駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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1.始まりの春

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 ドライブなど久しぶりだ。そうは言っても、一緒に行ったのは家族で、男性と二人きりなど初めての経験だった、
 彼は自分で調べたのか、誰かに聞いたのか、デートスポットと呼ばれる湾岸沿いに車を走らせていた。美しいライトで照らされた橋を渡り、海を臨む公園のそばに車は滑り込んだ。

「降りよう」

 彼はそう言って先に降り、助手席側に回るとドアを開けてくれる。
 身を乗り出すと、海からの風が吹き抜ける。春だとはいえ夜になると肌寒く、思わず身震いした。

「寒い? ちょっと待って」

 彼は車の後部ドアを開けると、そこから薄手のコートを取り出した。

「大きいだろうけど、着て」
 
 素っ気なく言いながらも、そのコートを広げて、私が腕を通すのを待っているようだ。そういうさりげない仕草は、紳士的だと思う。

「ありがとう……ございます」

 せっかくの優しさを無碍にするのも、と有り難く着させてもらう。その一枚だけで、ずいぶん寒さも和らいだ。

「寒くないか? 少し歩こう」
「はい、大丈夫です」

 駐車場の先には海が見えていて、遊歩道のようになっているようだ。ところどころ街灯はあるものの、それなりに薄暗く、カップルらしき人が寄り添っているシルエットだけが、かろうじて見えていた。

「あっ!」

 駐車場を出て遊歩道に降りようとしていたときだった。あるものが私の目に留まり、唐突に声を上げ立ち止まった。

「どうした?」

 もう了解も得ず手を握る彼は、不思議そうに私を覗き込んだ。

「私も、ゲームの問題を出していいんですよね?」
「もちろん。何か思いついた?」

 私はコクリと頷くと、彼を引っ張りそこへ連れて行く。

「この中から、お互い今飲みたいものを当てませんか?」

 自分たちの前には、どこにでもある自動販売機。そこから漏れる灯りが、お互いの顔を照らしていた。

「いいね。乗ろう」

 彼はニッコリと笑って答える。
 けれど、さっきのように紙があるわけではない。どうやって答え合わせをするのだろう? そんな疑問が頭を過ぎると、彼は手を離しスマホを取り出した。

「恵舞も、スマホ出して」
「え? えぇ……」

 言われるがままにバッグから取り出すと、彼は口を開く。

「メモでもなんでもいい。先に答えを入れておく。それから、相手が選んだと思うものをそれぞれ買う。それが合っているか、スマホを見せ合う。どうだ?」

 確かにそれだと簡単に答え合わせもできるし、不正のしようもない。
 「いいですよ」と頷くと自動販売機に顔を向けた。

 また真剣に考え始める。まずは自分の飲みたいもの。いくらコートを借りたとは言え、温かいものが飲みたい気分だ。まだ半分ほどを埋める温かいドリンクの中を、今の気分で選ぶとスマホに打ち込む。彼も同じように打ち込むとこちらを向いた。

「そうだ。答え合わせの前に賞品を決めないとな。どうする?」
「では……勝ったらこのドリンク代を出してください」

 値段で言えば1ドルほど。問題はないだろう。彼も「じゃあ同じで」と続いた。
 いよいよジャッジのとき。お互い財布を取り出すと、小銭を握りしめた。

「背中を向けている。買ったものは同時に見せ合おう」

 彼に促され先に小銭を投入する。
 いったい何を選んだのだろう? また悩むが、考えても悩むばかりだ。とりあえずボタンを押し、出てきたものをコートのポケットにしまった。

「今度は私が後ろを向いているので、どうぞ」

 そう声を掛け、クルリと後ろを向く。カシャンカシャンと小銭の落ちる音がして、悩む様子もなくボタンが押される。ガシャっとドリンクが落ち、それが取り出されている気配がした。

「準備はOKだ」

 彼の声に振り返り、向き合う。

「じゃあ、まず買ったものを見せよう」

 それを合図に、ポケットから温かなブラックコーヒーの缶を取り出す。彼の手には、同じく温かい紅茶のペットボトルが握られていた。

(なんか……。思ったよりドキドキする)

 子どもの遊びみたいなゲームなのに、意外と心臓が早まっているのを感じる。それはゲーム自体になのか、人生を賭けているから、なのかはわからないけれど。

「では、答えを見せ合おう」

 ゴクリと唾を飲み込みながら、スマホの画面を開ける。明るくなった画面のロックを解除すると、すぐにその答えが現れた。
 私の選んだものは、温かい緑茶だ。
 実はどちらにするか悩んだのだ。けれどさっき、レストランで紅茶を飲んでいたから、たまたま緑茶にしただけだった。

「惜しかったですね」

 少し悔しそうなその顔を見ながら、彼のスマホを覗き込む。そこに書かれていたのは……。

「コーラ⁈ この寒いのに?」

 さすがにないだろうと、最初から除外していた。けれどよくよく考えてみれば簡単な話だ。

「残念だったな、恵舞。俺はアメリカ人だからな」

 得意げに言う彼に、ちょっと悔しくなってくる。アメリカに住む人が、普段どれくらいコーラを愛飲するか、すっかり忘れていた。

「ゲームはお互い負けでポイント入らず、だな。しかたないか。どうする? 緑茶を買い直すか?」

 首を振って、彼の持つペットボトルを受け取る。

「いいですよ、これで。どっちにするか悩みましたし。どうします? やっぱりコーラにします?」

 笑いながら尋ねると、彼は自分の手から缶コーヒーを攫った。

「恵舞が俺のために選んだんだ。これをもらう」

 彼はそう言って、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
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