年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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「あ、さっちゃん。ご飯まだだよね?俺もまだなんだけど、どっか行く?」

睦月さんにお土産を渡すだけのはずが、いつの間にか仕事の話をする事になり、睦月さんの家で私はそう尋ねられていた。

「あの、本当にお土産渡しに来ただけなので、気を遣わないで下さい」

私がそう言うと、睦月さんは見るからにシュンとした顔を見せた。

「1人でご飯食べるのも侘びしいなぁって思ったんだけど……。じゃあ、うちにあるものだったらいい?と言ってもあるのはさっき買って来た冷凍鍋焼きうどんなんだけど」

そこまで言われると無下に断る事も出来ず、「じゃあ、せっかくなんでいただきます……」と私は答える。

「本当?じゃあ用意してくるから待ってて」

嬉しそうに睦月さんは笑顔を見せて立ち上がると、私も同じように立ち上がる。

「私もお手伝いします」
「ありがとう。さっちゃん」

目の横に皺を寄せて、睦月さんは優しく笑う。

いつもこうやって笑うから、笑い皺ができたのかな?

なんて思いながら私はその顔を見た。

なんだか、とても安心するな……

誰にも抱いた事のない感情を、私はその時初めて感じた気がした。


手伝うと言っても、結局することは鍋焼きうどんを丼に移してレンジで温めるだけ。睦月さんはニコニコしながら、たぶん晩酌用に買って来たんだろう枝豆や焼き豚なんかを皿に移している。

「よかったぁ。お皿を一応何枚かづつ買っといて。丼も2ついるかなぁ?なんて思ってたんだけど」

出来立てのうどんを睦月さんはレンジから出しながらそんな事を言う。
私の方はと言うと、丼が2つ同時にレンジに入らず、1人分を小鍋で温めて、それがちょうど出来上がったところだった。

私が鍋を洗おうとすると、睦月さんはすかさず「俺洗っとくから、一つ運んでもらっていい?」と私から鍋を攫って洗い出す。

その姿が自然で、普段から家事をやっているのがよく分かる。

「じゃあ、これ先に持っていきますね」

そう言って鍋焼きうどんと他のお皿を乗せた小さなトレーを持つとダイニングテーブルに向かった。
私がテーブルに皿を置いていると、すぐに睦月さんもやって来た。

向かい合わせにテーブルに座ると、睦月さんは手を合わせ笑顔になる。

「じゃあ、いただきます」

睦月さんの白くて長い指が合わさるのに、私は釘付けになった。父のゴツゴツした手とは違う、美しい手。撮影している時にカメラを持つ手も美しいと私は思っていた。

「いただきます」

私はそんな事を振り払うように手を合わせてお箸を持つ。

「うん。やっぱり寒くなると温かいものが美味しいねぇ。それにしても、最近の冷凍食品って凄いよね」

美味しそうにうどんを食べながら睦月さんは言う。

「確かに……。自分で作るよりよっぽど美味しいです」

そう言いながら私もうどんを啜る。関西風の出汁は、西日本出身の私にはホッとする味かもしれない。

「だよねぇ。でも、流石に煮込み料理ってあんまりないよね。レトルトはあるけど。カレーはレトルトでいいんだけど、シチューはなぁ……」

と何か思い出すように睦月さんは宙を見上げる。

「シチューお好きなんですか?」
「あー……好きって言うか、子供の頃よく母が作ってくれたなぁって。寒い季節になると食べたくなるんだけど、あんまり外でも見かけないし」

確かに、カレー専門店は山程あるが、シチューはなかなかメニューにある事も少ない気がした。

「簡単だとは思うんですけど。シチューの素にも作り方書いてますし」

私がそう言うと、少し考えてから睦月さんは言った。

「じゃあ挑戦してみるよ。ちゃんと出来たらさっちゃんも食べに来てくれる?」

と。



結局お土産を渡しに来ただけが、ご飯をご馳走になった上、家まで送って貰うことになってしまった。

「本当にすみません」

睦月さんの車の助手席で、私は小さく謝る。

「ん?なんで?こっちが引き留めたんだし、有意義な話も聞けたし。さっちゃんに感謝したいくらいなんだけど?」

睦月さんはふふっと笑いながらそう言う。ハンドルを握って前を向く睦月さんの横顔。時折ライトが当たり照らし出されたその顔は、とても優しくてずっと見ていたくなる。

「さっちゃんさ、いつも仕事の時はあんなに重い荷物持ってるの?」
「え?あ……そうです。必要な物入れてるとあんな感じになってしまって。さすがにもう慣れましたけど」

使い古した大きなトートバッグ。
私はそれに道具を満杯に詰め込んで仕事に向かっている。メイクブラシだけでも結構あるし、勿論メイク用品一式にクレンジングや化粧水を入れると、かなりの重量。
それでも出来るだけコンパクトになるようには工夫しているつもりだ。

「仕事行くだけでも大変だよね。……さっちゃんさえよかったら、せめて俺と一緒に仕事する時、送り迎えさせてくれないかな?」

前を向いたまま言う睦月さんの顔は、少しはにかんだように見える。

そして、私は動揺していた。

睦月さんはどうしてそんな事を私に言ってくれるんだろう?
私が小さくて、か弱そうに見えるから?

そんな思いが頭をよぎって、言葉が続かない。私が黙ったまま俯いていると、睦月さんはふうっと小さく息を吐いた。

「さっちゃんが嫌なら無理にとは言わないよ?でも……俺がそうしたいんだ。ダメかな?」

ちょうど赤信号で止まったタイミング。そこで睦月さんは私の方を向いてそう言った。

睦月さんは優しい。きっと、私が困っているだろうと思ってそう言ってくれているに違いない。この優しさを無碍に断るなんて、私には出来ない。

「じゃあ……睦月さんの都合が良ければ……お願いします」

顔を上げて、でも真っ直ぐ睦月さんの顔を見ることが出来ないまま私はそう答える。

「本当?嬉しいな」

信号がまた変わるタイミングで、それだけ言うと睦月さんはまたハンドルを握った。

嬉しいと思っているのは私の方だ。睦月さんにとって、私が特別なんかじゃなくても、誰にでも向ける優しさでも。それでも、今は私に向けてくれる優しさ。

それをとても嬉しいと思いながら、反面胸が痛くなる。

そのうち嫌でも見てしまうだろう、自分以外にも優しく接している睦月さんの姿を想像してしまうから。
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