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3. 夏の兆しとめぐる想い

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 声も出せず茫然としている私の前で、彼は「あっ」と漏らして口元を押さえるように手をやった。それは明らかに失言したといった様子で、決まりが悪そうに顔を逸らしていた。

「私……」

 ようやく声を絞り出し、よろけるようにフラフラと一歩後ろに下がる。

「……羽瑠ちゃん、とは、新卒で入社したときから、ずっと一緒にいて……。最初は、冷たいのかと思ったけど、ほんとは優しくて、頑張り屋さんで。仕事だけじゃなくて、プライベートのことも話すようになって……。親友だって……」

 言葉が、喉の奥に張り付いたみたいになかなか出てこない。それを無理やり声に出すたび、ヒリヒリと痛みをともなった。でも取り乱したところなんて見せたくない。必死に声を抑えて、次々と湧いてくる感情を言葉にして紡いだ。

「そう、思っていたのは、私だけ……だったみたい、ですね」

 名前を呼び捨てするくらいの仲なのに、二人はそのことを隠していた。そのショックは、自分が思っていた以上だったみたいだ。熱を孕んだ瞳から次々と涙が零れ、止めることができない。
 そんな私に、依澄さんは必死な形相で話しかけた。

「恵舞、誤解だ。話を聞いてくれ!」
「誤解? 羽瑠ちゃんとのことを、隠していたのは事実でしょう?」

 一歩近づきこちらに腕を伸ばす彼から、逃れるようにジリジリと一歩後退する。

「言えなかったんだ。羽瑠に、周りには言わないでくれって頼まれてたから」
「羽瑠ちゃんに言われて、素直にそうするくらいの仲、ってことですよね。私には隠しておきたいくらいの」

 次から次へと嫌味のような言葉が吐き出される。嫌だ、こんな醜い姿を見せたくない。そう思っても止まらない。

「違う! 違うんだ。お願いだ、話を聞いてくれ……」

 彼は悲壮な表情で首を振り、懇願するように項垂れる。まるで私以上のダメージを受けたみたいに。その悲痛な様子に頭が冷えてくる。少し呼吸を整えると、鼻をすすりながらくぐもった声で答えた。

「わかり……ました……」
「……ありがとう、恵舞」

 依澄さんは泣き出しそうな顔で、薄らと笑みを浮かべた。それから、覚悟を決めたように彼は話しを始めた。

「羽瑠は、さっき恵舞が言ったことと同じようなことを、俺に話してくれたよ。いつも助けてくれる同僚がいて、一番の友だちだって。昔は、なかなか友だちができないって悩んでいたあの羽瑠がって、嬉しかったよ」

 懐かしそうに語るその表情は、愛情を感じるけれど、恋人のことを語っているようには見えなかった。
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