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広縁と呼ばれる窓際のスペース。なんと言っていいのかわからなかった私に、一矢はその呼び名を教えてくれた。
陽はとうに落ち、窓の向こうは真っ暗だ。その開けた窓からは、ときおり、8月とは思えない涼しい風が流れ込んでいた。
籐でできた椅子に凭れてその風を感じながら、私はぼんやりする。なにしろ、とにかくもう、お腹がいっぱいで動けないからだ。
一矢の言う通り、先にお風呂に入って正解だったな……
向かいの椅子に腰掛け、ビールのグラスを傾けている一矢を見て思う。
散策から帰ると、一矢は『先に温泉行ってこい』と言い出した。まだまだ明るい時間帯で、夕食までには2時間近くあったが、『入りたかったらまた入ればいいから』と連れてこられたのは、貸し切りの家族風呂だった。
「まさかとは思うけど……。一緒に入る……とか?」
恐る恐る尋ねると、一矢はニヤリと笑う。
「一緒に入りたいなら喜んで?」
「えええっ。む、無理っ!」
慌てふためく私を見て楽し気に笑うと「わかってる」と返ってくる。
「お前、それなりに有名人なんだから、あんまりジロジロ見られたくないだろ? ゆっくり入ってこい。俺は男湯行ってくる」
そう言って一矢は、ホッとしている私の頭を撫でた。
「あ……りがと……」
その気遣いが嬉しくてお礼を言うと、一矢は額にかかる髪を掻き分けそこに唇を落としながら言った。
「一緒に入るのは、また追々な?」
と。
「──澪? こんなところで寝るな。風邪ひくぞ?」
いつのまにかうつらうつらしていたみたいで、一矢の声が遠くに聞こえる。窓を閉める気配がして、そのまま一矢は横に立ち私に声を掛けた。
「さすがに布団まで抱えて行ける気はしねぇから、自分で歩いてくれよ?」
霞がかかったような頭の中に一矢の声が響くと、ゆっくり腕を持ち上げられた。
「…………。ん~………」
寝ぼけている子どものような返事をして、重い瞼を無理矢理少し開けると、ヨタヨタと立ち上がる。
「ほら。ぶつからないよう気をつけろよ?」
食事を取った部屋を、一矢に支えられながら突っ切ると、その先の襖が開く。そして布団が見えた途端、そこにダイブした。
「こらっ、ちゃんと布団掛けろって! 澪? 聞いてんのか?」
私が乗った掛け布団を引っ張って一矢がそんなことを言っている。仕方ないと横に転がると、掛け布団が退かされ、敷き布団が見えた。四つん這いになると、私はヨロヨロとそこに潜り込んだ。
「お前……思いのほか世話がかかるな……」
私に布団を掛けてくれる一矢は、相当呆れているようだ。眠すぎて、今の私は色々とどうでもよくなっている。着てる浴衣も、もうはだけまくっているけど。
「……一矢も……。一緒に寝よ……?」
被った布団の端から手を出すと、横に座る一矢の膝に手を置く。
盛大な溜め息と、「人の気も知らねぇで……」と呟く声が、なんとなく耳に届いた……ような気がした。
私は犬を飼っていた。シェパードで、とても頭の良い子だった。私が生まれる前から飼われていたその子の名前は、エース。私はエースが大好きだった。
いつもは玄関先の小屋に飼われていたエースだけど、私は時々こっそりと自分の部屋に連れ込んでは一緒に寝ていた。お布団を捲ると隣に入ってきてくれて、朝は早くから私の顔を舐めて起こしてくれた。
「も~……。エース……くすぐったいって……」
寝ぼけながらそう言うと、エースは余計に私の顔を舐めるのだ。
私はモゾモゾと、エースを押し退けるように手を上げてハッとした。
「え……?」
目を開けてそこにあったのは、体を起こして決まり悪そうに私を見ている一矢の顔だ。
「悪りぃ……。起こしたな……」
一瞬ここがどこかわからなかった。私、何してたっけ? と考えて、猛烈な眠気に勝てず布団に潜り込んだことを思い出した。
「あ……の。今……何時?」
「11時くらいじゃね?」
ご飯を食べ終わったのは8時過ぎだった。そこから考えて、数時間。私は熟睡していたみたいだ。
間接照明にほんのり照らされた部屋の中に、一矢の顔が浮かんでいる。その顔はなんとなく照れているように見える。
「起こすつもりはなかったんだけど、つい……」
