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2.吹き荒れるは、春疾風

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 ――自然に目が覚めると、カーテンの隙間から光が射し込んでいるのが視界に入る。

(何時……だろ……)

 まず最初にそう頭をよぎった。それから急に頭が覚醒し、飛び起きるように体を起こした。

(依澄さん……いない……)

 数日間、あまり眠れていなかったこともあり、意識を失うように眠ってしまった。確かに彼も、同じベッドで眠っていたはずだ。けれど今は、その痕跡すら見当たらず一人分の体温で温められたシーツが広がるだけだった。
 もう出勤したのだろうか? なにしろ自分のバッグはリビングに置きっぱなしでスマホは手元に無く、部屋に時計も無いから時間が全くわからない。
 何かメッセージでも置いていないかと、辺りをキョロキョロと見渡して、サイドチェストに自分のイヤリングが置いてあるのに気づいた。

(ルークも……こんな気持ちになったのかな?)

 不安と寂しさが入り混じったような感覚が胸に広がる。そんなことを思う資格なんて、自分にはないのに。
 ルークと過ごしたあの日。彼が目を覚ます前に、私は部屋から逃げるように去った。
『素敵な夜をありがとう』なんて、大人ぶったメッセージだけ残して。その時は、それが最善の方法だと思ったから。もし、もう一度ルークと目を合わせてしまえば、日本に帰る決心が揺らぎそうだった。その日を心待ちにしている母に、アメリカに残りたいなんて、言えるはずなかったのだから。
 連絡先の交換すらしなかったルークとは、それからずっと会っていない。きっともう私のことなど忘れているはず。彼だって、遠く離れた異国でいまだに恋心を拗らせてるなんて思いもしないだろう。

 センチメンタルな気持ちになり、軽く息を吐きだす。
 最初に似ていると思ってしまったからか、依澄さんとルークをつい重ねてしまう。だから私は、依澄さんのことをルークの代わりにしようとしているのかも知れない。性格も雰囲気もまるで違う別人だと、わかっていても。

「本当……酷いな、私」

 ポツリと言葉が溢れる。
 彼は結婚する相手を探している。でも自分にその気はない。なのに、もう少しだけ一緒にいたいと願ってしまう。体だけの割り切った関係でもいい。この駆け引きゲームが終わるまででいいからと。

 モヤモヤと考えていても仕方ない、とりあえず家に帰らないと。そう思い床を見渡してみる。

(無い……)

 ベッドの上から見るかぎり、シワだらけになっているだろう自分の服も、下着も見当たらない。途方に暮れていると、部屋の扉が小さく音を立ててゆっくり開いた。

「おはよう、恵舞。起きたんだな」

 長袖の白いTシャツにベージュのコットンパンツ姿の依澄さんは、当たり前のように爽やかな笑顔をこちらに向けた。

「おはよう……ございます。もう、出勤したんだと……」

 ポカンと口を開けてそう言うと、彼は不思議そうな表情でこちらに歩みを寄せた。

「そんなわけないだろ? それにまだ八時だ」

 ベッドの縁に彼は座り、笑みを浮かべて私の髪を撫でた。そこでハッとする。そういえばメイクを落としていない。たぶん悲惨な顔をしているに違いない。

「か、顔! 見ないでください」

 すでに至近距離で見られてしまっているが、それでも勢いよく両手で覆う。

「どうしてだ? 別におかしくないが」
「だっ、だって私、メイクも落としてないし」

 手の隙間からモゴモゴと言葉を出すと、「なんだ。そんなことか」と彼の笑い声が聞こえてくる。

「それなら夜のうちに、メイク落としシートとかいうやつで拭いといたけど。覚えてない?」
「へっ?」

 間抜けな声とともに顔を上げると、そのままブンブンと首を振る。

「ま、起きなかったし、よほど疲れてたんだな」

 いつの間に……と呆然とする私に、彼はそう言ったあと付け加える。

「下着は洗って浴室乾燥にかけてあるし、もう乾いてるはずだ」
「下着⁈ 洗ったんですか? まさか手洗い……」
「そうしようと思ったが、さすがにな。洗濯機のおしゃれ着洗いとかいうやつで洗ったよ」

 私の反応が面白かったのか、彼はそれなりに笑いながら答えている。もう言葉も出ない。自分より圧倒的に高い、女子力と言っていい気遣いに。
 放心状態の私に構うことなく、彼は頰に唇を寄せた。

「朝食を用意しておくから、シャワーを浴びておいで」

 チュッとリップ音がしたあと、彼は楽しげに笑った。
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