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2.吹き荒れるは、春疾風
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大人気なく頰を膨らませたまま映画館を出る。依澄さんは相当楽しいようで、ずっと笑みを浮かべていた。
「さて。恵舞はお腹空いてる?」
人が行き交うショッピングモールへの通路で立ち止まる。
「実はそんなに……」
ポップコーンとコーラは思いの外お腹に溜まる。今は全くお腹は空いていないのが本当のところだ。
「俺も。じゃあ、早めの夕食にしよう。買い物に付き合ってくれないか? 恵舞も行きたいところがあるなら付き合うぞ」
「私はとくに……」
そう答えてハッとする。夕食は誰が用意するのだろう? ステーキ肉をもらったと言っていたけど、それを上手に焼く自信など全くない。
「あ、あのっ、依澄さん」
ここは能力不足が露呈する前に、正直に話しておいた方が得策だ。意を決して彼を見上げると、おずおずと切り出した。
「私……。その、料理は……できなくて、ですね……」
失望させるだろうと思っても、隠しておくわけにいない。案の定、依澄さんは驚いたように目を開いていた。
「なんだ。もしかして、誘っておいて作らせると思ったのか? 恵舞は座って待っていればいい。作るのは俺だ」
あっさりとそう言われて、今度は自分が驚く番だった。
失礼ながら、料理をするなんて想像すらできなかった。いつも高級レストランか高級店のテイクアウトを食べている。そんなイメージが先行する。
けれど最初に会った日、祖父と熱心に料理の話しをしていたし、たこ焼きを食べて出汁の味がするというくらい味覚はいい。そう考えると、料理ができるのも納得だ。
依澄さんはポカンとしたままの私に満面の笑みを向けた。
「恵舞に食べてもらえるなんて、腕がなる。あとで肉以外の食材を買いに行くから、好きなものを教えて。あと、食器も足りないから今から買いに行くつもりだ」
少年のように目を輝かせ依澄さんは笑う。それはきっと、会社の人間は誰も知らない、ありのままの姿だ。
それに釣られて、私も笑みが溢れた。
「じゃあ、楽しみにしてます。代わりに片付けはしますから」
「いいよ。全部俺がやる。だって……」
彼は何か言いかけたあと言葉を詰まらせ、はぐらかすように「いや、こっちの話。行こう」と踵を返した。
「は……い」
続きが気になるが、言いたくないようだ。戸惑いながら背中を追いかけようとすると、彼は振り返り、手を差し出した。
「恵舞!」
何を求めているのか、すぐにわかる。それは自分が求めていたことと同じだから。
私は差し出された手に、そっと自分の手を重ねた。
「さて。恵舞はお腹空いてる?」
人が行き交うショッピングモールへの通路で立ち止まる。
「実はそんなに……」
ポップコーンとコーラは思いの外お腹に溜まる。今は全くお腹は空いていないのが本当のところだ。
「俺も。じゃあ、早めの夕食にしよう。買い物に付き合ってくれないか? 恵舞も行きたいところがあるなら付き合うぞ」
「私はとくに……」
そう答えてハッとする。夕食は誰が用意するのだろう? ステーキ肉をもらったと言っていたけど、それを上手に焼く自信など全くない。
「あ、あのっ、依澄さん」
ここは能力不足が露呈する前に、正直に話しておいた方が得策だ。意を決して彼を見上げると、おずおずと切り出した。
「私……。その、料理は……できなくて、ですね……」
失望させるだろうと思っても、隠しておくわけにいない。案の定、依澄さんは驚いたように目を開いていた。
「なんだ。もしかして、誘っておいて作らせると思ったのか? 恵舞は座って待っていればいい。作るのは俺だ」
あっさりとそう言われて、今度は自分が驚く番だった。
失礼ながら、料理をするなんて想像すらできなかった。いつも高級レストランか高級店のテイクアウトを食べている。そんなイメージが先行する。
けれど最初に会った日、祖父と熱心に料理の話しをしていたし、たこ焼きを食べて出汁の味がするというくらい味覚はいい。そう考えると、料理ができるのも納得だ。
依澄さんはポカンとしたままの私に満面の笑みを向けた。
「恵舞に食べてもらえるなんて、腕がなる。あとで肉以外の食材を買いに行くから、好きなものを教えて。あと、食器も足りないから今から買いに行くつもりだ」
少年のように目を輝かせ依澄さんは笑う。それはきっと、会社の人間は誰も知らない、ありのままの姿だ。
それに釣られて、私も笑みが溢れた。
「じゃあ、楽しみにしてます。代わりに片付けはしますから」
「いいよ。全部俺がやる。だって……」
彼は何か言いかけたあと言葉を詰まらせ、はぐらかすように「いや、こっちの話。行こう」と踵を返した。
「は……い」
続きが気になるが、言いたくないようだ。戸惑いながら背中を追いかけようとすると、彼は振り返り、手を差し出した。
「恵舞!」
何を求めているのか、すぐにわかる。それは自分が求めていたことと同じだから。
私は差し出された手に、そっと自分の手を重ねた。
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