何がつい、なんだろうと思い、夢の中でエースに顔……というより唇を舐められていたことを思い出した。
陽はとうに落ち、窓の向こうは真っ暗だ。その開けた窓からは、ときおり、8月とは思えない涼しい風が流れ込んでいた。
籐でできた椅子に凭れてその風を感じながら、私はぼんやりする。なにしろ、とにかくもう、お腹がいっぱいで動けないからだ。
一矢の言う通り、先にお風呂に入って正解だったな……
向かいの椅子に腰掛け、ビールのグラスを傾けている一矢を見て思う。
散策から帰ると、一矢は『先に温泉行ってこい』と言い出した。まだまだ明るい時間帯で、夕食までには2時間近くあったが、『入りたかったらまた入ればいいから』と連れてこられたのは、貸し切りの家族風呂だった。
「まさかとは思うけど……。一緒に入る……とか?」
恐る恐る尋ねると、一矢はニヤリと笑う。
「一緒に入りたいなら喜んで?」
「えええっ。む、無理っ!」
慌てふためく私を見て楽し気に笑うと「わかってる」と返ってくる。
「お前、それなりに有名人なんだから、あんまりジロジロ見られたくないだろ? ゆっくり入ってこい。俺は男湯行ってくる」
そう言って一矢は、ホッとしている私の頭を撫でた。
「あ……りがと……」
その気遣いが嬉しくてお礼を言うと、一矢は額にかかる髪を掻き分けそこに唇を落としながら言った。
「一緒に入るのは、また追々な?」
と。
「──澪? こんなところで寝るな。風邪ひくぞ?」
いつのまにかうつらうつらしていたみたいで、一矢の声が遠くに聞こえる。窓を閉める気配がして、そのまま一矢は横に立ち私に声を掛けた。
「さすがに布団まで抱えて行ける気はしねぇから、自分で歩いてくれよ?」
霞がかかったような頭の中に一矢の声が響くと、ゆっくり腕を持ち上げられた。
「…………。ん~………」
寝ぼけている子どものような返事をして、重い瞼を無理矢理少し開けると、ヨタヨタと立ち上がる。
「ほら。ぶつからないよう気をつけろよ?」
食事を取った部屋を、一矢に支えられながら突っ切ると、その先の襖が開く。そして布団が見えた途端、そこにダイブした。
「こらっ、ちゃんと布団掛けろって! 澪? 聞いてんのか?」
私が乗った掛け布団を引っ張って一矢がそんなことを言っている。仕方ないと横に転がると、掛け布団が退かされ、敷き布団が見えた。四つん這いになると、私はヨロヨロとそこに潜り込んだ。
「お前……思いのほか世話がかかるな……」
私に布団を掛けてくれる一矢は、相当呆れているようだ。眠すぎて、今の私は色々とどうでもよくなっている。着てる浴衣も、もうはだけまくっているけど。
「……一矢も……。一緒に寝よ……?」
被った布団の端から手を出すと、横に座る一矢の膝に手を置く。
盛大な溜め息と、「人の気も知らねぇで……」と呟く声が、なんとなく耳に届いた……ような気がした。
私は犬を飼っていた。シェパードで、とても頭の良い子だった。私が生まれる前から飼われていたその子の名前は、エース。私はエースが大好きだった。
いつもは玄関先の小屋に飼われていたエースだけど、私は時々こっそりと自分の部屋に連れ込んでは一緒に寝ていた。お布団を捲ると隣に入ってきてくれて、朝は早くから私の顔を舐めて起こしてくれた。
「も~……。エース……くすぐったいって……」
寝ぼけながらそう言うと、エースは余計に私の顔を舐めるのだ。
私はモゾモゾと、エースを押し退けるように手を上げてハッとした。
「え……?」
目を開けてそこにあったのは、体を起こして決まり悪そうに私を見ている一矢の顔だ。
「悪りぃ……。起こしたな……」
一瞬ここがどこかわからなかった。私、何してたっけ? と考えて、猛烈な眠気に勝てず布団に潜り込んだことを思い出した。
「あ……の。今……何時?」
「11時くらいじゃね?」
ご飯を食べ終わったのは8時過ぎだった。そこから考えて、数時間。私は熟睡していたみたいだ。
間接照明にほんのり照らされた部屋の中に、一矢の顔が浮かんでいる。その顔はなんとなく照れているように見える。
「起こすつもりはなかったんだけど、つい……」
何がつい、なんだろうと思い、夢の中でエースに顔……というより唇を舐められていたことを思い出した。
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