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しばらく自分の撮ったものを眺めながら、ふと思いついて俺はスマホを手にした。
まだ少ないアドレス帳からその人を表示させて画面をタップする。何度目かのコール音のあと、それが途切れると俺は口を開いた。

「あ、俺俺!」
『……何でしょう』

一見すると機嫌が悪く受け取られそうな淡々とした低い声。本当、叔父にも、まどかちゃん母親にも似てないよなぁ、と思いながら話を続けた。

「あのさ、希海の撮った香緒の写真、見せてもらえないかな?って思って」
『……構いませんが』

相変わらずの抑揚のない声で希海はそう言った。

「助かる!出来たら古いものから最近のまで見せてもらえたら嬉しいんだけど。そんなに沢山じゃなくていいからさ」
『分かりました。メールで送ります』
「ありがと!」

明るく返すと、『いえ。睦月さんにはお世話になったのでこれくらい』とおそらく少し笑みを浮かべたんだろうなと言う感じの柔らかい声で希海は答えた。

「ところでさ、希海はさっちゃんに緊張されなくなるまでどのくらいかかった?」
『綿貫に、ですか?……たぶん半年は。それでもマシな方だと思いますが』

不思議そうな様子で希海は真面目に答えた。

「そっか。希海はさ、さっちゃんがそうなった理由、知ってる?」

香緒に聞いた事を、今後は希海に聞いてみる。

『詳しくは知らないですが……昔嫌な思いをした事がある、とは言ってましたが』

余程トラウマになるほど嫌な思いを同世代の男にされたって事か……。

「教えてくれてありがと。じゃあ、悪いけどお願いした事よろしく」

希海がそれに返事をしたのを確認して電話を切る。

さっちゃんの抱えてるトラウマは、きっとさっちゃん本人からしか聞けないだろう。
それを俺が聞く日がくるのかは分からないけど、でも俺は彼女に伝えたい事がある。

最初から感じていた事。
さっちゃんはきっと自分を偽って、巧妙に本当の気持ちを隠している。
人を美しくする事に情熱を傾けているのに、どうしてそれが自分にも向かないのか不思議だった。
でも、きっと彼女は、自分に目を向けて欲しくないんだろう。

それでも俺は、さっちゃんは自分が思っているより何倍も魅力的なんだよって、そう言いたかった。


◆◆


ほんと、ちょっとこれはストーカー気味だよなぁと自分の行動に少し引きながら、俺はその日スタジオ入りした。

少し前に司に『ストーカーか?』って言われたけど、あれは完全に偶然。
司の誕生日。ちょうどベランダで洗濯物干してたら車が帰ってくるのが見えて、せっかくだからお祝い兼、茶化しに行こうと駐車場に向かっただけ。

でも今日は違う。これは偶然を装ったワザとの行動。

「あれ?睦月君!何でもういるの?」

向こう側からさっちゃんと歩いて来た香緒が驚きながら俺に言う。
それもそのはず。本来ならヘアメイクに時間がかかるモデルの方が先に来るはずが、モデルより先にカメラマンがいるんだから。

「お疲れ!えーと、ちょっと時間勘違いしてて早く来すぎたんだよ」

我ながら苦しい言い訳をしながら香緒に言う。
さっちゃんも香緒の横で、少し面食らうような表情をしている。

「そうなんだ。僕の方が間違ったのかと思ったよ」

安堵したように言う香緒と、その隣に並ぶさっちゃんと共に俺も歩き出す。

「さっちゃん。この前はありがとう」

歩きながらそう言うと、さっちゃんは「いえ。こちらこそご馳走様でした」と歩きながらペコリとお辞儀をした。

「どういたしまして」

俺が笑いかけると、さっちゃんまだ少し硬い表情で笑顔を見せてくれた。

控え室の前まで来ると、香緒は扉の前で振り向く。

「睦月君はこれからどうするの?僕達まだまだ時間かかるけど」
「それなんだけど、良かったらメイクしてるところ見せてもらえない?」
「んー……僕はいいけど、さっちゃんはどう?」

そう言われたさっちゃんは、弾かれるように上を向いた。

「え?私は……香緒ちゃんがいいなら……」

遠慮気味にさっちゃんは言う。
その戸惑ったような顔を見て、さすがに悪かったかなぁと思ったけど、やっぱり仕事をしているさっちゃんの姿を見たかった。

そのまま一緒に控え室に入り、俺は邪魔にならないように少し離れた場所に陣取った。

俺の事は気にしないでって言おうと思っていたら、2人ともすでに気にしていないようだ。

さっちゃんは黙々とメイク道具を用意し始め、香緒は今日の衣装に着替えるため、部屋の隅にあるパーテーションの奥に向かっていた。
着替えて出てきた今日の香緒は、淡いミントグリーンの柔らかそうなワンピース姿。

一体どんな風に変わっていくのだろうか?

俺はワクワクしながら2人の様子を眺めた。

ただただ手際良く手を動かすさっちゃんを、俺は眺めていた。
広げられた数々のメイク道具を前に、色々と思案を巡らせながら香緒にそれをのせていく。
たくさんある色の中から、頭で描いているイメージに向かって使う色を選んでいるようだった。

そして、元々性別を感じさせない香緒の顔は、段々とその衣装に合わせた美しい姿に変貌を遂げて言った。

そんな中でも、2人は和気藹々と会話を楽しんでいる。

「そう言えば、始まったね。クリスマス」

ふと思い出したように香緒が言った。

「うん。始まったね。今日あたりちょっと寄りたいなって思ってるんだ」

香緒にチークをのせながらさっちゃんは笑顔で答えている。

クリスマスが……始まった?寄りたいって何処に?

まだ11月が半分過ぎたところで、クリスマスまでひと月以上ある。

不思議な会話だなぁ

そんな事を思いながら、つい2人のその会話に入ってしまった。

「クリスマスが始まったって何?」
「え?あぁ、テーマパークだよ?」

俺の質問に、さっちゃんが化粧筆を下ろしたタイミングで香緒がそう答え、そして続けた。

「さっちゃん、年パス持ってるくらい好きなんだよね!」

明るい口調で言う香緒に対して、さっちゃんは慌てたように顔を赤く染めている。

「かっ香緒ちゃん!恥ずかしいよ!」
「え?何で?」

俺が不思議に思いながら尋ねると、さっちゃんは諦めたように息を吐いた。

「似合わ……ない、かなと思って」

テーマパークに似合うも似合わないもあるんだろかと思いつつも、さっちゃんはやっぱり自分を卑下するところがあるのが気になった。

「そんな事ないよ?楽しいよね。俺、そう言えば久しく行ってないなぁ……」

前に行ったのいつだったっけ?と思い出しながらそう答える。少なくても日本にいなかった6年間には行ってない。

「じゃあ、さっちゃん。睦月君連れてってあげたら?」

香緒がサラッとそう言う。多分、他意はないんだろう。

「えぇっ?香緒ちゃん何言って……」

さっちゃんは、香緒の言葉に驚いたように声を上げている。
でも、俺にとっては願ってもない話。

「さっちゃん。もし良かったら案内してくれない?クリスマスシーズンなんて行った事ないし」

俺も出来るだけ自然にそう誘ってみる。さっちゃんは、少し戸惑ったような顔を見せたが、「私でよければ……」と答えてくれた。

「ありがと。今日でもいい?車で一緒に行こ?」

嬉しいって気持ちを隠す事なく俺は笑顔で言うと、さっちゃんは顔を赤らめたまま「はい」と小さく頷いた。
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