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プロローグ
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「賭けは……君の負けだな。恵舞」
艶やかな笑みを浮かべた彼は、そう言うと私の頰に指を滑らせて顎を持ち上げた。天井を見上げるかのように持ち上げられた顔は、こうでもしないと彼に向くことができない。彼とはおそらく、三十センチ近く身長差があるはずなのだから。
その彼は、戸惑い狼狽える私の瞳を覗き込む。近くで見ると琥珀のような美しい瞳の色。そして下ろされている艶やかなの黒髪が、近づく度に揺れていた。
「じゃあ……。約束通り、唇はもらうよ?」
彼は不敵な笑みを浮かべながら、切れ長の二重の瞳を細める。と同時に、その薄い唇からはククッと小さく息が漏れた。
「まっ、待ってください! 竹篠さん!」
彼の胸に両手を当ててストップをかけると、それに応じて彼は動作を止めた。ただしそれは、自分の唇までほんの数センチの距離だ。
「依澄と呼べって言ったよな?」
まだ触れていない唇を、彼の熱い吐息が撫でる。それが艶めかしい感覚を呼び覚まし、背中にぞくりと這った。
「い、依澄さん。本当に……するんですか?」
普通に話せばそれだけで唇が触れてしまいそうで、囁くように尋ねる。
「当たり前だろう? 俺は勝負に勝ったんだから」
自分と同じトーンで囁かれた低めの声は、その勝利に酔いしれているようにも聞こえた。
確かに自分は賭けに応じ、そして負けた。まさかキスされることになるなら、もっと真剣に勝負に挑むべきだったと後悔しても、もう遅い。
「いい?」
痺れを切らしたのか彼に尋ねられる。まさか二十八にもなろう女が、キス一つでこんなに葛藤してるなんて思わないだろう。
初めてというわけではない。これくらいのことで、とも思う。けれど今は、複雑な気持ちが胸の内に広がっているのも確かだ。
だがいつまでもこうしているわけもいかず、気持ちを固めて手の力を緩める。その合図を受け取った彼は、私を腰から引き寄せ唇を重ねた。
想像よりも熱いその唇は、緊張する私の唇を何度か啄んだかと思うとすぐ離れた。
(もう……終わり?)
思わず拍子抜けする。こんなにすぐ済むならさっさと終わらせればよかった。なんて思いながら瞼を開ける。
まだ閉じ込められた腕の中で彼を見上げると、目を細め微笑んでいる彼と目が合った。
「まさか、これで終わりだなんて、思っていないよな?」
そう言うと、造り物のように整った顔は、人間味を出して愉快そうに笑った。
「えっ……?」
まだ理解しきれないうちに、私の唇はまた塞がれていた。さっきのキスなど、まるで遊びだったと言わんばかりに情熱的に。
「んんっ、っ!」
唇が食べられてしまうのではないかと思ってしまう。柔らかな舌先が自分の唇をなぞり、堪えきれず緩んだ隙間からそれは割って入る。苦しくなって酸素を求めるように口を開くと、彼の舌はもっと、と言わんばかりに口の中を弄った。
「ぅんっ、ふ、ンっっ……!」
キスだけなのに、生々しい吐息が止まらない。体中を駆け抜ける甘い痺れに力が抜け、腰が砕けそうだった。
どれくらいそうされていたのだろうか。ようやく唇が離れると、彼は満足そうに私を見下ろし口の端を上げた。
「次の賭けも俺が勝つよ。覚悟しておいて」
妖しげに笑う彼を、涙目のまま睨み付ける。
「今度は私が勝ちます! 見ててください」
半分腰の抜けた状態で彼に支えられたまま言ったところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだろう。
「楽しみにしている」
彼はクスクスと声を漏らしながらそう言って、私の額に唇を落とした。
(絶対に、次は勝つんだから!)
