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車はすっかり暗くなった夜の街を抜けて、落ち着いた住宅街へ向かって行く。遅い時間に感じてしまうのは、冬だからなんだろうなと時計を確認すると8時前。それでも、テーマパークに着いたのが3時前だった事を考えると、それなりに時間は経っていた。
明日からさっちゃんは実家に帰省すると聞いていたから、あまり遅くならないようにしようと思っていたけど、本当はもう少し一緒にいたいな、なんて思ってた。
けれど、ずるずると引き留めるわけにもいかず、ある程度の時間になったら帰る事を提案した。俺から言わなきゃ、さっちゃんは遠慮して言い出せないだろうし。
「そろそろ帰ろうか」
そう言った時、寂しそうな顔を見せたのは、俺に対してじゃなくて、テーマパークを去る事に対して……なのかも知れないけど、それでも勝手に期待してしまう。
またこうやって、一緒に過ごしてくれるかな?って。
そんな事を考えながら、ハンドルを動かして、時々助手席で眠るさっちゃんの顔を盗み見た。
俺が買ったテディベアを大事そうに抱えて、シートに凭れて眠るその顔を間近で見てしまったら、理性を保てる自信はない。
ほんと、40がそこに見えてるおっさんが、20代の女の子に思う事じゃないわなぁ……
自分に呆れながら溜め息を吐くと、車のハザードランプを付けて、前にさっちゃんを降ろした公園近くに駐車した。
「さっちゃん?着いたよ?」
出来るだけ顔を見ないように呼びかける。
「さっちゃん。起きて?」
起きなきゃ……連れて帰るよ?
何て言葉を飲み込んで、さっちゃんに声をかける。
「……ん……」
悩ましげな声が聞こえてきて、もぞもぞと動き出す。
これ以上ここにいたら、本当に俺の理性は何処かへ行ってしまいそうだ。
さっちゃん、ごめん!
そう思いながら運転席を降りて助手席側に回る。そして、遠慮なくそのドアを開けた。
「さっちゃん!着いたから起きて!」
冷たい空気が車内に一気に流れ込んで、さっちゃんは驚いたように飛び起きた。
「えっ!何?」
まださっちゃんは状況が掴めていないようで、キョロキョロ辺りを見渡すと、ゆっくりとドアを開けて立っていた俺の方を見上げた。
「おはよ!さっちゃん」
明るく言う俺に、さっちゃんは決まりの悪そうな顔で「すみません……」と謝る。
「何で謝るの?連れ回したの俺でしょ?さ、降りて?今日は家の前まで着いて行くからね」
気にさせないようにそう言って、俺は後部座席のドアを開けると、そこからさっちゃんの大きな荷物を取り出して肩から担いだ。
「荷物……重くないですか?」
斜め後ろを歩きながら、さっちゃんが俺に申し訳なさそうに尋ねる。
「大丈夫だよ。こっちこそ、うちの子達がごめんね」
そう言いながら笑う。
車を降りて、自分で荷物を持つと引かないさっちゃんに、「今手に持ってるその子達と交換ね」と有無を言わさずバッグを持って歩き出した。
「どっち行けばいいの?」
とりあえず、前にさっちゃんを送った時、彼女が歩き出した方向に来たけどその先を見ていない。
「この先を左に曲がってすぐなんです」
本当にすぐ近くだったんだなと思いながら歩く。
今度……があるなら家の前まで車で送ろう、そんな事を考えながら角を曲がった。
一方通行の道沿いにマンションが並び、遠くにはコンビニの灯りが見える。3つ目のマンションの前でさっちゃんは「ここです」と止まった。
振り返ると、両手でテディベアを抱きしめたままさっちゃんは俯いていた。
目の前の、すぐ手の届く距離にいるさっちゃんを、彼女の腕にいるぬいぐるみのように抱きしめたら一体彼女はどんな顔をするだろうか?
けれど、さすがに今そんな事をしても、さっちゃんはきっと困るだけだろう。
そう思って、俺はバッグを肩から下ろして顔を上げた。
「あ……」
それが目に入り、俺は意識しないままそう呟いていた。
今の今まで気づかなかった、大きな満月が俺の視線の先に浮かんでいた。
「今日は……月がとっても綺麗だね」
俺がそう言うと、さっちゃんは「えっ!」と驚いたように顔を上げた。
いや、本当にその顔はとても驚いていた。
俺、そんなに変な事言った?
戸惑いながら「ほら、見て」と俺が指を指すとさっちゃんはその方向を振り返った。
「……本当に……綺麗です」
さっちゃんは少しだけ向こう側を見てからまた体を戻し、俺にテディベアを差し出した。
「今日はありがとうございました。この子達、大事にしてくださいね」
その子達を片腕で受け止めて、さっちゃんに荷物を返す。
「こちらこそ。遅くまでありがとう。明日から帰省するんだよね。楽しんで来てね」
「はい……。じゃあ……」
そう言って、さっちゃんはおじぎをするとそのままエントランスへ向かって行った。
俺は、その背中を黙って見送った。
さっきのさっちゃんは、寂しいような、切ないような、そんな顔をしていた。
なんで?
俺は腕に、まださっちゃんの温もりの残るぬいぐるみを抱えて来た道を戻る。
どうして?
