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「咲月!こっちこっち!」

田舎の狭い空港の到着ゲート。
荷物を受け取り自動扉を出ると、そこはもう出迎えの人が待っている。

私がそこに荷物を押しながら出ると、すぐに私の姿を見つけた真琴まことが大きな声を上げた。

「そんな大きな声出さなくても見えてるよ」
「なんだよ冷たいなぁ。せっかくこうやって迎えに来た可愛い弟に対する態度?」

そう言って呆れたように言いながら、真琴は私が手に持っていたお土産の入った紙袋だけを掴む。

「今日は何?あ、あれ買ってきてくれた?」

私より、お土産の方に気を奪われている2歳下の弟は、顔に似合わない感じでワクワクしながら袋の中を覗き込んでいる。

弟は、どちらかと言えば父親に似ている。背は高い方ではないが、それでも標準だと思う。父は170センチないと思うから、そこは似なくて良かったと、こっそりと真琴は言っていた。
でも顔は、それなりにイケメンだと友達に言われる父に似ている。ただし、父はちょっとくどいと言うか、濃いと言うか……。
弟はその点、優しい顔をしている母のお陰で幾分かマイルドだ。

「ちゃんと買ってきたわよ!真琴の好きなバナナ!」

私が東京に出て、初めて帰省した夏。
ベタだけど、田舎じゃお目にかかることのない定番のお土産を買って帰ったのだが、それをたいそう気に入った真琴に帰る度に強請られていた。
地元の工業高校を出てそのまま地元で就職した弟にとって、今でも東京は特別な場所なのだ。

「やった!」

そんな会話しながら駐車場に出る。
真琴の後を付いて行くと、前に見た車とは違う車の前に連れて行かれた。

「また車買い替えたの?」

私が呆れたように言うと、真琴はロックを解除しながら、「これくらいしか趣味ないしいいだろ?」と平然としていた。

確かに、そう娯楽の多いわけではない田舎。
実家のあるここは、この地方ではまだ発展している方で、少し走ればショッピングモールもあるし、全国チェーンの飲食店も結構ある。
けれど、気軽に行ける動物園や水族館や遊園地なんてもちろん無い。

「まぁ、自分の給料だから別にいいけど、事故には気をつけなさいよ?」
「わかってるって。俺、ゴールド免許だしな!」

そう言いながら真琴はトランクに荷物を入れて、私は当たり前のように助手席に乗る。
気心の知れた弟の車だけど、なんとなく落ち着かない。

じゃあ、何で睦月さんの車の助手席はあんなに安心できるんだろう……

そう思いながら、私は昨日のことを思い出していた。


◆◆


しばらく待って入った店。
そこにはテディベアを中心に、その友達の猫やウサギなどのぬいぐるみやグッズが売られていた。

睦月さんは「おー!可愛いね!俺もどれか連れて帰ろうかな?」なんて言い出して、私にどれがいいか尋ねた。

「ちなみにさっちゃんはどれ持ってるの?」
「全部……持ってます」

棚の前で尋ねられ、私は小さく答える。案の定、「え?全部?」と驚いたように睦月さんはこちらを向いた。

「あ、でも一度に全部買ったんじゃなくて、少しずつ……ですけど」
「ああ、そうだよね。前から好きならそうなるか。一番最初はどの子?」

そう言われて私はテディベアの男の子を指差した。
自分が東京に出てきて初めてこの場所に来た時に買ったのはこの子だ。
と言うより、その時はまだこの男の子と、対になる女の子しかいかなったのだ。

「そうかぁ」

そう言って目の前のぬいぐるみの頭をポンポンと撫でた。

「癒されそうだね」
「……ですね。私もかんちゃんと暮らし始める前はみんなに癒されてました」

私がそう言うと、ぬいぐるみを撫でていた睦月さんの手が止まった。

「え……と、さっちゃん……誰かと一緒に暮らしてるの?」

辿々しくそう話す睦月さんを見上げるとその表情は固い。

もしかして変な誤解された?と、私は慌てて頭を振った。

「違うんです!犬、飼ってるんです。1年ほど前から」

私の言葉に、睦月さんは無表情のまま「犬……」と呟き、それから、またいつもの顔に戻ると、ホッとしたように「良かった」と小さく言った。

結局、睦月さんは男の子だけじゃ寂しいだろうからと女の子のテディベアも買うことにして、私と一緒にレジに並んだ。
私は買いたかったクリスマス限定の衣装を着た小さなぬいぐるみの付いたストラップを持って。
順番が来ると、当たり前のように睦月さんは私の分も一緒に会計してしまう。

「睦月さん!自分の分払います!」

外に出てそう言うと睦月さんは、困ったような、寂しそうな顔を見せた。

「どうしてもダメ?」
「……だって。さっきもご馳走になったし……。自分が寄りたいって言ったんだし……」

睦月さんの顔を見たら絆されてしまって、強く払うと言えずに口籠る。

「じゃあこの子達、持って?」

さっき買ったぬいぐるみ2体を差し出され、私は反射的に受け取る。

「帰るまでシッターしてて?だからさっきのはそのシッター代って事で」

私は馴染みのある大きさのぬいぐるみを両脇に抱えたまま顔を上げる。
睦月さんはまた優しく笑って、ぬいぐるみにしてたみたいに私の頭をそっと撫でた。
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