く分からない。
「……どうすればいいんだろ」
そう呟くと、奥の部屋で寝ていたかんちゃんが走ってくる気配がした。椅子に足をかけ、私に散歩の催促をするように吠え始めるかんちゃんの頭を撫でて、「散歩……行こうか」と話しかける。
いい気分転換になるかと私は立ち上がり、リードを取りに向かった。
◆◆
「かんちゃん、寒いねぇ」
さすがに12月に入り、街はすっかり冬の装いだ。近くのコンビニにはクリスマス用の華やかな幕が掛かっているのが見える。
私は背中を丸めるように歩くのに、かんちゃんは寒さなんか気にする事なく早く公園に辿り着きたくて、私の前で急かすように何度も振り返っていた。
「はいはい。公園ちゃんと行くから」
かんちゃんにそう言いながら公園までの道を歩く。
夕方のお散歩ラッシュの時間帯で、時々顔見知りのワンちゃんと飼い主さんに挨拶しつつ公園に着くと、早くも空はオレンジ色に染まり始めていた。
近所にある一番大きな公園。そこをぐるっと一周するのがいつものお散歩コース。去年はまだ飼い始めたばかりで子犬だったから、冬にお散歩することはなかったけど、さすがに今は外にも出ないと、と思いお散歩に来るが、この季節は中々堪える。
「綺麗だなぁ……」
公園の木々の向こう側に、濃い藍色の空と橙色とがコントラストを描いている。その美しさに目を奪われながらも、私は少し寂しくなる。
明るく照らしてくれる太陽は影を潜め、段々と夜の帳が下りてくる。今日は新月で、夜空を照らす光はない。ただ冬の明るい星が時々ポツンと瞬いている。そんな空。
こんな時、私はあの星の様に一人なんだ、と感傷的になってしまう。
もちろん、かんちゃんはいてくれる。けれど、それだけでは埋められない心の隙間が、どんどんと広がって行っている気がする。
睦月さん、今頃何してるんだろう?
前に私の手を温めてくれた睦月さんの顔を思い出しながら、そんな事を思う。手だけじゃなくて、心まで温めてくれるような、そんな人。
考えないように散歩に来たのに、ずっと考えてしまうな……
すっかり暗くなり、街灯の灯る公園をかんちゃんと歩きながらぼんやりとそんな事を思う。
睦月さんと出会ってまだ2ヶ月も経っていない。会った回数だって片手に収まるほどだ。
なのに、ずっとずっと気になってしまう。理由なんてわからない。ただこの季節が寂しさを際立たせているのかも知れない。
けど、まだ長いとは言えない人生の中で、仕事以外に誰かの事をこんなに考えた事なんてなかった。
睦月さんの事を思うと、心がほんのり温かくなる。でも反対に、心が痛くて泣きそうになる。
見上げると、深い深い藍色の空。
それを見ながら私は思う。
そっか。私、睦月さんの事が好きなんだ……と。
私は長門さんとの仕事のために、ずっとインターネットで調べ物をしていた。
今度の撮影の相手は、日本人ハリウッド女優のミッシェルさんだ。
私も名前は知っていたし、出演した映画も見たことはあった。
日本での活動記録はなく、高校卒業後単身アメリカに渡りデビューしたことは調べなくても知っていた。
けれど、それ以外はほぼアメリカでの記事ばかりで、あまり得意でない英語を、ネットで翻訳しながら探していた。
趣味や好きなもの、普段どんな服をよく着ているのか。
当日は何を着て来るか分からないと言われて、一番困ったのはメイクを絞って考えておけない事だった。
出来るだけ何パターンか考えておかないと……と、私は調べた情報を書き出していた。
睦月さんなら……きっと簡単にこの記事も読めるんだろうなぁ
そんな事を思いながらパソコンの画面に目を落とす。
さっきから、必死で翻訳した内容が結局参考にならなかったりで、だんだんと嫌気が差してきている。
