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1.始まりの春
3.
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座っていた男性はスッと立ち上がると祖父に歩み寄った。
(こんなに背の高い日本人、初めて見た……かも)
ついついと見入ってしまう。身長は一六五センチ近くあり、小さいほうではない自分より頭一つ分、つまり三十センチは高い。アメリカでは珍しくなく友人にもいたが、日本人でここまで背の高い人に会ったのは初めてだ。
「待たせてしまったね。申し訳ない」
「滅相もない。こうしてお会いできて光栄です」
ダークグレーのスリーピース姿の彼は、ビジネスなのかと思うほど堅苦しい挨拶を述べると、祖父と握手を交わしていた。
(誰なんだろう?)
今日はあくまでもプライベートだ。いったい何者なのか、見当すらつかないまま祖父の元へしずしずと歩みを寄せた。
そしてその人の顔を見て、思わず声を漏らしてしまいそうになるのを、慌てて飲み込んだ。
年齢は三十代くらいだと思う。自分よりそれなりに年上に見えるが、それは決して老けているということではなく、貫禄というか威圧感というか、とにかくその容姿がそう思わせている。
間違いなく既製品ではないダークグレーのスリーピースは、その見事な体格にフィットしてモデルも顔負け。切れ長の涼しげな瞳に筋の通った鼻梁は、形の良い輪郭に縁取られている。そして艶やかな黒髪は、かっちりと後ろに撫でつけられていて、恐ろしいまでに整った顔に凄みを与えていた。
とにかく隙のないくらい綺麗なその顔。けれど自分が驚愕したのは、あまりにもイケメンだったからではない。
(ルーク……?)
ルークは、アメリカに住んでいたとき、家の近くの教会で一緒にボランティアをしていた人だ。初めて会ったのは自分が十才の時。ルークは十四才だった。月に数回会うだけの彼は、頼り甲斐があって、優しい笑顔の似合う男の子だった。
そのルークが成長し、目の前に立っているんじゃないかと錯覚するほど似ていた。
呆然としたまま声も出せずにいると、祖父が話しだす。
「恵舞。こちらは竹篠、依澄君だ」
名前を聞いて、ルークじゃない……と思ってしまう。それ以前に、髪色も瞳の色も違う。ルークは金髪で、アンバーの瞳だったのだから。黒髪に焦茶の瞳の彼とは全くの別人で、他人の空似でしかない。
「初めまして、恵舞さん。今日は会長との団欒の場にお邪魔し、申し訳ありません」
低めの落ち着いた声は、その顔と相まって色気すら感じる。なのにルークはもう少し高い声だったなんて、早くも比べてしまう自分がいた。
「恵舞? どうかしたのかい?」
放心気味だった自分の顔を祖父が覗き込む。ハッと我に返ると、慌てて挨拶をした。
「は、初めまして。雪代恵舞と申します」
会釈をして顔を上げると、彼と目が合う。どこか冷たい雰囲気の彼だが、少しだけ口元が緩んだ気がした。
「まあまあ、今日は堅苦しい挨拶は抜きにして気楽に楽しもうじゃないか。さ、竹篠君、座りたまえ」
祖父が柔かな物腰で言うと、彼はほんのりと笑みを浮かべる。
「では失礼して」
歩く姿でさえ、そつがない。彼は颯爽と席に向かった。
「恵舞も座りなさい」
まだ混乱気味でぼうっとしていた私は祖父に促される。
「は、はい」
そう返事をしてそそくさと席に着いた。
テーブルはそれほど大きなものではなく、どちらかと言えば家庭用の座卓くらいの幅だ。もしかしたら狙って設計されているのかも知れない。和やかな食事の場には程よい距離感だ。
けれど今はこの至近距離が心臓に悪い。彼の顔を盗み見するだけでもルークを思い出し、胸の奥がズキズキと痛んだ。
(ルークは……どんな大人になったんだろう?)
