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「そんな事ないよ?俺はこうやって、さっちゃんと歩けるだけで充分だから」

そうやって、睦月さんはふんわりと笑う。
そんな顔を見せられたら、恋愛音痴の私ですら勘違いしてしまいそうになる。でも、きっと、睦月さんは誰にでも同じようにしてるんだろうな、って思う。
私が特別なんじゃなくて、他の人にでも、その態度を変える事はないんじゃないかって。

「……じゃあ、奥の方まで歩いて、そこから乗り物で戻ってきましょうか」

私は、睦月さんを意識しないように気にしながら答えた。

「うん。案内お願いします!ガイドさん!」

そこから火山の麓を抜けて、違うエリアに入る。
港町をイメージしたそのエリアを歩いていると、睦月さんは不意に私の方を向いた。

「さっちゃんはお店で買い物したりしないの?俺に遠慮せずに寄ってくれたらいいよ?」

私はそこで驚いた。何で分かったんだろう?実は寄りたい店がすぐ近くある事が。

「えっ?何で……?」

目を丸くしている私に、睦月さんはしたり顔を見せる。

「あ、当たってた?何かこっち側来てから、ちょっとソワソワしてるかな?って思って」

そんなに態度に出てたのだろうか?そんなつもりはなかったんだけど。
それとも、カメラマンと言う職業柄なんだろうか?

「あの……この先に少しだけ寄りたいお店があるんです。入り辛かったら外で待ってて貰っても……」
「一緒に行っちゃダメかな?」

寂しそうにも取れる睦月さんの声。
それに私は「そんな事ないです!つまらないかな?って思っただけなんで」と慌てて返した。

「そんな事ないよ?きっと楽しい」

そう言ってまた睦月さんは笑った。

灯台の横を通り過ぎて、目当ての店に辿り着く。

「あの。ここです」

その店の前で、私は遠慮気味に言った。凄く混んでいる日もあるけど、今日はまだマシな方かも知れないと、店に入るための列を見て思う。

「何のお店だろ?」

外観からはすぐに分からないその店を前に、睦月さんはワクワクした様な顔になった。

「えーと……ぬいぐるみ……の店、なんです」

私の見た目からも、服装からも、きっとそんなものが好きだって見えだろうから、少し恥ずかしくなりながら答える。

「へー!じゃ、並ぼ?」

私を促すように睦月さんは笑うと、とっても自然に私の手を取った。

てっきり列に並んだら手を離すんだろうなって思ってたのに、繋いだ手はそのままで、私は戸惑ったまま下を向いていた。

周りからどう見えてるんだろう?
カップル?それとも仲の良い兄妹?

今時、手を繋いで楽しそうに歩く中学生のカップルくらい見かけるのに、そんな事すら経験してない私は、どんな態度をとるのが正解なのか分からない。

変に意識しすぎ?睦月さんにとってはこんな事普通の事なのかな?

そんな思いが私の頭の中をぐるぐる駆け回る。

「手……」

呟くような睦月さんの声が、黙って項垂れていた私の頭上から聞こえて来る。

「え?」

もしかして、私から離さなきゃいけなかった?と見上げると、睦月さんは少し困ったように笑っていた。

「冷たいけど、大丈夫?寒くない?」

もう随分と陽は傾いているし、海に近いこの場所は段々と冷たい風が吹き出している。

「……大丈夫……です」

私はそれだけを何とか答えた。

睦月さんの手は温かくて、まるでその人柄のようだ。いつも太陽みたいに明るく笑う姿は、心の中も表しているように思える。

「手が冷たいと心が温かいって言うよね。さっちゃんはきっとそうなんだろうな」

横から私の顔を覗き込むように見て、睦月さんは言う。

確かにいつも手は冷たいけど、そんなふうに思った事なんてない。よくある冷え性としか考えた事はなかった。

「そんな……。睦月さんこそ心が温かいと思います……」

凄く恥ずかしいけど、でもそれだけは言いたくて、視線を逸らしたまま私は言う。

「ありがと。じゃあ、そう言ってくれたお礼に、もう片方の手も温めるね」

睦月さんはどんな顔してそれを言っていたのかは見てないけど、ゆっくりとした優しい口調で、まるで子守唄を歌っているようだった。
そして、その言葉の通りに私の前に立って、空いていた私の手を取った。

「あったかい……」

私の口を付いてそんな言葉が出る。

冷たくなっていた私の指先は、睦月さんの大きな手に包まれてじんわりと温かくなっていく。

向かい合って両手を握られている私は、どうしていいのか分からなくて睦月さんの方を向けないでいた。
どんな顔して私の事を見てるんだろうかって思うと、それを確かめるのが怖い。

私は一体何を求めてるんだろう?

そして、睦月さんは一体何を思ってこんな事してるんだろう?

さっきから頭で考えてばかりで何も答えは出ないけど、一つだけ分かった事はある。

私はずっとこうやって、睦月さんに触れていたい。そう思っているってことだけは。
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