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「うわっ! 兄貴っ、いたのか!」

 久しぶりに顔を見る颯太に、そんなことを言われたのは、夜中のリビング。帰ってきて、そのまま倒れ込むようにソファに転がったまま眠っていたようだ。

「あぁ……」

 まだぼんやりとした頭を振りながら起き上がると、時計は2時を過ぎたところだった。

「大丈夫かよ、兄貴。飯、ちゃんと食ってんのか?」

 ペットボトル片手に俺を見下ろし颯太は言う。

「まぁ、なんとか」
「倒れんなよ? 明日だろ? 総会」
「大丈夫だ。明日乗り切ればなんとかなる。そっからはしばらく休みだしな」

 株主総会が行われるのは、もう日付も変わったから今日だ。6月最後の木曜日。そしてそれが終わった翌週の1週間、俺は部長に無理矢理有給消化を命じられた。必要ないと断ったが、ここ最近全く有給を取っていない俺は『総務課からも消化するようキツく言われている』と押し切られてしまったのだ。

 することなんて、ねぇのにな。……それに……仕事してるほうが気が紛れる

 この2ヶ月。ずっとそうしてきた。余計なことを考えないように、ただ仕事だけを。

「ちょっと早い夏休みか? なんか予定でもあんの?」

 水を飲みながら颯太は俺に尋ねる。俺はソファに凭れながら息を吐いた。

「いや? 強いて言えば、週末創一の家で飲もうかって誘われてる。あいつにも久しく会ってねぇし、行くつもり」
「へ~。創一さんもあちこち飛び回ってて忙しいもんな。よろしく言っといて」

 大学が同じで、颯太も創一のことはよく知っている。まるっきり真逆とも言っていい2人だが、それでも意気投合していたようだ。
 そんな創一から久しぶりに誘いの電話があったのは1週間ほど前だ。月の大半が遠方への出張で占めている創一が、珍しく6月後半からしばらく出張が入っていないらしい。外で飲むのは面倒で、『お前の家で飲んで、そのまま泊まってもいいなら』と俺は誘いに乗ったのだ。

「あぁ、わかった。じゃ、さすがにもう一眠りする。3時間くらいは寝れるだろうし。7時になっても起きてこなかったら起こしてくれ」

 立ち上がり、着たままのシャツのボタンを外しながら言うと「おっけ~!」と軽い返事が返ってきた。

 部屋に戻り、着ていた服を適当に脱ぎ捨てると下だけスエットに履き替える。そのままベッドに転がると、あっという間に眠気が襲ってきた。

 あと一日、か。この忙しさが終わったら、どうやって過ごせばいいんだろう。この虚しさを、仕事以外でやり過ごす方法なんて、俺は知らないのに。

 創一の家は、うちからそう遠くないタワーマンションだ。土曜日の夕方、途中にあったコンビニに寄り買ったビールだけぶら下げて、歩いてそこに向かった。

「よっ! 久しぶり。これ、土産な」

 玄関に現れた創一に俺は袋を差し出した。

「何も持って来なくていいと言っただろう。まぁいい。入ってくれ」

 相変わらず喜怒哀楽のはっきりしないその顔を少し顰めて創一は俺を促した。
 一人暮らしのはずなのに、無駄に広い3LDK。かと言って物が多いわけでもない。相変わらず二部屋は空っぽだ。
 そこはさすが旭河の御曹司、と言うべきなのだろうか。この家も賃貸ではなく持ち家だ。詳しく聞いてはいないが、税金対策で譲られた家なのかも知れない。

 何度も訪れたことのあるこの家のリビングに向かうと、テーブルにはすでに料理が並んでいた。

「デリバリーか? こんなに食えねぇぞ?」

 そう言いながら俺は勝手にテーブルにつく。
 デリバリーと言っても、よくあるピザなどではない。どっかの店の料理をそのまま運んできたかのように皿に美しく盛られている。酒を飲むのを前提としているのか、オードブル形式であれこれ摘みやすいものばかりだ。

「まぁ、そんなところだ。何飲む? 前北海道に行ったとき買ったワインもあるが」
「いや、いきなりワイン飲んだらぶっ倒れる自信しかねぇよ。さっきのビール、先に飲もうぜ。まだ冷たいだろ」

 明るく言う俺の顔を何故かじっと見ると、創一は少し息を吐いた。

「そうだな。とりあえず、ほら」

 創一は向かいに座ると袋から取り出したビールを差し出した。俺はそれを受け取ると、すぐさま開ける。創一はようやく自分の缶ビールを取り出すと、カシュッと音を立ててそれを開けた。

「じゃ、とりあえず。お疲れ」

 俺が缶を持ち上げ差し出すと、「あぁ」とそれに軽く当てた。

 久しぶりに飲むビールは美味い。もう7月がみえている今はそれなりに暑く、それだけで美味く感じる。

「ちゃんと食えよ?」

 一気に一本空けてしまったからか、創一にそう言われる。

「あぁ。わかってる」

 そう言いながらも、俺は箸をのばせないでいた。
 ここのところ、食べるものと言えば腹の足しになればそれでいいと適当に済ませていた。それに、何を食べても同じだ。どれも砂を噛んでいるような、美味いと思えるものなどなかった。食べたいと願うものは、もう手に入ることはないのだから。
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