年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

文字の大きさ
上 下
26 / 183
8

2

しおりを挟む
出てきた料理はどれも美味しくて少し気分が晴れる。つい酒も進み、2本目を頼んだところで隣に客がやって来た。

「おじさん!酒ちょうだい!冷やでグラスにして!」

勢いよくそう言うと、隣に座ったその男は、座るなり盛大に息を吐き出した。

「どうした健太けんた!何かあったのか?」

店主がそう言いながら言われた通りに酒を差し出している。名前を呼ぶということは、知り合いなのだろうかと隣の男を盗み見ると、男は受け取った酒を乱暴にグラスに注いでいた。

さっちゃんと……同じくらいかな?たぶん20代の半ばくらい。
会社帰りなのかスーツ姿で、キャメル色のビジネスコートも脱がずに座っていた。

「お、おいっ健太!」

店主が慌てたように静止するのも聞かず、健太君はグラスの酒を水のように飲み干して、ダンッ!とテーブルにそれを置くと、そのまま突っ伏した。

「ほんと、やってらんねぇよぉ!」

くぐもったそんな声が聞こえて来て、思わず俺は店主と顔を見合わせる。店主は困ったように眉を顰めて口を開く。

「悪いな兄さん。こいつ田舎の知人の息子なんだ。普段こんな飲み方する奴じゃないんだけどな。騒がしくて申し訳ない」

そう言って店主は頭を下げる。

「いえいえ。誰にだって飲みたい時はありますよ」

そう言って笑顔を浮かべて返すと、突然健太君は起き上がり、俺の方を向いた。

「そうなんですよぉ~!お兄さんっっ!」

すでに酔っ払っているかのように俺に絡み始めた彼は、こうなった経緯を俺に話し出した。

「振られたんです。ついさっき。俺、今年の4月に転勤してきたばっかで、田舎に彼女残して来たんです。しがない田舎の営業所から本社に転勤なんて滅多にある事じゃなくて、その時は喜んでくれたんですけど……」

そう言いながら、また健太君は酒をグラスに注ぎ始める。
さすがに何も食べずに酒だけってのは……と、俺は残っていた魚の唐揚げを「食べる?」と差し出した。
「ありがとうございます!」と健太君はそのまま手掴みしてそれを口に放り込み続ける。

「今日も休日出勤で。彼女からメッセージ来てるのに気づかなくって。で、仕事終わりに電話したら、仕事と私、どっちが大事なの?って。ほんとにこんな事言われるんですね……」

そう言って健太君は、今度はゆっくりとグラスに口をつけた。
俺はその様子を見守りながら、黙って耳を傾けた。

「俺、どっちも、って答えたんです。だって比べられないし。そしたら、嘘でも私って言って欲しかった。もう2度と連絡してこないでって」

そこまで言って、健太君は大きく息を吐き出した。

俺にも似たような経験はある。と言うか、結構言われたかも知れないこのセリフ。

『私と司、どっちが大事なの?』

俺にとって、司=仕事みたいなもので、何でそんな話になるんだ?と俺はいつも思っていた。
付き合っていた彼女より司を優先してたつもりはないし、大事なのは両方だから選ぶなんて出来なかった。
だから、健太君の気持ちは痛いほど分かった。

「お兄さんはモテそうだから、振られた事なんてないんでしょうね」

さすがに酒のせいで赤くなってきた顔を向けて、健太君は恨み言のように俺に言う。

「何言ってんの!俺、振られっぱなしだよ?」

笑って返すと、健太君は意外そうに目を開く。

「え?凄く優しそうなのに?」

あはは……と俺は乾いた笑いを溢す。

「優しいから振られるんだって。友人に言われた」

そう。ニューヨークに住む、気の置けない年下の友人達。
1人はジュエリーショップのデザイナーでオーナー。もう1人はその公私共のパートナー。
彼女達とは、ニューヨークに住み始めてすぐに出会った。俺より遥かに年下なのに、年上みたいにしっかりしてて、振られた俺を叱咤激励してくれる事はよくあった。

こっちに戻る少し前もそうだ。
理由を言わずに飲みに誘うと、あっという間に『また振られたんだ?』なんて笑われた。
その時にも、こんな話になったっけ。

『ムツキは、付き合ってる子とそれ以外が困っていたら、両方助けようとする。それ、止めなよ』
 
シャギーの入ったボブの金髪を揺らしながら、彼女は辛辣な事を言う。

『だってさ、困ってたら助けたくならない?』

騒がしいバーでビールジョッキ片手に俺はそう返す。

『ならないね。本当に大事な人以外どうでもいいし。それに、ムツキが助けなくても、誰かが助ける。それでいいんじゃないの?』
『そんなもん?』
『そんなもんだよ。そうだな。ツカサを捨ててでも大事にしたい人が現れたら本物かな』

そんな事を冗談めかして言いながら、彼女はビールを豪快に飲んでいた。

そんな簡単にはいかないよ……

俺はその時の事を思い出してそう思う。

「優しいじゃダメなんですかねぇ……。女って難しいですね」

健太君は、またグラスの酒をゴクリと飲むとそう言う。

「ほら健太!お前飲んでばっかりじゃなくて食え!」

タイミングを見ていたのか店主が皿を差し出し、健太君はちくわの乗ったそれを受け取ると、「わかってるって」とバツの悪そうな顔を見せた。

「何かの縁だし、今日は俺が奢るよ。好きなもの食べたら?」

俺がそう言うと、健太君は「やった!」とようやく笑顔を見せた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました

加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...