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2.吹き荒れるは、春疾風

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 営業部とはフロアが違うこともあり、会うことなどないだろうと思っていてもやはり緊張した。バッタリ遭遇して、冷静でいられないのはきっと自分のほうだ。いつもより気を使いながら仕事をするしかなく、週末には無駄にグッタリしていた。
 土曜日は泥のように眠り、迎えた日曜日。今日は朝から春の嵐が吹き荒れていた。

「お母さん、今日は夕飯いらないから。外で食べてくるね」

 朝食後のひとときを、リビングでまったり過ごしていた母に声を掛ける。ソファに座っていた母は振り返ると、思わせぶりに笑みを浮かべた。

「今日はデート? おめかししなくてよかったの?」

 確かに今日は、オフホワイトのニットにネイビーのワイドパンツとカジュアルだ。

「いいの! 竹篠さんには誕生日だって言ってないもの」
「言えばいいじゃないの。今日で二十九才ですって」
「なんか、余計に言いづらいんだけど?」

 茶化す母に、眉を顰めて返す。年齢なんてすでに知られているが、自分の口からもうすぐ三十ですと言うのは気が引ける。
 少し頰を膨らませる私を見て、何に気づいたのか母は「あら?」と声を上げた。

「そのイヤリング、アメリカに住んでたとき誕生日に貰ったものよね。まだ大事にしていたのね」

 今自分の耳を飾るのは、小さな花をモチーフにしたゴールドのイヤリング。十八才の誕生日に、ルークから贈られた、最初で最後のプレゼントだった。母には、誰に貰ったのか伝えてはないけれど。
 それから毎年、誕生日にはこうして身につけている。今日はどうしようか悩んだが、やはり儀式のようなものだからと付けることにしたのだった。

「うん。大切なもの、だから。じゃあ、いってきます」

 玄関を開けると、晴れてはいるが風はかなり強い。それを見越して、髪を一纏めにして正解だった。背中でその髪が舞い上がっていた。
 マンションのエントランスを出ると、駅とは反対側を歩き出す。待ち合わせは駐車場もある近くのコンビニだ。今日も家まで迎えに行くという依澄さんの申し出を断り、私が指定した場所だ。母に会えば、きっと誕生日だとばらしてしまいそうだから。
 
 指定した場所が見えてくると、そこには存在感たっぷりの真っ赤な車が止まっている。
 花見に行ってから十日が経つ。いったい彼は、どんな顔をするのだろうと思うと少し怖い。
 なのに……。

「恵舞!」

 わざわざ車の外で待っていた依澄さんは、私の姿を見つけた途端に走り寄って来た。
 まるで愛しい恋人を、待ち侘びていたみたいに。
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