駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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3. 夏の兆しとめぐる想い

8.

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 彼の言葉が、大きなうねりとなって一気に押し寄せてくる。キーンと耳鳴りがして、フワフワとした感覚に足元がグラグラと揺れ、その場で崩れ落ちそうになった。

「恵舞!」

 倒れそうになった、すんでのところを依澄さんに支えられる。けれど力の入らない体は、その場にズルズルとへたり込んだ。それと一緒に彼もそこへしゃがみ、放心状態の私を心配そうに見つめていた。

「ハワード……」

 か細い声で呪文のようにその名を呟く。
 宮藤と提携を結んだ、世界経済に影響を及ぼすアメリカ財閥系企業ハワード。三十代前半という若さでそのハワードで部長職に就いていた彼と、名前が同じなのは偶然ではないだろう。それはそれで、どこか合点がいく。宮藤の会長である祖父と、最初から親密だった理由も。
 だが問題はそこではない。彼は間違いなく、自分の名前がルークだと、そう言った。顔も似ていて、名前まで同じ。別人だと疑う余地もない。でもまだ、半信半疑だ。

「……ルーク……」

 久しぶりに口にしたその名前を、彼は切なげに目を細めて受け止めている。髪色も瞳の色も違うのに、それは遠い夏の日にルークが見せた表情と重なった。

 私が住んでいたのは、ニューヨークから車で三時間は掛かる片田舎の小さな街だった。そこの住民ではなく、週末に訪れるだけのルークのフルネームを、誰も知らなかった。ルークと仲が良さそうだった、家が車屋のダニーでさえも、『言いたくなさそうだから聞いてない』と言うくらい。
 けれどやっと繋がった。ルークが周りに名前を言わなかった理由。田舎に住む子どもだって、ハワードの名前くらい知っていたのだから。

「本当に……ルーク、なの?」
「ああ。恵舞の知っているルークだ」
「髪だって、目だって、違ってて。ルークのわけないって……」

 感情が振り切れて、無くなってしまったみたいに淡々と口にする。そんな自分に、明るいとはいえない表情で、静かに答え始めた。

「ずっと髪は染めていた。黒髪を嫌う一部の一族に嫌がらせをされて、仕方なく。今は地毛だ。目の色は、自分では気づかなかったけど、年齢を重ねるうちに濃くなったみたいなんだ」

 すんなりと答える彼はもう、何を偽るつもりも、隠すつもりもないようだ。今なら聞けるだろう。これまで謎だった事柄、全て。

「じゃあ、どうして……最初に言って
くれなかったんですか? 納得できないんです。依澄さんが話せなかったこと全部、教えてください」

 私の問いに、依澄さんは真っ直ぐこちらを見据え頷いた。
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