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2.吹き荒れるは、春疾風

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 窓を背に人事部長が立つ頃には、秘書室の社員は全員口を噤み、その場に姿勢よく起立していた。
 けれど普段、秘書たちの動きなど気にしてもいないこちら側の人間は、いつも通り机に向かっていた。
 それを見た、白髪頭でお腹の出た小柄な人事部長は、察しろと言わんばかりにわざとらしく咳払いをした。

「ちょ、ちょっと、みんなっ……!」

 慌てて小さく呼びかけると、ようやく状況を把握したようだ。みんなは立ち上がると、秘書課と社内通訳の島の間にあるスペースに並んだ。なにしろ、人事部長からここまで五メートルほど距離がある。自席だと話が聞こえないのだ。
 私たちが並んだのを見て、人事部長はまた咳払いを一つすると、口を開いた。

「皆さんに、今日着任した新部長を紹介します」

 遠目だろうが、誰かなんて分かりきっている。今年度外部から新たにやってきた部長はただ一人なのだから。
 彼に視線を向けることなどできず、仕方なく隣りにいる人事部長の、突き出たお腹にぼんやり目を向けた。
 
「経営戦略部、部長の竹篠依澄だ。よろしく頼む」

 自分の知る軽い調子の声色ではなく、一番最初に聞いたときと同じ少し低めの張りのある声。内容こそ簡単だが、堂々としていて威厳のようなものさえ感じる。明らかに秘書課の女性たちからは、感嘆の溜め息が漏れていた。

「なあ、知ってるか?」

 隣りに立っていた黒岩さんが、顔を前に向けたまま体を斜めに寄せ、耳打ちする。私もまた、顔は前に向けたまま「なんですか?」と返した。

「営業部長、自分より年下でイケメンなうえに、地位的には上の新部長が来て、めちゃくちゃ不機嫌らしいぞ」
「さすが情報通。また営業部の子と合コンしたんですね」
「ま、そういうこと」

 呆れながら返す私に、黒岩さんはクスクス笑っている。社内中の部署の女子たちと合コンしていると言っても過言ではない黒岩さんは、こうやって仕入れた情報を教えてくれる。だから私は、ハワードから出向してくる部長の噂を聞いていたのだ。
 二人でコソコソ話していると、いつのまにか人事部長は窓の前から消えていた。挨拶も終わったし、部屋を出て行ったのか、と気を抜いたときだった。

「社内通訳チームの皆さん。はじめまして」

 ヌッと大きな影が現れたかと思うと、そこにはダークネイビーのスリーピースを纏った、無表情の依澄さんが立っていた。

「……っ‼︎」

 意表を突かれ、悲鳴を上げそうになり口を塞ぐ。そんな私を一瞥すると、彼はふいっと顔を背けた。
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