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ほんと……馬鹿だなぁ……俺。
自分のやらかした事を思い出しても、後悔の言葉しか出てこない。
さっちゃんは男が苦手って知ってるのに、それでもつい触れようとしてしまった。……その唇に。
俺の事なんて、ほんとお父さんと同レベルにしか思ってないだろうに、もし触れてしまってたら、その世代まで苦手の対象になってしまうところだった。
何やってんだか。
帰り道の赤く光る信号をぼんやり見ながら思う。
俺が何しようとしたか、さっちゃんは気づいたかも知れないなぁ。でなきゃ、別れる時あんな固い表情はしないはずだ。
振り向く事なく真っ直ぐに、重い荷物を抱えて帰って行くさっちゃんの背中を見送って、俺は自分のしでかした事を後悔していた。
「はぁ~……」
家に帰ると、明かりを付けて溜め息と共にソファに座り込む。
さっきまでさっちゃんが座っていた場所。そこにあるぬいぐるみを、ポンポンと撫でて俺はまた溜め息を吐いた。
そんな事をしていると、ポケットに入れっぱなしだったスマホが震え出す。
取り出して表示を見ると希海だ。
「はーい。何?」
努めて明るい声で出ると、希海の抑揚のない低い声が聞こえてきた。
『さっきは綿貫の事、ありがとうございます』
「あー……こっちこそ。さっちゃんは無事に送り届けたからご心配なく」
さすがに放置して帰ったのが心配だったのかと俺はそう返した。
『睦月さんに心配はしてなかったのですが。……ところで、綿貫が今度司と仕事をする事になって。良ければ綿貫にアドバイスしてやってくれませんか?』
「へ?司と?」
さっちゃんは司とは面識があるのは知っている。けど、仕事をする事になるなんて……と正直驚いた。
『はい。急な話だったんですが、司から綿貫を貸してもらえないかと連絡がありまして。さっき綿貫に了承を貰ったところです』
仕事にはとにかく拘りの多い司が、さっちゃんを貸して欲しいって、よっぽどの事だ。きっとどこかで、さっちゃんのその仕事ぶりを知ったからこそ依頼したに違いない。
「そっか。でも、俺さっちゃんの連絡先知らないんだよね」
本当は聞きたかったんだけど、ずっとタイミングが掴めず今の今まで来ている。仕事の事なら、仕事用のメールアドレスを使えばいいし、どうしても連絡を取りたければ、こうやって希海か香緒に取り次いで貰えばいいのだから。
『だろうと思って、綿貫の連絡先を睦月さんに教えてもいいか聞いておきました』
「えっ?それで?」
何故か希海は電話の向こうで少し笑うような声になると、『いいそうです。後で俺からメッセージ送ります』と答えた。
◆◆
希海から送られて来たさっちゃんの電話番号とメッセージアプリのID。それをじっと眺めながら、俺は一人悶々としていた。
どうしよう……。さっきはごめんって……送れるわけないか。
だいたいもう結構遅い時間だし、今から送ったら迷惑だろうしなぁ。
なんてグルグル部屋の中を歩き回っていると気づけば夜中。さすがに通知が行くだろうし、このタイミングでメッセージを送るのは憚られる。
そんな訳で、せっかく教えて貰った連絡先を眺めるだけで早くも土曜の夕方を迎えていた。
俺ってここまで優柔不断だったっけ?
あまりの不甲斐なさに歩きながら溜め息しか出なかった。前はもうちょっと気楽に誰かを誘ったり連絡を取ったりしていた気がする。
なのに相手がさっちゃんになると、途端に色々考えてしまう。
嫌われたらどうしよう?って頭を過ぎるから。
そんな、未だに整理のつかない思考回路のまま、電車を乗り継いで来てしまった店。
今日も紺色の暖簾が、まもなく師走の冷たい風に煽られ揺れていた。
何となく飲みたい気分で、ふと思い付いて来てしまった。さっちゃんの面影を辿るように。
まさか、さっちゃんがいたり……なんて事はないよね?
