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「待って! ちょっとっ!」
有無を言わさず私の腕を引いたまま、一矢は私をすぐ近くにあったタクシー乗り場に連れて行く。まだそこまで遅い時期じゃないからか、スムーズに列は流れている。
すぐに私たちの順番はきて、滑り込んできたタクシーのドアが開いた。
「やっぱり私、一人で……」
「いいから。早く。後ろの人に迷惑だ」
帰る、と言う前に一矢に先を越される。先に乗り込もうと身を屈めた一矢は、まだ突っ立っていた私に振り返り、顔を顰めた。そしてそのまま無言で私の手を握ると、私を車内に引き摺り込んだ。
「◯◯方面へ」
一矢が私の家のある方向を告げるのと同時にドアが音を立てて閉まる。そのままタクシーは流れるように進み始めた。
エンジンの音が静かに響く車内。お互い何も喋らないまま、ただ揺れる車に体を預けていた。
「あの……。手……」
窓に凭れ掛かるように外を見ている一矢に、おずおずと話しかける。さっきからずっと、私たちの手は重なったまま。それをどかすことも、どかせようとすることもなかった。
「……嫌か?」
こちらを向くことなく、ぶっきらぼうに一矢は尋ねる。
「…………。酔ってる?」
「酔ってねぇよ」
答えになっていない言葉を肯定と取ったのか、一矢は重ねていた手に力を入れるとキュッと握る。どちらからなんてわからない熱が生まれて、手のひらがヒリヒリと熱くなる。
「あのっ、そ、そう! 萌、楽しそうだったね。いい子でしょ?」
意識しないように、と思うと余計に意識してしまう。私は一矢とは反対側の窓に向かってぎこちなく声を上げた。
「あぁ。まぁ、そうだな」
淡々とした口調の一矢に、大袈裟に続けた。
「それに可愛いし! ……私と違って……」
最後は声のトーンを落とす。ちょうど赤信号にかかり停まった車の中は静まり返る。なんの反応もないのが怖くて一矢を見ると、さっきと変わらず窓の外を眺めていた。
「お前は……綺麗、だよ」
ボソリと素気なく、そんな言葉が聞こえる。
どんな顔……して言ってるの?
また動き出した車の振動に揺られ、その後ろ姿を眺める。黒くて固そうな短髪。大きな肩に、広い背中。
何もかもが、やっぱり……好きだ、と実感させられた。見るだけで鼓動が早くなる。手が触れているだけで、顔まで熱くなってくる。期待しちゃダメだ、と思うのに、それでも淡い期待をしてしまう。
「……やっぱり酔ってる?」
「…………。かもな」
握った手にまた力を込めると、一矢はそう答えた。
一矢は、私が言わなくても運転手さんに私の家への道筋を伝えていた。まるで何度も訪れたことがあるみたいに正確に。
カチカチカチと、ハザードランプの音が聞こえる静かな住宅街。一矢はわざわざ車の外に出て私を見送ってくれていた。
「風邪ひくなよ? もうすぐ合宿だろ?」
「うん。来週から」
「俺はしばらく本社の仕事が立て込んでて、クラブハウスにはしばらく顔出せねぇかも。ま、頑張ってこいよ?」
車を降りるまで、手を握られていたなんて嘘だったみたいに、一矢はいつもの調子に戻っている。
「言われなくてもそうします!」
結局私も、いつもの可愛げのない自分に戻ってしまう。それでも一矢は、口元を緩めてフッと息を漏らした。
「ほら。見送っててやるから帰れよ?」
「すぐそこじゃない。まぁいいや。じゃあ、おやすみなさい」
家の門は歩道を横切れば着くくらいにすぐそこだ。それでも心配してくれているのか、踵を返し門の引き戸を開けてもまだ気配を感じた。
門扉を閉めながら少しだけ様子を伺うと、まだ一矢はこっちを見ていた。どんな表情をしているのかはわからない。でも、ずっと見守ってくれていると思うだけで、心臓が跳ねた。
どうしよう、嬉しい……
完全に私の姿が見えなくなったからか、ようやく車の走り去る気配がした。
一矢にとっては、こんなこと当たり前の行為で、そこには何の感情もないのかも知れない。それでも最後までこうして送ってくれたことが嬉しくて、一人舞い上がっていた。
それからは聞いていたとおり、一矢はクラブハウスに顔を出すことはなかった。ソレイユの担当と言っても、仕事はそれだけじゃないようで、特に今年度からは忙しくなりそうだと前に聞いていた。
メッセージでも送ってみようか、と思ったけど特に用事があるわけでもなく、一矢からも何も連絡はない。
またそのうち……会えるか……
なんて思いながら臨んだ全日本選抜メンバーの合宿。と言っても、今回集められたのは仮のメンバーだ。ここからさらにふるいにかけられ、最終メンバーが決定される大事な合宿。
気合い入れなきゃね
そう思っていた。けれど……。
最終日の模擬試合の最中に、それは起こった。
不安定な姿勢からのジャンプトス。私は萌に向けボールを放った。それでもちゃんと着地できるはずだった。なのに。
「っ!! 澪さんっ!」
そのボールを打ったはずの萌が、悲鳴のような声を上げている。体育館の硬い床に倒れ込んだ私は、そのとき、何が起こったのかわからなかった。
