駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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1.始まりの春

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 場所取りのため置いていたバッグを退かすと、彼は私との間にいくつも袋を置き座った。

「待たせてごめん。思ったより人が並んでて」
「いえ。こちらこそ、任せてしまってすみません」

 軽く頭を下げると、「謝る必要はないよ」と笑みを浮かべて袋に手を伸ばした。

「じゃ、まずはこれ」

 一番初めに取り出したものは、彼の出題した"今飲みたい物"として、私が答えたものだ。

「ありがとうございます。すみません、私だけ……」

 私たちの回答は同じで、お互い答えを当てられなかった。私はコーラと書き、彼はサイダーと書いていたからだ。
 そして答えを見た彼は「恵舞もビールを飲むんだな」なんて驚いていた。私は私で、車で来ているのにビール? と驚いたが、「飲みたいだけで、飲むとは言ってない」と彼は涼しい顔をしていた。
 そんなわけで、私は自分だけが飲むことになった缶ビールを、おずおずと受け取った。それから彼は、自分のものだろうコーラのペットボトルを置くと、次の袋に手をかけて顔を上げた。

「恵舞のは、あとにするか?」
「ですね。デザートですから」

 私が出した問題に対する答え。それは、屋台があるといつも買う"林檎飴"だ。
 実は日本に帰って来て、屋台で見かけたときに日本にもあったのか、と思ったのだ。アメリカではキャンディアップルと呼ばれ、ハロウィンの時期などに食べられるのだが、見た目は大きく違う。そこはさすがアメリカというべきなのか、かなりゴテゴテにトッピングされている。
 そんな慣れ親しんだものも好きだが、日本にあるシンプルな林檎飴が今ではお気に入りだ。

「じゃ、俺のを先に食べよう」

 ワクワクした様子で、彼は白いパックを取り出すとそれを開けた。

 蓋が開くと、そこから鰹節とソースが混ざり合った良い香りがふわりと漂ってくる。パックの中には作り立ての、見るからに熱々で柔らかそうなたこ焼きが八つ入っていた。
 日本人なら見たことのない人はいないはずの、屋台では定番のこれを、彼は少年のように目を輝かせて眺めている。その表情は、ついさっき屋台を通りすがったとき目撃したものと同じだ。だからこそ、私は今日の勝負に勝てたのだ。

「温かいうちにどうぞ。あ、中身が熱すぎるかも知れないので、気をつけてくださいね」
「あぁ。他にも色々と買ってあるから、恵舞はそっち食べて。勝手に選んで悪いけど」
「遠慮なく。ではここに並べますね」

 彼に断りを入れ、残る袋に入った物を取り出す。焼きそばに焼き鳥、フライドポテトと屋台の定番。どれも林檎飴とは別に食べたいと思っていたものだ。

「今日の賞品だから、たくさん食べろよ。足りなかったらまた買いに行くぞ」

 優しい笑みの彼に、私も自然と微笑みを浮かべる。

「じゃあ、遠慮なくいただきます」

 蓋を皿代わりにしてたこ焼きを前にする彼に答え、私はさっそく缶ビールを開けた。そして彼は、恐る恐るたこ焼きを口に運ぶと、それを一口齧った。
 そんな彼の姿を、ビールをちびちび飲みながら眺める。おっかなびっくり、という言葉で表現できそうなその顔がなんだか微笑ましい。
 クールだった第一印象とはまるで違い、今では可愛らしいとまで思ってしまう。こんなこと、本人には言えないけれど。

「どうですか? たこ焼き」

 神妙な面持ちでたこ焼きを飲み下した彼に、頰を緩ませて尋ねる。彼は驚いたように目を開いたまま、顔を上げこちらに視線を向けた。
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