上 下
35 / 115
2.吹き荒れるは、春疾風

13

しおりを挟む
 大人気なく頰を膨らませたまま映画館を出る。依澄さんは相当楽しいようで、ずっと笑みを浮かべていた。

「さて。恵舞はお腹空いてる?」

 人が行き交うショッピングモールへの通路で立ち止まる。

「実はそんなに……」

 ポップコーンとコーラは思いの外お腹に溜まる。今は全くお腹は空いていないのが本当のところだ。

「俺も。じゃあ、早めの夕食にしよう。買い物に付き合ってくれないか? 恵舞も行きたいところがあるなら付き合うぞ」
「私はとくに……」

 そう答えてハッとする。夕食は誰が用意するのだろう? ステーキ肉をもらったと言っていたけど、それを上手に焼く自信など全くない。

「あ、あのっ、依澄さん」

 ここは能力不足が露呈する前に、正直に話しておいた方が得策だ。意を決して彼を見上げると、おずおずと切り出した。

「私……。その、料理は……できなくて、ですね……」

 失望させるだろうと思っても、隠しておくわけにいない。案の定、依澄さんは驚いたように目を開いていた。

「なんだ。もしかして、誘っておいて作らせると思ったのか? 恵舞は座って待っていればいい。作るのは俺だ」

 あっさりとそう言われて、今度は自分が驚く番だった。
 失礼ながら、料理をするなんて想像すらできなかった。いつも高級レストランか高級店のテイクアウトを食べている。そんなイメージが先行する。
 けれど最初に会った日、祖父と熱心に料理の話しをしていたし、たこ焼きを食べて出汁の味がするというくらい味覚はいい。そう考えると、料理ができるのも納得だ。
 依澄さんはポカンとしたままの私に満面の笑みを向けた。

「恵舞に食べてもらえるなんて、腕がなる。あとで肉以外の食材を買いに行くから、好きなものを教えて。あと、食器も足りないから今から買いに行くつもりだ」

 少年のように目を輝かせ依澄さんは笑う。それはきっと、会社の人間は誰も知らない、ありのままの姿だ。
 それに釣られて、私も笑みが溢れた。

「じゃあ、楽しみにしてます。代わりに片付けはしますから」
「いいよ。全部俺がやる。だって……」

 彼は何か言いかけたあと言葉を詰まらせ、はぐらかすように「いや、こっちの話。行こう」と踵を返した。

「は……い」

 続きが気になるが、言いたくないようだ。戸惑いながら背中を追いかけようとすると、彼は振り返り、手を差し出した。

「恵舞!」

 何を求めているのか、すぐにわかる。それは自分が求めていたことと同じだから。
 私は差し出された手に、そっと自分の手を重ねた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

運命を語るにはまだ早い

宮野 智羽
恋愛
結婚願望が0に等しい上里 紫苑はある日バーで運命を語る男と気まぐれに一夜を共にした。 『運命というものに憧れるならもう一度私を見つけてみてください。…楽しみにしていますね』 彼とはそれで終わる…はずだった。 重ね重ねの偶然で彼と再び邂逅するなんて思ってもみなかった。 相手はしつこいほどの求婚をしてくる執着系御曹司。 対して私は結婚願望0の平凡な会社員。 「俺たちは運命なんだよ」 「ならその運命とやらを証明してみてください。期限は3月いっぱいまでです」 期限は約半年。 それまでに運命を証明できなければ2度と求婚してこないという条件のもと。私たちの不安定な関係は始まった。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜合体編〜♡

x頭金x
恋愛
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...