遠い記憶の中の、ルークの笑顔を思い出し切なくなる。
後にも先にも、あんなに好きになった人は他にはいない。ハイスクールを卒業したばかりの夏。全てを捧げた、今でも忘れることのできない初恋の人なのだから。
(こんなに背の高い日本人、初めて見た……かも)
ついついと見入ってしまう。身長は一六五センチ近くあり、小さいほうではない自分より頭一つ分、つまり三十センチは高い。アメリカでは珍しくなく友人にもいたが、日本人でここまで背の高い人に会ったのは初めてだ。
「待たせてしまったね。申し訳ない」
「滅相もない。こうしてお会いできて光栄です」
ダークグレーのスリーピース姿の彼は、ビジネスなのかと思うほど堅苦しい挨拶を述べると、祖父と握手を交わしていた。
(誰なんだろう?)
今日はあくまでもプライベートだ。いったい何者なのか、見当すらつかないまま祖父の元へしずしずと歩みを寄せた。
そしてその人の顔を見て、思わず声を漏らしてしまいそうになるのを、慌てて飲み込んだ。
年齢は三十代くらいだと思う。自分よりそれなりに年上に見えるが、それは決して老けているということではなく、貫禄というか威圧感というか、とにかくその容姿がそう思わせている。
間違いなく既製品ではないダークグレーのスリーピースは、その見事な体格にフィットしてモデルも顔負け。切れ長の涼しげな瞳に筋の通った鼻梁は、形の良い輪郭に縁取られている。そして艶やかな黒髪は、かっちりと後ろに撫でつけられていて、恐ろしいまでに整った顔に凄みを与えていた。
とにかく隙のないくらい綺麗なその顔。けれど自分が驚愕したのは、あまりにもイケメンだったからではない。
(ルーク……?)
ルークは、アメリカに住んでいたとき、家の近くの教会で一緒にボランティアをしていた人だ。初めて会ったのは自分が十才の時。ルークは十四才だった。月に数回会うだけの彼は、頼り甲斐があって、優しい笑顔の似合う男の子だった。
そのルークが成長し、目の前に立っているんじゃないかと錯覚するほど似ていた。
呆然としたまま声も出せずにいると、祖父が話しだす。
「恵舞。こちらは竹篠、依澄君だ」
名前を聞いて、ルークじゃない……と思ってしまう。それ以前に、髪色も瞳の色も違う。ルークは金髪で、アンバーの瞳だったのだから。黒髪に焦茶の瞳の彼とは全くの別人で、他人の空似でしかない。
「初めまして、恵舞さん。今日は会長との団欒の場にお邪魔し、申し訳ありません」
低めの落ち着いた声は、その顔と相まって色気すら感じる。なのにルークはもう少し高い声だったなんて、早くも比べてしまう自分がいた。
「恵舞? どうかしたのかい?」
放心気味だった自分の顔を祖父が覗き込む。ハッと我に返ると、慌てて挨拶をした。
「は、初めまして。雪代恵舞と申します」
会釈をして顔を上げると、彼と目が合う。どこか冷たい雰囲気の彼だが、少しだけ口元が緩んだ気がした。
「まあまあ、今日は堅苦しい挨拶は抜きにして気楽に楽しもうじゃないか。さ、竹篠君、座りたまえ」
祖父が柔かな物腰で言うと、彼はほんのりと笑みを浮かべる。
「では失礼して」
歩く姿でさえ、そつがない。彼は颯爽と席に向かった。
「恵舞も座りなさい」
まだ混乱気味でぼうっとしていた私は祖父に促される。
「は、はい」
そう返事をしてそそくさと席に着いた。
テーブルはそれほど大きなものではなく、どちらかと言えば家庭用の座卓くらいの幅だ。もしかしたら狙って設計されているのかも知れない。和やかな食事の場には程よい距離感だ。
けれど今はこの至近距離が心臓に悪い。彼の顔を盗み見するだけでもルークを思い出し、胸の奥がズキズキと痛んだ。
(ルークは……どんな大人になったんだろう?)
遠い記憶の中の、ルークの笑顔を思い出し切なくなる。
後にも先にも、あんなに好きになった人は他にはいない。ハイスクールを卒業したばかりの夏。全てを捧げた、今でも忘れることのできない初恋の人なのだから。
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