車に戻ると、その場で空を見上げて白く光る満月を眺めた。
ずっと考えても分からない。
さっちゃんが、どうしてあんな顔をしたのかは。
明日からさっちゃんは実家に帰省すると聞いていたから、あまり遅くならないようにしようと思っていたけど、本当はもう少し一緒にいたいな、なんて思ってた。
けれど、ずるずると引き留めるわけにもいかず、ある程度の時間になったら帰る事を提案した。俺から言わなきゃ、さっちゃんは遠慮して言い出せないだろうし。
「そろそろ帰ろうか」
そう言った時、寂しそうな顔を見せたのは、俺に対してじゃなくて、テーマパークを去る事に対して……なのかも知れないけど、それでも勝手に期待してしまう。
またこうやって、一緒に過ごしてくれるかな?って。
そんな事を考えながら、ハンドルを動かして、時々助手席で眠るさっちゃんの顔を盗み見た。
俺が買ったテディベアを大事そうに抱えて、シートに凭れて眠るその顔を間近で見てしまったら、理性を保てる自信はない。
ほんと、40がそこに見えてるおっさんが、20代の女の子に思う事じゃないわなぁ……
自分に呆れながら溜め息を吐くと、車のハザードランプを付けて、前にさっちゃんを降ろした公園近くに駐車した。
「さっちゃん?着いたよ?」
出来るだけ顔を見ないように呼びかける。
「さっちゃん。起きて?」
起きなきゃ……連れて帰るよ?
何て言葉を飲み込んで、さっちゃんに声をかける。
「……ん……」
悩ましげな声が聞こえてきて、もぞもぞと動き出す。
これ以上ここにいたら、本当に俺の理性は何処かへ行ってしまいそうだ。
さっちゃん、ごめん!
そう思いながら運転席を降りて助手席側に回る。そして、遠慮なくそのドアを開けた。
「さっちゃん!着いたから起きて!」
冷たい空気が車内に一気に流れ込んで、さっちゃんは驚いたように飛び起きた。
「えっ!何?」
まださっちゃんは状況が掴めていないようで、キョロキョロ辺りを見渡すと、ゆっくりとドアを開けて立っていた俺の方を見上げた。
「おはよ!さっちゃん」
明るく言う俺に、さっちゃんは決まりの悪そうな顔で「すみません……」と謝る。
「何で謝るの?連れ回したの俺でしょ?さ、降りて?今日は家の前まで着いて行くからね」
気にさせないようにそう言って、俺は後部座席のドアを開けると、そこからさっちゃんの大きな荷物を取り出して肩から担いだ。
「荷物……重くないですか?」
斜め後ろを歩きながら、さっちゃんが俺に申し訳なさそうに尋ねる。
「大丈夫だよ。こっちこそ、うちの子達がごめんね」
そう言いながら笑う。
車を降りて、自分で荷物を持つと引かないさっちゃんに、「今手に持ってるその子達と交換ね」と有無を言わさずバッグを持って歩き出した。
「どっち行けばいいの?」
とりあえず、前にさっちゃんを送った時、彼女が歩き出した方向に来たけどその先を見ていない。
「この先を左に曲がってすぐなんです」
本当にすぐ近くだったんだなと思いながら歩く。
今度……があるなら家の前まで車で送ろう、そんな事を考えながら角を曲がった。
一方通行の道沿いにマンションが並び、遠くにはコンビニの灯りが見える。3つ目のマンションの前でさっちゃんは「ここです」と止まった。
振り返ると、両手でテディベアを抱きしめたままさっちゃんは俯いていた。
目の前の、すぐ手の届く距離にいるさっちゃんを、彼女の腕にいるぬいぐるみのように抱きしめたら一体彼女はどんな顔をするだろうか?
けれど、さすがに今そんな事をしても、さっちゃんはきっと困るだけだろう。
そう思って、俺はバッグを肩から下ろして顔を上げた。
「あ……」
それが目に入り、俺は意識しないままそう呟いていた。
今の今まで気づかなかった、大きな満月が俺の視線の先に浮かんでいた。
「今日は……月がとっても綺麗だね」
俺がそう言うと、さっちゃんは「えっ!」と驚いたように顔を上げた。
いや、本当にその顔はとても驚いていた。
俺、そんなに変な事言った?
戸惑いながら「ほら、見て」と俺が指を指すとさっちゃんはその方向を振り返った。
「……本当に……綺麗です」
さっちゃんは少しだけ向こう側を見てからまた体を戻し、俺にテディベアを差し出した。
「今日はありがとうございました。この子達、大事にしてくださいね」
その子達を片腕で受け止めて、さっちゃんに荷物を返す。
「こちらこそ。遅くまでありがとう。明日から帰省するんだよね。楽しんで来てね」
「はい……。じゃあ……」
そう言って、さっちゃんはおじぎをするとそのままエントランスへ向かって行った。
俺は、その背中を黙って見送った。
さっきのさっちゃんは、寂しいような、切ないような、そんな顔をしていた。
なんで?
俺は腕に、まださっちゃんの温もりの残るぬいぐるみを抱えて来た道を戻る。
どうして?
車に戻ると、その場で空を見上げて白く光る満月を眺めた。
ずっと考えても分からない。
さっちゃんが、どうしてあんな顔をしたのかは。
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