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「さつき……って、もしかして5月生まれ?」

ニコニコ笑いながら岡田さんはそう言う。

「そう……です。と言っても、漢字はあの字じゃなくて咲く月と書きますが」
「へー。俺は漢字そのままの睦月。もちろん1月生まれだよ。前後半年プレゼント受付してるからよろしくね!」
「……それって1年ですよね?」

明るくそう言うその様子に、私は釣られて笑ってしまう。

「本当に、睦月君は昔から変わってないよね。もういくつ?38だっけ?」

香緒ちゃんもクスクス笑いながら会話に入る。

38…一回り以上年上……には見えない。見た目も口調も。

「ちょっと香緒~!現実を突きつけないでくれよ。もうそこに40見えてんだぜ……信じたくないわ!」

年齢的に、もう結婚されてるのかな?凄くいいパパしてそうな印象がある。
だからかな。男の人は苦手だけど、岡田さんはそんな感じはしない。

「あ、今から準備だな?悪い、邪魔した。俺は先スタジオ入っとくわ」
「分かった!じゃあ今日はよろしくお願いします」

香緒ちゃんが笑いかけると、岡田さんは笑顔で「りょーかい!」と手を上げて部屋を出て行った。

私はまた鏡の前に戻りながら、香緒ちゃんに話しかけた。

「すっごく明るい人だね」

香緒ちゃんもまた椅子に座わると鏡に向かう。

「うん。6年振りに会うけど全然変わってない。いつまでも子供みたいなんだから」

思い出したように笑う香緒ちゃんの前髪をピンで留めて、私はメイクを始めた。

「そう言う香緒ちゃんの顔も子供みたいになってたよ?」

クレンジング水でその美しい顔を拭きながら私は笑う。

「つい昔の気分になって」

香緒ちゃんはそう言って笑っている。

さあ、私の仕事はこれからだ。
今日も、誰よりこの人を美しくしよう。

私はそう思いながら手を動かした。

◆◆

「お疲れ様でした」

スタジオで撮影も終わり、スタッフさんから声をかけられる。

「お疲れ様でした」

私もそう返して控室に戻る香緒ちゃんを待った。

撮影中私はスタジオに控えていて、いつでも手直しできるよう控えている。
今日もいつもと同じように、撮影の邪魔にならないところでその様子を見ていたんだけど、今日はとにかく異色とも言える撮影だった。

とにかく岡田さんは笑わせてばかりで、香緒ちゃんも終始笑いっぱなし。こんなに笑う香緒ちゃんを見たことないってくらい。
途中で香緒ちゃんの方が「メイク崩れそうだから、睦月君もう黙っててくれる?」なんて言い出す始末。

いつもの希海さんとの撮影の時は凄く穏やかだ。
2人はそれこそ生まれた時から付き合いのある幼なじみで、離れていた時もあるけど、ずっと一緒にいる兄弟のような関係らしい。
口数の少ない希海さんの事を、香緒ちゃんはよく分かっていて、撮影中もあまり指示がないのに阿吽の呼吸と言った様子を見ることがある。

「さっちゃんお待たせ!」

来年の春物のレディースを身に纏った香緒ちゃんが私の元へやって来た。
オレンジ色のシフォンワンピースのその姿は、普通に女子だ。一緒に歩いてたら間違いなくナンパされるのは香緒ちゃんで、私ではない。

「お疲れ様。香緒ちゃん」

私はそう言って水を差し出す。
「ありがとう」そう言って香緒ちゃんは受け取るとそれを口にした。

「おっつかれー!」

後ろから岡田さんが軽い調子でやって来た。

「あ、睦月君。お疲れ様。ねぇ、この撮影、これからも定期であるんだよね?」
「あー。そうだね。駆け出しの俺としてはありがたい話なんだけど」

そんな会話をしながら3人で歩きながらスタジオを出る。

駆け出しって年齢でもなさそうなのにな……なんて思いながら香緒ちゃんと話す岡田さんの横顔を盗み見る。

そんな私に気づいたのか、岡田さんは私を見てニコッと笑った。

「俺、長い間アシスタントしててさ、最近捨てられて寂しく1人で仕事してんの」

寂しいとは正反対の明るい口調で岡田さんは私にそう言った。

「睦月君……。さすがに捨てられたは人聞き悪いでしょ。つかさだって別に睦月君のこと見捨てたわけじゃないでしょ?」

香緒ちゃんは呆れた様な顔でそう言った。

「まぁね。この仕事だって司から貰ったし。俺の方がいいだろうからって」
「へー。そうなんだ」
「あのっ」

どうしても気になって、私は2人の会話に入ってしまう。

「司って、長門ながとさんの事ですか?」

長門 司さんは最近まで海外で活躍していたファッションカメラマンだ。
今年の夏に日本にまた戻って来て活動しているその人は、業界内では有名人だ。
前に仕事をしたモデルさん達が『凄く格好いいけど、無茶苦茶仕事は厳しい。でも撮って貰いたい』と口々に言っているのを耳にした。

「そうだよ。あれ?知ってるの?」

岡田さんが意外そうに口にすると、香緒ちゃんが横で説明してくれた。

「結婚式で会ってるよね。でも喋ってた?」

実のところ、近寄り難くって全然話はしていない。元々が身近な人達を集めた式に、私が紛れ込んでる自体アウェイ感満載で、かなり小さくなっていたと思う。
そんな私に気を使って、長門さんのマネージャーをしていると言う長森ながもり瑤子ようこさんが、私にかなり話しかけてくれはした。

「ううん。全然話してないよ?だって怖くって……」

正直にそう言うと、岡田さんは吹き出しながら笑い出す。

「確かにさっちゃんみたいな小動物から見たら司は獰猛なライオンだよね~!」

まさに腹を抱えて笑うその様子に、さっちゃんと呼ばれた事も、小動物と言われた事も吹き飛んでしまった。

「睦月君笑い過ぎ!まあ、司は話しかけづらいよねぇ」

しみじみと言う香緒ちゃんに、岡田さんはそのまま笑いながら私に言った。

「まあ、大丈夫。しばらくすれば、ちょっと怖い番犬に変わってるよ」
「はぁ……」

私は意味が分からないまま、そう気の抜けた返事をした。
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