108 / 115
4.五月闇に、忍び寄る
18
しおりを挟む
「依澄さん! これ以上跡を付けたら、本気で怒りますよ? 隠すの、大変だったんだから!」
昨日も危うく跡を増やされそうになり、慌てて止めたのだ。それでなくとも気になって仕方ないのに。
「見せときゃいい。その方が誰かのものってわかるだろ?」
素直に唇を離した彼はファスナーを上げ、リボンを結び始めた。
「特定の相手は、いないことになってるんですからね!」
「特定じゃなくても、相手がいるって牽制にはなる」
「牽制って……」
今でこそ不敵な笑みを浮かべているが、昨日この話をしたとき、少し不満気だった。けれど、この答えが最良だと納得するしかなかったのだろう。
自分だって、相手はちゃんといると言いたかった。それに、大事な友人に紹介したかった。けれどそれを叶えるのは難しそうだ。どちらかがハワードの人間じゃなければ……と、どうすることもできないことを考えてしまう。
「できたよ」
そう言うと彼は、向こう側にいる私の姿を見るように、肩越しに顔を覗かせた。
「どうだ? これ」
「凄く素敵! 着心地もいいし、デザインも上品だし」
「ああ。よく似合ってる。じゃあ、これにしよう」
依澄さんは満足そうに、笑みを浮かべている。
確かに、鏡に映る自分の姿を見ると心が躍る。背中側を鏡に映して見ると、リボンがアクセントになっていて、首元は隠れている。このデザインなら、髪はアップにした方が可愛いかな、なんて考えた。
けれど頭をよぎるのは、そのプライス。
「やっぱり、自分で支払います。これ、気に入りましたし」
それなりに貯金はしている。払えない金額ではないはずだ。
けれど予想通り、彼は首を振った。
「駄目だ。俺にプレゼントさせて。それに、知ってるか? 男が洋服を贈る意味」
背後に立つ依澄さんは、そんなことを言いながらリボンを解き始めた。
「知らない……です」
今までそんな機会もなかったから、それに意味があるだなんて、考えたこともなかった。
リボンを解き終えると、依澄さんはファスナーを下ろし始める。と同時に、小さな笑い声が耳に届く。そして彼は耳元に唇を寄せた。
「この服を……自分の手で脱がせたいから」
囁く声が耳朶を打ち、熱い吐息が頰を撫でた。
「……んっ」
勝手に声が漏れる。触れられてさえいないのにと思うと、羞恥心が湧き上がる。
「他の男には触れさせない。俺だけがその権利を、もらっても……いい?」
体が熱を帯びていくのを感じながら、唇を開く。
「そんなの……当たり前です……」
「……よかった」
鏡には、嬉しそうに微笑む彼が映っていた。
昨日も危うく跡を増やされそうになり、慌てて止めたのだ。それでなくとも気になって仕方ないのに。
「見せときゃいい。その方が誰かのものってわかるだろ?」
素直に唇を離した彼はファスナーを上げ、リボンを結び始めた。
「特定の相手は、いないことになってるんですからね!」
「特定じゃなくても、相手がいるって牽制にはなる」
「牽制って……」
今でこそ不敵な笑みを浮かべているが、昨日この話をしたとき、少し不満気だった。けれど、この答えが最良だと納得するしかなかったのだろう。
自分だって、相手はちゃんといると言いたかった。それに、大事な友人に紹介したかった。けれどそれを叶えるのは難しそうだ。どちらかがハワードの人間じゃなければ……と、どうすることもできないことを考えてしまう。
「できたよ」
そう言うと彼は、向こう側にいる私の姿を見るように、肩越しに顔を覗かせた。
「どうだ? これ」
「凄く素敵! 着心地もいいし、デザインも上品だし」
「ああ。よく似合ってる。じゃあ、これにしよう」
依澄さんは満足そうに、笑みを浮かべている。
確かに、鏡に映る自分の姿を見ると心が躍る。背中側を鏡に映して見ると、リボンがアクセントになっていて、首元は隠れている。このデザインなら、髪はアップにした方が可愛いかな、なんて考えた。
けれど頭をよぎるのは、そのプライス。
「やっぱり、自分で支払います。これ、気に入りましたし」
それなりに貯金はしている。払えない金額ではないはずだ。
けれど予想通り、彼は首を振った。
「駄目だ。俺にプレゼントさせて。それに、知ってるか? 男が洋服を贈る意味」
背後に立つ依澄さんは、そんなことを言いながらリボンを解き始めた。
「知らない……です」
今までそんな機会もなかったから、それに意味があるだなんて、考えたこともなかった。
リボンを解き終えると、依澄さんはファスナーを下ろし始める。と同時に、小さな笑い声が耳に届く。そして彼は耳元に唇を寄せた。
「この服を……自分の手で脱がせたいから」
囁く声が耳朶を打ち、熱い吐息が頰を撫でた。
「……んっ」
勝手に声が漏れる。触れられてさえいないのにと思うと、羞恥心が湧き上がる。
「他の男には触れさせない。俺だけがその権利を、もらっても……いい?」
体が熱を帯びていくのを感じながら、唇を開く。
「そんなの……当たり前です……」
「……よかった」
鏡には、嬉しそうに微笑む彼が映っていた。
18
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
運命を語るにはまだ早い
宮野 智羽
恋愛
結婚願望が0に等しい上里 紫苑はある日バーで運命を語る男と気まぐれに一夜を共にした。
『運命というものに憧れるならもう一度私を見つけてみてください。…楽しみにしていますね』
彼とはそれで終わる…はずだった。
重ね重ねの偶然で彼と再び邂逅するなんて思ってもみなかった。
相手はしつこいほどの求婚をしてくる執着系御曹司。
対して私は結婚願望0の平凡な会社員。
「俺たちは運命なんだよ」
「ならその運命とやらを証明してみてください。期限は3月いっぱいまでです」
期限は約半年。
それまでに運命を証明できなければ2度と求婚してこないという条件のもと。私たちの不安定な関係は始まった。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?
すず。
恋愛
体調を崩してしまった私
社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね)
診察室にいた医師は2つ年上の
幼馴染だった!?
診察室に居た医師(鈴音と幼馴染)
内科医 28歳 桐生慶太(けいた)
※お話に出てくるものは全て空想です
現実世界とは何も関係ないです
※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる