上 下
14 / 183
5

1

しおりを挟む
「楽しかったね!」

アトラクションを降りた後、出口に向かいながら睦月さんはそんな風に言って屈託のない笑顔を見せた。
きっとその笑顔に裏はない。子供の様に笑うその顔のままに、本当に楽しんでくれているのだと思う。

「そう言って貰えると乗った甲斐ありました」

そんな睦月さんの姿に、私も釣られて笑顔になる。

2人で乗ったアトラクションは、人気があって長蛇の列、なんて事にはならないもの。でも私は大好きで、来ると必ず寄ってしまう。

シンドバッドの冒険を歌と共に巡るそれは、乗るといつも前向きな気分にさせてくれる。
宝物を探しに行って、見つけたものは友達だった、と言う内容。
私はいつもこれを聞くと思う。人の出会いって、本当に宝物だ。
きっと香緒ちゃんや、希海さんに出会わなければ、憧れだったこの場所に、散歩しに来るなんて贅沢は出来なかっただろう。

そして、私の大事な宝物は、また新しい出会いを運んで来てくれた。

何も話していない時でも、いつも口角を上げて笑っているような表情を見せてくれる人。
そしてそれは上っ面だけじゃないのが、こうやって一緒に過ごしていると分かる。

本当に……睦月さんって、いい人だな……

なんだか凄く安心する。そんな事を男の人に思った事はない気がする。
もしかしたら、お父さんにもここまで感じた事はないかも知れない。
だから、さっき不意に手を引かれた時、凄く驚いたけど嫌じゃなかった。
睦月さんは単に子供の手を引くような気持ちだったんだろうけど。

「……ちゃん。さっちゃん?どうかした?」

そんな事を考えながらぼんやり歩いていたのか、睦月さんが呼びかける声が届いていなかった。
ハッとし顔を上げると、睦月さんは心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「あっ……なんでもないです。すみません……」

表情を出さないままそう答えると、睦月さんはまだ少し心配そうな顔を見せている。

「何か食べに行く?そういえばお昼もまだだし」

今日の仕事はお昼過ぎに終わり、そのままここに直行した。
1人だったら途中のチェーン店のコーヒーショップで軽く何か食べてくるのだけど、さすがに睦月さんをそれに付き合わすわけにもいかず、そのままここに来たのだ。

「はい。何か食べたいものありますか?お米がいいとか、麺がいいとか。言ってもらえたらそこに向かいます」

しばらく「んー……」と考えて、睦月さんは口を開く。

「さっちゃんが行ったこと無い店があればそこがいいな」

そう言って、子供のような明るい笑顔で睦月さんは私に言った。

普段は1人だし、懐事情もあって来るたびにパーク内で何か食べるわけではない。
食べたとしても、ワゴンで何か買うか、ポップコーンの新しい味があれば試してみるか。たまの贅沢が1人でも浮かないレストランに入るくらい。
だから、1人では入り辛いレストランには、憧れのままで入った事はない。
広いテーブルに1人っきりでコース料理、なんて周りの視線が気になってしまう。

「えっと……行った事のないレストランはあるにはあるんですけど、予約しないとかなり待たないといけなくて……」

これは本当の事だ。多分1、2時間位平気で待つ事になってしまうだろう。そんなレストランは事前予約が出来るようになっていて、当日でも空きがあれば朝から予約を受け付けている。ただ、一番行ってみたいレストランの予約はしようと思った事もないのだけど。

「そっか。残念だな。じゃあ、それはまたにして今日はさっちゃんの好きなところにしようか。あ、出来たらピザ以外でお願い!ピザはもう嫌って程食べて来たから」

何も気にしていないように睦月さんは笑う。

また……

睦月さんは分かっていて言っているのだろうか?それとも深い意味のない、ただの言葉のアヤなんだろうか。

目尻に少し皺を寄せてニコニコと笑う睦月さんの顔を見上げて私は思う。
でも、今考えても答えは出ない。だから私もそれにはあえて触れずに口を開いた。

「なら、カレーか中華ならどちらがいいですか?」
「んーー……悩むけど、中華かな?」
「じゃあ、また少し歩きますけど。こっちです」

私が睦月さんをそう言って促すと、睦月さんはまた私の隣に並んで歩き出した。

着いた場所は、海外のSF小説がモチーフのエリア。海底を旅するストーリーらしいが、読んだ事はない。
そこにある中華レストランに私達は入った。
睦月さんは当たり前のように私の分も出してくれて、「悪いです!」って言ったけど「ガイド料だと思ったら安いものだよ?」と受け取ってくれなかった。

しばらく海外で暮らしてたから、そんな事は当たり前なのかなぁ?

なんて、美味しそうに食べてる睦月さんを見て思う。

「次はどこ行く?」

すっかり皿の上のものも無くなった頃、睦月さんにそう尋ねられる。

「一応あと半分くらいエリアはあるんですけど……」

そう言いながら、次はどう歩こうか頭の中で地図を思い浮かべながら考える。

「見たいショーはなかったの?もしかして俺の所為で見に行かないとかない?」

申し訳なさそうな顔を見せる睦月さんに、慌てて首を振る。

「その気になればいつでも見に来れるんで大丈夫です。それに今日はショーの時間に合わなかったし。睦月さんこそ、もしかして見たかったですか?」

そう言えば、そんな話をしなかったと今頃になって思い出す。
せっかく来たのに、本当にお散歩状態で、こっちの方が申し訳なくなってしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

腹黒御曹司との交際前交渉からはじまるエトセトラ

真波トウカ
恋愛
デパートで働く27歳の麻由は、美人で仕事もできる「同期の星」。けれど本当は恋愛経験もなく、自信を持っていた企画書はボツになったりと、うまくいかない事ばかり。 ある日素敵な相手を探そうと婚活パーティーに参加し、悪酔いしてお持ち帰りされそうになってしまう。それを助けてくれたのは、31歳の美貌の男・隼人だった。 紳士な隼人にコンプレックスが爆発し、麻由は「抱いてください」と迫ってしまう。二人は甘い一夜を過ごすが、実は隼人は麻由の天敵である空閑(くが)と同一人物で――? こじらせアラサー女子が恋も仕事も手に入れるお話です。 ※表紙画像は湯弐(pixiv ID:3989101)様の作品をお借りしています。

【R18】十六歳の誕生日、許嫁のハイスペお兄さんを私から解放します。

どん丸
恋愛
菖蒲(あやめ)にはイケメンで優しくて、将来を確約されている年上のかっこいい許嫁がいる。一方菖蒲は特別なことは何もないごく普通の高校生。許嫁に恋をしてしまった菖蒲は、許嫁の為に、十六歳の誕生日に彼を自分から解放することを決める。 婚約破棄ならぬ許嫁解消。 外面爽やか内面激重お兄さんのヤンデレっぷりを知らないヒロインが地雷原の上をタップダンスする話です。 ※成人男性が未成年女性を無理矢理手込めにします。 R18はマーク付きのみ。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...