有無を言わさず私の腕を引いたまま、一矢は私をすぐ近くにあったタクシー乗り場に連れて行く。まだそこまで遅い時期じゃないからか、スムーズに列は流れている。
すぐに私たちの順番はきて、滑り込んできたタクシーのドアが開いた。
「やっぱり私、一人で……」
「いいから。早く。後ろの人に迷惑だ」
帰る、と言う前に一矢に先を越される。先に乗り込もうと身を屈めた一矢は、まだ突っ立っていた私に振り返り、顔を顰めた。そしてそのまま無言で私の手を握ると、私を車内に引き摺り込んだ。
「◯◯方面へ」
一矢が私の家のある方向を告げるのと同時にドアが音を立てて閉まる。そのままタクシーは流れるように進み始めた。
エンジンの音が静かに響く車内。お互い何も喋らないまま、ただ揺れる車に体を預けていた。
「あの……。手……」
窓に凭れ掛かるように外を見ている一矢に、おずおずと話しかける。さっきからずっと、私たちの手は重なったまま。それをどかすことも、どかせようとすることもなかった。
「……嫌か?」
こちらを向くことなく、ぶっきらぼうに一矢は尋ねる。
「…………。酔ってる?」
「酔ってねぇよ」
答えになっていない言葉を肯定と取ったのか、一矢は重ねていた手に力を入れるとキュッと握る。どちらからなんてわからない熱が生まれて、手のひらがヒリヒリと熱くなる。
「あのっ、そ、そう! 萌、楽しそうだったね。いい子でしょ?」
意識しないように、と思うと余計に意識してしまう。私は一矢とは反対側の窓に向かってぎこちなく声を上げた。
「あぁ。まぁ、そうだな」
淡々とした口調の一矢に、大袈裟に続けた。
「それに可愛いし! ……私と違って……」
最後は声のトーンを落とす。ちょうど赤信号にかかり停まった車の中は静まり返る。なんの反応もないのが怖くて一矢を見ると、さっきと変わらず窓の外を眺めていた。
「お前は……綺麗、だよ」
ボソリと素気なく、そんな言葉が聞こえる。
どんな顔……して言ってるの?
また動き出した車の振動に揺られ、その後ろ姿を眺める。黒くて固そうな短髪。大きな肩に、広い背中。
何もかもが、やっぱり……好きだ、と実感させられた。見るだけで鼓動が早くなる。手が触れているだけで、顔まで熱くなってくる。期待しちゃダメだ、と思うのに、それでも淡い期待をしてしまう。
「……やっぱり酔ってる?」
「…………。かもな」
握った手にまた力を込めると、一矢はそう答えた。
一矢は、私が言わなくても運転手さんに私の家への道筋を伝えていた。まるで何度も訪れたことがあるみたいに正確に。
カチカチカチと、ハザードランプの音が聞こえる静かな住宅街。一矢はわざわざ車の外に出て私を見送ってくれていた。
「風邪ひくなよ? もうすぐ合宿だろ?」
「うん。来週から」
「俺はしばらく本社の仕事が立て込んでて、クラブハウスにはしばらく顔出せねぇかも。ま、頑張ってこいよ?」
車を降りるまで、手を握られていたなんて嘘だったみたいに、一矢はいつもの調子に戻っている。
「言われなくてもそうします!」
結局私も、いつもの可愛げのない自分に戻ってしまう。それでも一矢は、口元を緩めてフッと息を漏らした。
「ほら。見送っててやるから帰れよ?」
「すぐそこじゃない。まぁいいや。じゃあ、おやすみなさい」
家の門は歩道を横切れば着くくらいにすぐそこだ。それでも心配してくれているのか、踵を返し門の引き戸を開けてもまだ気配を感じた。
門扉を閉めながら少しだけ様子を伺うと、まだ一矢はこっちを見ていた。どんな表情をしているのかはわからない。でも、ずっと見守ってくれていると思うだけで、心臓が跳ねた。
どうしよう、嬉しい……
完全に私の姿が見えなくなったからか、ようやく車の走り去る気配がした。
一矢にとっては、こんなこと当たり前の行為で、そこには何の感情もないのかも知れない。それでも最後までこうして送ってくれたことが嬉しくて、一人舞い上がっていた。
それからは聞いていたとおり、一矢はクラブハウスに顔を出すことはなかった。ソレイユの担当と言っても、仕事はそれだけじゃないようで、特に今年度からは忙しくなりそうだと前に聞いていた。
メッセージでも送ってみようか、と思ったけど特に用事があるわけでもなく、一矢からも何も連絡はない。
またそのうち……会えるか……
なんて思いながら臨んだ全日本選抜メンバーの合宿。と言っても、今回集められたのは仮のメンバーだ。ここからさらにふるいにかけられ、最終メンバーが決定される大事な合宿。
気合い入れなきゃね
そう思っていた。けれど……。
最終日の模擬試合の最中に、それは起こった。
不安定な姿勢からのジャンプトス。私は萌に向けボールを放った。それでもちゃんと着地できるはずだった。なのに。
「っ!! 澪さんっ!」
そのボールを打ったはずの萌が、悲鳴のような声を上げている。体育館の硬い床に倒れ込んだ私は、そのとき、何が起こったのかわからなかった。
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