24 / 183
7
3
しおりを挟む
今度は私の住むマンションのすぐ前までやって来た車は、邪魔にならないように路肩に止まる。
「送っていただいてありがとうございました」
そう言って頭を下げてシートベルトを外していると「こちらこそ。お土産たくさんありがとうね」と頭上から睦月さんの声がした。
私がシートベルトを外してそのまま顔を上げると、そこにあった至近距離の睦月さんの顔と目があった。
「あ……」
思わず私はそう口に出す。
目の前にあるのはいつも笑っているその顔とは違う顔。
なんだか切ないような、今にも泣きだしそうな……そんな見た事ない表情を見せて睦月さんは、私にゆっくりと近づいてくる。
その顔から目が離せなくて、私は近づいてくるその顔をただ見上げていた。
額にかかる艶やかな黒髪に、二重の優しげな瞳の横に刻まれている笑い皺。薄い唇が何か言いたげに少し開いていくさまも。
けれど、自分の顔に睦月さんの熱を感じるくらい近づいてた時、我に返ってギュッと目を閉じてしまう。一体何をされてしまうのだろうかと。
そこで睦月さんから感じる熱はピタリと止まり、そしてスッと離れて行く気配がした。
そして不意に、目を閉じたままの私の頭を睦月さんがクシャクシャに撫でた。
「ごめんごめん。びっくりしたよね」
ははっと笑いながら、そう言う睦月さんの声は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
睦月さんはふいっと外を方を向いたかと思うとすぐに扉を開けて外へ出る。私はようやくそれに促されるように外へ出た。
「はい」
後部座から私の荷物を取り出して、睦月さんは私に差し出した。
「ありがとうございます」
そう言って受け取った自分の荷物は、いつも持っているはずなのに今は鉛を持ったように重い。まるで、私の今の心を映しているように。
その荷物を肩に担ぐと、私は睦月さんを見る事なく頭を下げてそのまま踵を返した。
さっき、睦月さんは私に何をしようとしたんだろう。そして、私はそれに過剰に反応し過ぎたのかも知れない。
自意識過剰だと思われたかな?物凄く恥ずかしい……
そんな事を思いながら足早にエントランスに向かう。
そんな私を、きっと睦月さんは見守ってくれている筈だ。車が走り出す気配が無いからそんな気がする。けど振り向けなくて、重い荷物と心を背負ったまま、私はエントランスに入りエレベーターに乗り込んだ。
「ただいま……」
暗く沈んだ声でそう言う私に、奥の部屋からかんちゃんは変わらず元気に吠えている。
玄関先に荷物を置くと、「わかったよぉ!かんちゃん!」とゲージに向かった。
ゲージを開けると、かんちゃんは真っ直ぐに私に飛びついてシッポをブンブン振りながら私の頰を舐める。
私を大好きだと言ってくれているようなその行動。
「うん。私も大好きだよ……」
そう小さく呟いて、私はかんちゃんの背中を撫でた。
モヤモヤしたまま、かんちゃんのご飯を用意して、勢いよく食べているのをぼんやり眺めていると、テーブルに置いてあるスマホが震え出した。
誰?と思いながら画面の表示を覗くと、希海さんだ。
「はい。綿貫です」
『遅くに悪いな』
希海さんがこんな時間に電話してくるのは珍しい。元々、余程でないと電話をしてくることはないから、何か急用なんだろう。
「いえ。何かありましたか?」
『綿貫に仕事の依頼があるんだが、2週間後の木曜、空いているか?』
希海さんの伝手で仕事を貰う事はあったが、2週間後というタイトな依頼は初めてかも知れない。
「確認します。待ってもらっていいですか?」
『あぁ』
その返事を聞いてから、慌てて玄関に置きっぱなしだったバッグに走り、スケジュール帳を取り出す。それを捲りながらまた電話に向かった。
「もしもし。大丈夫です。買い出しに行こうかと開けてた日です」
『そうか。悪いが受けてやってくれないか?どうしても綿貫がいいと先方が……司が言うものだから』
一瞬、耳を疑ってしまう。
希海さんが言う司とは、もちろんあの人の事だとは理解するが頭がついていかない。
「えっと……長門さんが……私に?」
『そうだ。悪いな突然。通常の撮影とは違うから少数でやりたいらしい。詳細はまたメールでいいか?』
「あ、は、はい。お願いします」
『司にもOKの返事をしておく』
ほっとしたような希海さんの柔らかい声が電話の向こうから聞こえるが、私はすでに緊張で体が固くなる。
私が無言のままでいると、少し空気が揺らぐような気配がして希海さんは続けた。
『色々心配なのは分かる。それに、司の事は睦月さんにアドバイスを貰えばいい。あの人ならなんでも知ってるはずだ』
そう言っている希海さんの声は少し笑っているように聞こえる。
「えっ!でも!」
私は戸惑ってそこで口籠る。どうしよう……私、聞こうにも睦月さんの連絡先は仕事用のメールアドレスしか知らない。それを使ってそんな個人的な事を聞いてもいいのか。
『睦月さんに……綿貫の連絡先教えてもいいか?聞いてないんだろう?』
さすがに、伊達に何年も一緒に仕事をしてきた仲じゃない。希海さんには見透かされていた。
「はい。……でも、迷惑じゃないですか?」
『そんな事はないだろう。むしろ……』
そこまで希海さんが言ったところで、希海さんを呼ぶ声が電話の向こう側で聞こえた。たぶん響君だ。
『悪い。メシが出来たみたいだ。じゃあ頼む』
私はそれに「はい」とだけ言って電話をきった。
「送っていただいてありがとうございました」
そう言って頭を下げてシートベルトを外していると「こちらこそ。お土産たくさんありがとうね」と頭上から睦月さんの声がした。
