駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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1.始まりの春

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 車は三十分ほどで目的地に着いた。最初こそ、一方的に気まずい空気が流れていたものの、そんな雰囲気をもろともせず明るく話しかけてくる彼に感化され、気がつけば普通に会話をしている自分がいた。

「結構な人だな」
「ですね」

 目的地である都内有数の大きな公園には、平日の、まだ一般的な終業時間前だと思えないほど人で溢れていた。
 もしかしたらパーキングを探すのに時間がかかるかもと危惧していたが、そこはさすがというべきなのか、会社が借りている駐車場を押さえてくれていた。公私混同ではと思わないでもないが、社長秘書に『花見に行く』と話したら、ぜひ使ってと言われたらしい。
 そしてすんなりと、花見で盛り上がる公園に着いたわけだが、さすがにこの人出では、しっかりと握られてしまっている手を振り解いた途端に逸れそうだ。仕方なく彼と手を繋いで公園内に入った。
 この公園には、花見やそれ以外で何度か訪れたことがある。けれど何の案内をせずともお互い自然とその場所に足を向けていた。

 薄紅色のアーチの続く通りには、多くの人がその美しい花を眺めながら歩いていた。もちろん自分たちもそこに混ざり、咲き誇る桜を愛でていた。

「綺麗だな。ニューヨークでみる桜とはまた違う」

 顔を上げ、しみじみと彼は言う。富士山を眺めていたときと同じくらい感慨深いようだ。

「種類が違うんでしょうね。私が昔ニューヨークでみた桜は八重桜が多かったような気がします」
「そうなのかもな。……なあ、写真撮ってもいいか?」

 楽しそうな笑顔を向けて彼は尋ねる。そんな断り入れなくてもと思いながら、「どうぞ」と頷いて見せた。

「じゃあ、もっと近づかないとな。こっちでいいか」

 彼は私の手を引き、通路の端に寄る。桜の木の下には花見客や、まだこれから始まる宴会用にシートが敷いてあった。その隙間を縫うように立ち止まると、彼はスマホを取り出した。

「少しだけ待って」

 彼は手を離すとスマホを空に掲げる。自分からも見えるその画面には、一面桜の花が写し出されていた。何度かシャッターを切ったあと、彼はスマホを下ろす。気は済んだだろうかと様子を眺めていると、突然話しかけられた。

「じゃ、次は恵舞も一緒な」

 満面の笑みで言われ、「はいっ?」と素っ頓狂な声を返すが、構うことなく彼は、近くを歩く人を捕まえた。

「恵舞、撮ってくれるって。ほら!」

 桜の木をバックに肩を引き寄せられる。その上身長差を考慮したのか、彼は顔まで寄せてきた。

(ち、近いって!)

 彼のスマホを持った、自分の母くらいの女性は、ニコニコしながら「撮りますよ」と手を上げる。

「ほら、恵舞。Smile」

 耳元で囁かれ、とてもじゃないが笑うことなどできない。内心アタフタしながら、引き攣った笑いを浮かべていた。
 彼がスマホを受け取りお礼を言っているあいだ、私はその場で盛大に溜め息を吐いていた。

(不意打ちなんて卑怯よ!)

 上機嫌でこちらに戻ってくる彼を見ながら、心の中で悪態をつく。そんなことは梅雨知らず、彼はまた当たり前のように私の手を握った。

「写真見るか?」
「いいです! 今すぐ削除して欲しいくらいです」

 また歩きだしながら文句を言うと、彼はニヤリと笑う。

「消すわけないだろ? 祖母に送るんだ。日本の桜を見たがっていたし。あと、girlfriendも」
「どさくさに紛れて、何言ってるんですか? まだgirlfriend彼女じゃありません!」

 思い切り抗議すると、彼はハハハと声を上げ笑った。

「残念。簡単には引っかからないか」

 そう言って笑う彼の横顔を、顔を顰めて見上げる。
 日本人なら女友だちと受け取りそうな言葉だが、アメリカなら思いっきり彼女という意味だ。さすがの私でも騙されたりしない。

(ほんと、わけわかんない)

 自分の中にいるルークは、もっと大人びている。こんな大口開けて笑ったりしないし、私を揶揄って楽しんだりもしない。似たような顔で全く違う彼に、やはり戸惑うしかなかった。

「恵舞、このあとどうする?」

 桜並木を通り抜けると、彼に尋ねられる。同じように通り抜けた客たちは、次の目的地に向かい方々へ散っていた。

「あ~っと。寄りたいところがあって。屋台……フードトラックの食べ物は大丈夫ですか?」

 日本のお祭りなんかでよく見かける屋台は、ニューヨークの屋台とはまた違う。アメリカでは、最近は日本でも馴染みのある、トラックでフードを販売する形式が多い。
 けれどそもそも大企業に勤めている人が、そんな場所で売られている食べ物を食べるだろうかと疑問が湧いた。

「Food Truck? もちろん。ランチでもよく食べてたが」
「よかった。じゃあ、トラックではないですが、似たようなな店が並ぶ場所があるんで、行きませんか?」

 恐る恐る切り出すと、彼は明るい表情になった。

「OK  それは楽しみだ。どこ?」

 実は今日、桜を見るのも楽しみにしていたが、断然花より団子派の自分は、屋台巡りを楽しみにしていた。もし断られたら、その場で解散しようと思っていたくらいに。
 急に子どもっぽくワクワクとした表情になった彼に釣られて、自分も笑顔になる。

「あっちです。あ、それから……。その屋台を使って今日のゲームをしたいんですが、いいですか?」

 今度は負けない。そんな気合いを入れ、最初から内容を考えてきたのだった。
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