それはそれで顔を合わせ辛いかも知れないと、そっと店の引き戸を開けて中を見ると、さっちゃんらしき女の子の姿はなかった。
ホッとしてガラガラと扉を開けると、店主が顔を上げて威勢よく「らっしゃい!!」と声を上げた。
「1人ですけどいいですか?」
前は見かけなかった、店主と歳の頃は同じくらいの割烹着姿の女性にそう声をかける。
「カウンターですけどいいですか?」
「はい」
促されてカウンター席に向かうと、店主の方から声を掛けてくる。
「あれっ?前に咲月と一緒にいた兄さんか!なんだ。今日は1人か?」
俺の顔を見るなりそう言われて、苦笑いしながら「ちょっと近くに来る用事あって」なんて言い訳しながらコートを脱いで席についた。
テーブル席では仕事帰りなのか、スーツ姿で盛り上がる何人かのグループがいて、カウンターにも疎らに1人飲みの客が座っていた。
「兄さん、何にする?今日のおすすめはそこな」
店主はカウンターの向こうで手を動かしながら俺に問いかける。
俺はその中から何品か選び、そして前にさっちゃんが言っていた地酒と一緒に注文した。
「兄さん、あれから咲月には会ったのか?」
店主は酒を差し出しながら、悪気なく俺に問いかける。
昨日会ったばかりのうえ、さっちゃんの事で頭の中はいっぱいですなんて言えるわけもなく、「えぇ。まあ。仕事で」と俺は言葉を濁した。
自分のやらかした事を思い出しても、後悔の言葉しか出てこない。
さっちゃんは男が苦手って知ってるのに、それでもつい触れようとしてしまった。……その唇に。
俺の事なんて、ほんとお父さんと同レベルにしか思ってないだろうに、もし触れてしまってたら、その世代まで苦手の対象になってしまうところだった。
何やってんだか。
帰り道の赤く光る信号をぼんやり見ながら思う。
俺が何しようとしたか、さっちゃんは気づいたかも知れないなぁ。でなきゃ、別れる時あんな固い表情はしないはずだ。
振り向く事なく真っ直ぐに、重い荷物を抱えて帰って行くさっちゃんの背中を見送って、俺は自分のしでかした事を後悔していた。
「はぁ~……」
家に帰ると、明かりを付けて溜め息と共にソファに座り込む。
さっきまでさっちゃんが座っていた場所。そこにあるぬいぐるみを、ポンポンと撫でて俺はまた溜め息を吐いた。
そんな事をしていると、ポケットに入れっぱなしだったスマホが震え出す。
取り出して表示を見ると希海だ。
「はーい。何?」
努めて明るい声で出ると、希海の抑揚のない低い声が聞こえてきた。
『さっきは綿貫の事、ありがとうございます』
「あー……こっちこそ。さっちゃんは無事に送り届けたからご心配なく」
さすがに放置して帰ったのが心配だったのかと俺はそう返した。
『睦月さんに心配はしてなかったのですが。……ところで、綿貫が今度司と仕事をする事になって。良ければ綿貫にアドバイスしてやってくれませんか?』
「へ?司と?」
さっちゃんは司とは面識があるのは知っている。けど、仕事をする事になるなんて……と正直驚いた。
『はい。急な話だったんですが、司から綿貫を貸してもらえないかと連絡がありまして。さっき綿貫に了承を貰ったところです』
仕事にはとにかく拘りの多い司が、さっちゃんを貸して欲しいって、よっぽどの事だ。きっとどこかで、さっちゃんのその仕事ぶりを知ったからこそ依頼したに違いない。
「そっか。でも、俺さっちゃんの連絡先知らないんだよね」
本当は聞きたかったんだけど、ずっとタイミングが掴めず今の今まで来ている。仕事の事なら、仕事用のメールアドレスを使えばいいし、どうしても連絡を取りたければ、こうやって希海か香緒に取り次いで貰えばいいのだから。
『だろうと思って、綿貫の連絡先を睦月さんに教えてもいいか聞いておきました』
「えっ?それで?」
何故か希海は電話の向こうで少し笑うような声になると、『いいそうです。後で俺からメッセージ送ります』と答えた。
◆◆
希海から送られて来たさっちゃんの電話番号とメッセージアプリのID。それをじっと眺めながら、俺は一人悶々としていた。
どうしよう……。さっきはごめんって……送れるわけないか。
だいたいもう結構遅い時間だし、今から送ったら迷惑だろうしなぁ。
なんてグルグル部屋の中を歩き回っていると気づけば夜中。さすがに通知が行くだろうし、このタイミングでメッセージを送るのは憚られる。
そんな訳で、せっかく教えて貰った連絡先を眺めるだけで早くも土曜の夕方を迎えていた。
俺ってここまで優柔不断だったっけ?
あまりの不甲斐なさに歩きながら溜め息しか出なかった。前はもうちょっと気楽に誰かを誘ったり連絡を取ったりしていた気がする。
なのに相手がさっちゃんになると、途端に色々考えてしまう。
嫌われたらどうしよう?って頭を過ぎるから。
そんな、未だに整理のつかない思考回路のまま、電車を乗り継いで来てしまった店。
今日も紺色の暖簾が、まもなく師走の冷たい風に煽られ揺れていた。
何となく飲みたい気分で、ふと思い付いて来てしまった。さっちゃんの面影を辿るように。
まさか、さっちゃんがいたり……なんて事はないよね?
それはそれで顔を合わせ辛いかも知れないと、そっと店の引き戸を開けて中を見ると、さっちゃんらしき女の子の姿はなかった。
ホッとしてガラガラと扉を開けると、店主が顔を上げて威勢よく「らっしゃい!!」と声を上げた。
「1人ですけどいいですか?」
前は見かけなかった、店主と歳の頃は同じくらいの割烹着姿の女性にそう声をかける。
「カウンターですけどいいですか?」
「はい」
促されてカウンター席に向かうと、店主の方から声を掛けてくる。
「あれっ?前に咲月と一緒にいた兄さんか!なんだ。今日は1人か?」
俺の顔を見るなりそう言われて、苦笑いしながら「ちょっと近くに来る用事あって」なんて言い訳しながらコートを脱いで席についた。
テーブル席では仕事帰りなのか、スーツ姿で盛り上がる何人かのグループがいて、カウンターにも疎らに1人飲みの客が座っていた。
「兄さん、何にする?今日のおすすめはそこな」
店主はカウンターの向こうで手を動かしながら俺に問いかける。
俺はその中から何品か選び、そして前にさっちゃんが言っていた地酒と一緒に注文した。
「兄さん、あれから咲月には会ったのか?」
店主は酒を差し出しながら、悪気なく俺に問いかける。
昨日会ったばかりのうえ、さっちゃんの事で頭の中はいっぱいですなんて言えるわけもなく、「えぇ。まあ。仕事で」と俺は言葉を濁した。
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