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「そんなにつまみばっか買い込んでどうすんだ?」

そんな事を真琴に言われながら、地元の海産物市場でお土産を物色する。睦月さんにはいつ会えるのか分からないし、お酒は飲むみたいだから日持ちしそうなものを、と選んだ。

「それって男にあげんの?」

車でここまで連れてきてくれた真琴は、後ろを歩きながらそんな事を尋ねて来る。

「悪い?お世話になったからそのお礼するだけだし」
「悪いとか言ってねーし!それを貰って喜ぶ女の方が心配だよ」

それ以上深く聞く事はせずに、真琴は黙ってついて歩いている。
他にも香緒ちゃんや希海さんに渡すお土産を買い込むと私達は店を後にした。

「今日の夜ご飯どうする?久しぶりにラーメン食いに行かね?」

真琴の提案に私は頷きつつも、お母さん達はどうするのか気になった。

「母さんなら好きにすればいいって言ってたぞ。昨日の残り物結構あるから自分達はそれでいいって」

私が聞くまでもなくそう言われて、私達は小さい頃からよく行った近所のラーメン屋さんに向かう事にした。

「そう言えば、奈々美ちゃんとは順調なの?」

走る車の中で、私は真琴に尋ねる。
奈々美ちゃんは真琴の彼女。小さい頃からよく知る近所の子で、ずっと真琴とは仲が良かった。
と言っても、私と同じようにショートカットで真っ黒に日焼けして、男の子に混じりながら外で遊んでいるイメージしかなく、真琴達が高校卒業後に付き合いだしたって聞いた時は、それはそれは驚いた。

「あー。おかげさまで。今度も奈々美と東京遊びに行こうかって話してるとこ」
「そっか。安心した。でも何でうちにあんたを泊めなきゃいけないのよ?奈々美ちゃんと2人でどっか泊まればいいのに」

いくら結婚前だからって、奈々美ちゃんの両親そこまで固かったっけ?と思いながら尋ねる。

「アイツは叔父さんちに泊まるんだと」
「あ~。そこか!」

私は納得してそう返す。
奈々美ちゃんの叔父さん。それは他でもない、いただきの店主の竜二おじさんの事だ。

「俺と奈々美が一緒に店に顔出して、奈々美が泊まらないなんて無理だろ?」

そうだ。おじさんはとっても古風だ。いつの時代の人?ってくらいに。だから、未婚の女の子が彼氏とお泊まりなんて、到底許してくれるとは思えない。

「そうだよね……」

そんな話をしている間に目的のラーメン屋さんに着き、私達はいそいそと車から降りると店に向かった。

懐かしい味のラーメンを食べて店を出ると、さすがにもう外は真っ暗だった。
また真琴の車に乗り、私達は家路に着く。昔からさほど変わらない景色。高いビルなどなく、一軒家と畑が並ぶ田舎の道を車は走っていた。

「お。今日は月が綺麗だな」

ちょうど進行方向の、フロントガラスの向こう側に少しだけ欠けた月が見えて、真琴がそんな事を口にした。

「真琴さ、それの別の意味知ってる?」

前を向いてハンドルを握る真琴に、私は尋ねてみる。自分が知っているからと言って、一般的に知られているとは限らないし。

「え?あれだろ?夏目漱石のやつ。回りくどいよな~。好きなら好きって言やいいのにさ」

真琴はそんな事を言いながらハンドルを動かしている。

「知ってるんだ」
「一応な。何?咲月知らなかったの?」
「違うよ。私じゃなくて……」

そこまで言って口籠もる。
そう。睦月さんは知らなかったのだ。だから、私にあんな事を言えたのだと思う。じゃなきゃ、私なんかに言う台詞じゃない。
それに睦月さんなら、真琴の言う通り、そんな回りくどい事を言わずに、好きな人には好きだと言うんじゃないかと思う。

私じゃない誰かに。

ほう、と一つ溜息を吐き、私は窓の外を眺める。暗い空に浮かぶ真っ白な月。とても綺麗だけど、何だか寂しくもある。

私はあんな美しいものにはなれない。月の輝きで見えなくなってしまう暗い星のようだ。いくら着飾ろうが、ブスはブスのままなんだから……。

そんなネガティブな思いを抱えたまま、私はただ月を眺めていた。


◆◆


3泊4日の帰省も終わり、また私は雑然とした街に戻る。

そして、その週末。
久しぶりに香緒ちゃんと希海さんとの仕事が入っていた。2人との仕事は、本当にストレスがない。もちろん、仕事には厳しい2人だけれど、その厳しさも私には心地よい。私の事を一番理解してくれているから。

「香緒ちゃん、希海さん。これ、実家のお土産」

仕事終わりに、私は2人にそれぞれ買ってきたお土産を手渡した。

「いつもありがとう。さっちゃん」

そう言って香緒ちゃんは笑顔で受け取ってくれる。

「悪いな」

希海さんも、そう言って少し表情を緩める。そして、どうしようか迷いながらも、意を決して私は口を開いた。

「あの。睦月さんにもお土産買ってきてて。でもしばらく会う事ないから、渡しておいてくれないかな?」

私のその言葉に、何故か2人は顔を見合わせて、それから私の方を向いた。

「さっちゃん、自分で渡しに行けば?」

香緒ちゃんは、さも当たり前のように私にそう言った。その隣で、希海さんも小さく頷いている。

「えっ?えぇ!」

私は驚いてそう声を上げる。
まさか、そんな事言われるなんて思っていなかった。確かに、目の前の2人だっていつ睦月さんに会うか分からないけど、自分で渡しに行けと言われるなんて思いもしなかったし。

「あ、でも今日は僕、用事あるから送れないや。だいたい、睦月君の家知らないしね。希海は知ってるよね?」

希海さんの方を向いて香緒ちゃんはそう言っている。

「まあ、行ったことはある」
「なら決まり!さっちゃん、行っておいでよ?お土産なら早い方がいいでしょ?」

急に押しかけて迷惑じゃないだろうか?なんて思うけど、希海さんもいる事だし、渡すだけ渡してすぐに帰ればいいのか、と私は思い直した。

「じゃあ、希海さん。睦月さんの家まで連れて行ってもらえますか?」
「あぁ。分かった」

希海さんは抑揚のない低い声でそう言う。こう言う時の希海さんは、本当に表情が読めなくて何考えているのか分からない。香緒ちゃんなら分かるのかなぁ?とその顔を見ると、何故かニコニコ上機嫌で笑っている。

「とりあえず行ってみるよ。香緒ちゃん」
「うん。いってらっしゃい」

そう言って私達は別れて、希海さんに送って貰った訳なんだけど……。
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