私がシートベルトを外してそのまま顔を上げると、そこにあった至近距離の睦月さんの顔と目があった。
「あ……」
思わず私はそう口に出す。
目の前にあるのはいつも笑っているその顔とは違う顔。
なんだか切ないような、今にも泣きだしそうな……そんな見た事ない表情を見せて睦月さんは、私にゆっくりと近づいてくる。
その顔から目が離せなくて、私は近づいてくるその顔をただ見上げていた。
額にかかる艶やかな黒髪に、二重の優しげな瞳の横に刻まれている笑い皺。薄い唇が何か言いたげに少し開いていくさまも。
けれど、自分の顔に睦月さんの熱を感じるくらい近づいてた時、我に返ってギュッと目を閉じてしまう。一体何をされてしまうのだろうかと。
そこで睦月さんから感じる熱はピタリと止まり、そしてスッと離れて行く気配がした。
そして不意に、目を閉じたままの私の頭を睦月さんがクシャクシャに撫でた。
「ごめんごめん。びっくりしたよね」
ははっと笑いながら、そう言う睦月さんの声は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
睦月さんはふいっと外を方を向いたかと思うとすぐに扉を開けて外へ出る。私はようやくそれに促されるように外へ出た。
「はい」
後部座から私の荷物を取り出して、睦月さんは私に差し出した。
「ありがとうございます」
そう言って受け取った自分の荷物は、いつも持っているはずなのに今は鉛を持ったように重い。まるで、私の今の心を映しているように。
その荷物を肩に担ぐと、私は睦月さんを見る事なく頭を下げてそのまま踵を返した。
さっき、睦月さんは私に何をしようとしたんだろう。そして、私はそれに過剰に反応し過ぎたのかも知れない。
自意識過剰だと思われたかな?物凄く恥ずかしい……
そんな事を思いながら足早にエントランスに向かう。
そんな私を、きっと睦月さんは見守ってくれている筈だ。車が走り出す気配が無いからそんな気がする。けど振り向けなくて、重い荷物と心を背負ったまま、私はエントランスに入りエレベーターに乗り込んだ。
「ただいま……」
暗く沈んだ声でそう言う私に、奥の部屋からかんちゃんは変わらず元気に吠えている。
玄関先に荷物を置くと、「わかったよぉ!かんちゃん!」とゲージに向かった。
ゲージを開けると、かんちゃんは真っ直ぐに私に飛びついてシッポをブンブン振りながら私の頰を舐める。
私を大好きだと言ってくれているようなその行動。
「うん。私も大好きだよ……」
そう小さく呟いて、私はかんちゃんの背中を撫でた。
モヤモヤしたまま、かんちゃんのご飯を用意して、勢いよく食べているのをぼんやり眺めていると、テーブルに置いてあるスマホが震え出した。
誰?と思いながら画面の表示を覗くと、希海さんだ。
「はい。綿貫です」
『遅くに悪いな』
希海さんがこんな時間に電話してくるのは珍しい。元々、余程でないと電話をしてくることはないから、何か急用なんだろう。
「いえ。何かありましたか?」
『綿貫に仕事の依頼があるんだが、2週間後の木曜、空いているか?』
希海さんの伝手で仕事を貰う事はあったが、2週間後というタイトな依頼は初めてかも知れない。
「確認します。待ってもらっていいですか?」
『あぁ』
その返事を聞いてから、慌てて玄関に置きっぱなしだったバッグに走り、スケジュール帳を取り出す。それを捲りながらまた電話に向かった。
「もしもし。大丈夫です。買い出しに行こうかと開けてた日です」
『そうか。悪いが受けてやってくれないか?どうしても綿貫がいいと先方が……司が言うものだから』
一瞬、耳を疑ってしまう。
希海さんが言う司とは、もちろんあの人の事だとは理解するが頭がついていかない。
「えっと……長門さんが……私に?」
『そうだ。悪いな突然。通常の撮影とは違うから少数でやりたいらしい。詳細はまたメールでいいか?』
「あ、は、はい。お願いします」
『司にもOKの返事をしておく』
ほっとしたような希海さんの柔らかい声が電話の向こうから聞こえるが、私はすでに緊張で体が固くなる。
私が無言のままでいると、少し空気が揺らぐような気配がして希海さんは続けた。
『色々心配なのは分かる。それに、司の事は睦月さんにアドバイスを貰えばいい。あの人ならなんでも知ってるはずだ』
そう言っている希海さんの声は少し笑っているように聞こえる。
「えっ!でも!」
私は戸惑ってそこで口籠る。どうしよう……私、聞こうにも睦月さんの連絡先は仕事用のメールアドレスしか知らない。それを使ってそんな個人的な事を聞いてもいいのか。
『睦月さんに……綿貫の連絡先教えてもいいか?聞いてないんだろう?』
さすがに、伊達に何年も一緒に仕事をしてきた仲じゃない。希海さんには見透かされていた。
「はい。……でも、迷惑じゃないですか?」
『そんな事はないだろう。むしろ……』
そこまで希海さんが言ったところで、希海さんを呼ぶ声が電話の向こう側で聞こえた。たぶん響君だ。
『悪い。メシが出来たみたいだ。じゃあ頼む』
私はそれに「はい」とだけ言って電話をきった。
1
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました
加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです
冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる