駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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3. 夏の兆しとめぐる想い

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「恵舞がアメリカに住んでいたとき、町にあったJames's houseってレストラン、覚えてる?」
「え? あの、ジェームズさんのお店?」

 その店は、ルークに出会う少し前にできた。その名の通り、ジェームズさんと奥さんが二人で切り盛りする、食堂と呼んでいいほどの小さなレストランだった。
 ジェームズさんはグレーヘアーのダンディな人で、奥さんは愛想のいいふくよかな人。その店で出される料理は、家庭的なのにとてつもなく美味しく、瞬く間に町の人気店になった。
 私も、家族の誕生日や節目のお祝いに、連れて行ってもらえるのを楽しみにしていたくらいだ。

(そう言えば、依澄さんの作る料理の味……似てる)

 ハッとして顔を上げると、依澄さんはニコリと笑う。

「ジェームズは、ハワードの元料理長だったんだよ」
「知らなかった。どおりであんなに美味しかったんですね」

 彼は小さく頷くと続ける。

「俺はハワードにいるころ、浮いてたからな。何かと気にかけてくれたのがジェームズなんだ。料理長やってるころは、厨房に入り浸ってた。って言ってもそのころは、皿の一枚も触らせてくれなかったが」

 懐かしそうに笑みを浮かべ、依澄さんは語り出す。私もあの、自分が生まれ育った町に思いを馳せながらそれを聞いた。

「ジェームズがハワードを去ってしばらくしてからだ。週末、暇ならうちに来ないかと連絡を寄越したのは。ちょうど羽瑠たちがアメリカから離れて、腐ってたころだったしな。それに乗った」

 ルークが話すことのなかった、町に来ていた理由を、長い年月を経て聞くことになるなんて不思議な気分だ。食べることも忘れ、それに聞き入った。

「最初は皿洗いを手伝うだけだったが、俺が料理に興味があったのを知ってたんだろう。ある日、小さなナイフとじゃがいもを渡されて。剥いてみろって」

 そこで彼は、昔を思い出しながらくすりと笑う。

「いきなりだぞ? それまでナイフもまともに扱ったことないのに。とりあえず俺は言われるまま皮を剥いた」
「どう……だったんですか?」

 話の続きを聞きたくて、うずうずしながら尋ねると、彼の口から笑い声が漏れる。

「酷かったぞ? 皮を剥いたじゃがいもは、半分の大きさになってた」
「半分?」
「俺は負けず嫌いだからな。猛練習したよ。もうじゃがいもは必要ないって言われるくらい」

 釣られるように、笑いながら話を聞く。
 最初から何でも出来る人だと、勝手に思っていた。自分の失敗を面白おかしく話してくれる依澄さんとの距離が、いっそう縮まった気がした。
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