悔しいほど余裕のあるその顔を、また睨みながら心の中で誓う。
でないとこのままでは、する気もない結婚をさせられてしまうのだから。
艶やかな笑みを浮かべた彼は、そう言うと私の頰に指を滑らせて顎を持ち上げた。天井を見上げるかのように持ち上げられた顔は、こうでもしないと彼に向くことができない。彼とはおそらく、三十センチ近く身長差があるはずなのだから。
その彼は、戸惑い狼狽える私の瞳を覗き込む。近くで見ると琥珀のような美しい瞳の色。そして下ろされている艶やかなの黒髪が、近づく度に揺れていた。
「じゃあ……。約束通り、唇はもらうよ?」
彼は不敵な笑みを浮かべながら、切れ長の二重の瞳を細める。と同時に、その薄い唇からはククッと小さく息が漏れた。
「まっ、待ってください! 竹篠さん!」
彼の胸に両手を当ててストップをかけると、それに応じて彼は動作を止めた。ただしそれは、自分の唇までほんの数センチの距離だ。
「依澄と呼べって言ったよな?」
まだ触れていない唇を、彼の熱い吐息が撫でる。それが艶めかしい感覚を呼び覚まし、背中にぞくりと這った。
「い、依澄さん。本当に……するんですか?」
普通に話せばそれだけで唇が触れてしまいそうで、囁くように尋ねる。
「当たり前だろう? 俺は勝負に勝ったんだから」
自分と同じトーンで囁かれた低めの声は、その勝利に酔いしれているようにも聞こえた。
確かに自分は賭けに応じ、そして負けた。まさかキスされることになるなら、もっと真剣に勝負に挑むべきだったと後悔しても、もう遅い。
「いい?」
痺れを切らしたのか彼に尋ねられる。まさか二十八にもなろう女が、キス一つでこんなに葛藤してるなんて思わないだろう。
初めてというわけではない。これくらいのことで、とも思う。けれど今は、複雑な気持ちが胸の内に広がっているのも確かだ。
だがいつまでもこうしているわけもいかず、気持ちを固めて手の力を緩める。その合図を受け取った彼は、私を腰から引き寄せ唇を重ねた。
想像よりも熱いその唇は、緊張する私の唇を何度か啄んだかと思うとすぐ離れた。
(もう……終わり?)
思わず拍子抜けする。こんなにすぐ済むならさっさと終わらせればよかった。なんて思いながら瞼を開ける。
まだ閉じ込められた腕の中で彼を見上げると、目を細め微笑んでいる彼と目が合った。
「まさか、これで終わりだなんて、思っていないよな?」
そう言うと、造り物のように整った顔は、人間味を出して愉快そうに笑った。
「えっ……?」
まだ理解しきれないうちに、私の唇はまた塞がれていた。さっきのキスなど、まるで遊びだったと言わんばかりに情熱的に。
「んんっ、っ!」
唇が食べられてしまうのではないかと思ってしまう。柔らかな舌先が自分の唇をなぞり、堪えきれず緩んだ隙間からそれは割って入る。苦しくなって酸素を求めるように口を開くと、彼の舌はもっと、と言わんばかりに口の中を弄った。
「ぅんっ、ふ、ンっっ……!」
キスだけなのに、生々しい吐息が止まらない。体中を駆け抜ける甘い痺れに力が抜け、腰が砕けそうだった。
どれくらいそうされていたのだろうか。ようやく唇が離れると、彼は満足そうに私を見下ろし口の端を上げた。
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妖しげに笑う彼を、涙目のまま睨み付ける。
「今度は私が勝ちます! 見ててください」
半分腰の抜けた状態で彼に支えられたまま言ったところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだろう。
「楽しみにしている」
彼はクスクスと声を漏らしながらそう言って、私の額に唇を落とした。
(絶対に、次は勝つんだから!)
悔しいほど余裕のあるその顔を、また睨みながら心の中で誓う。
でないとこのままでは、する気もない結婚をさせられてしまうのだから。
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