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取り残された部屋は静まりかえっていた。振り向いて澪を見ると、その顔には悔しさが滲み出ていた。
「澪。そんなに唇を噛むな。切れるぞ?」
泣き出しそうだが泣いてはいない。こんな顔を今まで何度か見てきた。澪は悔しいとき泣くことはできないのだろう。今までずっとそうしてきたように。
唇を指で撫でると、ようやくそれを緩めた。
「認めないって……。なんで……」
呆然としたまま力なく言う澪を、俺は抱き寄せる。
「大丈夫だ。別れろとは言われなかっただろ? 今のままじゃ認めない。それだけだ」
宥めるように頭を撫でると、澪は俺の肩に顔を埋めたまま「でも……」と呟いた。
「私、仕事なんて何したらいいのか、わからない……」
澪が言うのも無理はない。幼い頃からバレー漬けの生活。怪我さえなければ指導者の道もあったかも知れない。だが、それが治ったところで、澪はその道に進む気はないようだ。
「実はさ……。前からお前にどうかなって思ってた仕事があるんだけど……」
頭を撫でながら言うと、澪は体を起こして「仕事?」と目を丸くしていた。
「あぁ。俺もそんな仕事があるって最近知って。そのうち見せようと思って資料集めてた」
「私に……できる……かな」
暗い表情で自信なさげに言う澪の頭を俺は撫でる。
「できる。お前なら、絶対にな」
勇気付けるように言うと、見開いた目で俺を見てから、ふふっと息を漏らした。
「なんか、一矢にそう言われたらできる気がしてきた」
「だから、できるんだって。資料取りに俺の家、寄ってもいいか?」
「もちろん。でも、なんでそんな気まずそうな顔なの?」
キョトンとした顔の澪に俺は言う。
「弟たち家にいると思うけど、まぁ……気にすんな」
澪を自分の家に連れてくるのは初めてだ。別に嫌だったわけじゃなく、特に必要じゃなかったからだ。
「ただいま」
玄関に入ると無意識に言う。後ろからは「お邪魔……します……」とおずおずとした声が聞こえた。
「悪りぃな、すでに喧しくて」
一番奥のリビングにいる弟たちの騒ぐ声は、閉めている扉さえ突き抜けてここまで聞こえてくる。
「ケンカ……じゃないよね」
こんな騒々しさに慣れないのか、澪は不安そうに俺を見た。確かに、声だけ聞けば『くそっ!』とか『仕返ししてやるからな!』と小学生のような叫び声。それもほぼ颯太の、が聞こえてくるからそう思うのも無理はない。
「違うって。みりゃわかる」
含み笑いをしながら廊下を進み扉を開けると、テレビの前のソファに並ぶ颯太と実樹の白熱した声と、テレビからBGMが爆音となって聞こえきた。
「おいっ! だから実樹っ! ちょ、待てって!」
「そんなこと言われても待てないよ」
必死でコントローラーを操作する颯太に、実樹は涼しげに返しながら丁寧にコントローラーを操作している。勝敗はつき、画面にKOと表示されると、がっくり項垂れたのは颯太だった。
「くそっ。また俺の負けかよ……」
「ふう兄は力任せに押しすぎじゃない?」
背を向けている2人は、俺たちがいることに気づいてないようだ。
「実樹の言う通りだな」
俺が笑いながら声をかけると、2人は同時に振り向いた。
「兄貴!」
「いち兄!」
そして、ポカンと口を開けたままの澪を見て、2人はまた叫んだ。
「お嬢⁈」
「って、まさかいち兄の彼女さん?」
押され気味の澪は圧倒されたまま、「あっ、と。お邪魔してます」と答えていた。
「澪。そんなに唇を噛むな。切れるぞ?」
泣き出しそうだが泣いてはいない。こんな顔を今まで何度か見てきた。澪は悔しいとき泣くことはできないのだろう。今までずっとそうしてきたように。
唇を指で撫でると、ようやくそれを緩めた。
「認めないって……。なんで……」
呆然としたまま力なく言う澪を、俺は抱き寄せる。
「大丈夫だ。別れろとは言われなかっただろ? 今のままじゃ認めない。それだけだ」
宥めるように頭を撫でると、澪は俺の肩に顔を埋めたまま「でも……」と呟いた。
「私、仕事なんて何したらいいのか、わからない……」
澪が言うのも無理はない。幼い頃からバレー漬けの生活。怪我さえなければ指導者の道もあったかも知れない。だが、それが治ったところで、澪はその道に進む気はないようだ。
「実はさ……。前からお前にどうかなって思ってた仕事があるんだけど……」
頭を撫でながら言うと、澪は体を起こして「仕事?」と目を丸くしていた。
「あぁ。俺もそんな仕事があるって最近知って。そのうち見せようと思って資料集めてた」
「私に……できる……かな」
暗い表情で自信なさげに言う澪の頭を俺は撫でる。
「できる。お前なら、絶対にな」
勇気付けるように言うと、見開いた目で俺を見てから、ふふっと息を漏らした。
「なんか、一矢にそう言われたらできる気がしてきた」
「だから、できるんだって。資料取りに俺の家、寄ってもいいか?」
「もちろん。でも、なんでそんな気まずそうな顔なの?」
キョトンとした顔の澪に俺は言う。
「弟たち家にいると思うけど、まぁ……気にすんな」
澪を自分の家に連れてくるのは初めてだ。別に嫌だったわけじゃなく、特に必要じゃなかったからだ。
「ただいま」
玄関に入ると無意識に言う。後ろからは「お邪魔……します……」とおずおずとした声が聞こえた。
「悪りぃな、すでに喧しくて」
一番奥のリビングにいる弟たちの騒ぐ声は、閉めている扉さえ突き抜けてここまで聞こえてくる。
「ケンカ……じゃないよね」
こんな騒々しさに慣れないのか、澪は不安そうに俺を見た。確かに、声だけ聞けば『くそっ!』とか『仕返ししてやるからな!』と小学生のような叫び声。それもほぼ颯太の、が聞こえてくるからそう思うのも無理はない。
「違うって。みりゃわかる」
含み笑いをしながら廊下を進み扉を開けると、テレビの前のソファに並ぶ颯太と実樹の白熱した声と、テレビからBGMが爆音となって聞こえきた。
「おいっ! だから実樹っ! ちょ、待てって!」
「そんなこと言われても待てないよ」
必死でコントローラーを操作する颯太に、実樹は涼しげに返しながら丁寧にコントローラーを操作している。勝敗はつき、画面にKOと表示されると、がっくり項垂れたのは颯太だった。
「くそっ。また俺の負けかよ……」
「ふう兄は力任せに押しすぎじゃない?」
背を向けている2人は、俺たちがいることに気づいてないようだ。
「実樹の言う通りだな」
俺が笑いながら声をかけると、2人は同時に振り向いた。
「兄貴!」
「いち兄!」
そして、ポカンと口を開けたままの澪を見て、2人はまた叫んだ。
「お嬢⁈」
「って、まさかいち兄の彼女さん?」
押され気味の澪は圧倒されたまま、「あっ、と。お邪魔してます」と答えていた。
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