けれど、プライベートに近い撮影だから極秘と言われた上に、その相手が誰か聞いている様子のない睦月さんに勝手にミッシェルさんの事を尋ねるわけにいかず、何とか自力で頑張っている。
あ~あ……。言えたらいいのに……
そう思いながらパソコンを退かして机に伏せる。
いつでも聞いてって言ってくれたのになぁ
私は昨日の睦月さんを思い出す。
優しく私を見るその顔。きっと、小さな頃から知る香緒ちゃんと同じような気持ちで私の事を心配してくれているんだと思う。きっとそうだ。じゃなきゃ、私を気にかけてくれる理由なんてないんだから。
あんな風に笑顔を見せられて、頭を優しく撫でられて、私はもっと期待してしまう。
もっと私に笑顔を見せて欲しいって。もっと私に……触れて欲しいって。
どんどん心の中で大きくなって行く睦月さんの存在に、私は戸惑うばかりだ。こんな気持ちは初めてで、どうしていいのか全く分からない。
「……どうすればいいんだろ」
そう呟くと、奥の部屋で寝ていたかんちゃんが走ってくる気配がした。椅子に足をかけ、私に散歩の催促をするように吠え始めるかんちゃんの頭を撫でて、「散歩……行こうか」と話しかける。
いい気分転換になるかと私は立ち上がり、リードを取りに向かった。
◆◆
「かんちゃん、寒いねぇ」
さすがに12月に入り、街はすっかり冬の装いだ。近くのコンビニにはクリスマス用の華やかな幕が掛かっているのが見える。
私は背中を丸めるように歩くのに、かんちゃんは寒さなんか気にする事なく早く公園に辿り着きたくて、私の前で急かすように何度も振り返っていた。
「はいはい。公園ちゃんと行くから」
かんちゃんにそう言いながら公園までの道を歩く。
夕方のお散歩ラッシュの時間帯で、時々顔見知りのワンちゃんと飼い主さんに挨拶しつつ公園に着くと、早くも空はオレンジ色に染まり始めていた。
近所にある一番大きな公園。そこをぐるっと一周するのがいつものお散歩コース。去年はまだ飼い始めたばかりで子犬だったから、冬にお散歩することはなかったけど、さすがに今は外にも出ないと、と思いお散歩に来るが、この季節は中々堪える。
「綺麗だなぁ……」
公園の木々の向こう側に、濃い藍色の空と橙色とがコントラストを描いている。その美しさに目を奪われながらも、私は少し寂しくなる。
明るく照らしてくれる太陽は影を潜め、段々と夜の帳が下りてくる。今日は新月で、夜空を照らす光はない。ただ冬の明るい星が時々ポツンと瞬いている。そんな空。
こんな時、私はあの星の様に一人なんだ、と感傷的になってしまう。
もちろん、かんちゃんはいてくれる。けれど、それだけでは埋められない心の隙間が、どんどんと広がって行っている気がする。
睦月さん、今頃何してるんだろう?
前に私の手を温めてくれた睦月さんの顔を思い出しながら、そんな事を思う。手だけじゃなくて、心まで温めてくれるような、そんな人。
考えないように散歩に来たのに、ずっと考えてしまうな……
すっかり暗くなり、街灯の灯る公園をかんちゃんと歩きながらぼんやりとそんな事を思う。
睦月さんと出会ってまだ2ヶ月も経っていない。会った回数だって片手に収まるほどだ。
なのに、ずっとずっと気になってしまう。理由なんてわからない。ただこの季節が寂しさを際立たせているのかも知れない。
けど、まだ長いとは言えない人生の中で、仕事以外に誰かの事をこんなに考えた事なんてなかった。
睦月さんの事を思うと、心がほんのり温かくなる。でも反対に、心が痛くて泣きそうになる。
見上げると、深い深い藍色の空。
それを見ながら私は思う。
そっか。私、睦月さんの事が好きなんだ……と。
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