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☆番外編4☆
とある日常の風景 5
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瑤子は、それはそれは燥ぎながら、咲いている薔薇を見て回っていた。
見るだけでそんなに楽しいか? とは思ったが、市場に出回ることの少ない珍しいものを見ては嬉しそうに撮影をねだられた。
「これなんて、すごく綺麗じゃない?」
壱花を抱えたまま、前屈みで薔薇を覗き込むと、瑤子は顔を上げる。そこには薄紫の薔薇が大輪の花を咲かせていた。
「……お前のほうが綺麗だけど?」
目線を瑤子に合わせて屈んだ俺は、瑤子にそう言うとわざとらしくニッコリ笑う。それに瑤子はムッとした表情を見せ、俺は頰をギュッと摘まれた。
「そんなこと聞いてませんが?」
瑤子はニッコリと笑うとそう返してくる。もちろん楽しくて笑っているわけではない。
「いいだろ、別に。正直に感想を述べただけだ」
「だから! 恥ずかしいって!」
周りに聞かれるのがよほど恥ずかしいのか、瑤子は顔を近づけてコソコソと言う。
「誰も聞いてねぇよ」
「あのねぇ。ただでさえ貴方は目立つの。これ以上人の視線を集めないでくれる?」
そんなことを言い合っていると、俺たちのあいだから小さな手が現れ、俺の頰を容赦なく引っ張った。
「いてっ! 壱花! やめろって!」
そんな反応が楽しいのか、壱花はキャッキャと声を上げた。
「ほら、壱花も恥ずかしいからやめなさいって」
瑤子は笑いながら言っている。
「お前な……」
壱花から逃れると、俺は立ち上がる。それを追うように瑤子も立ち上がった。
「周りに人がいないときは覚悟しとけよ?」
壱花が届きそうにない瑤子の耳元で、最後の反撃とばかりに俺は囁いた。
「さ、次行くぞ? まだまだすることあるからな!」
耳まで赤く染めた瑤子に、わざとらしく声を掛ける。
「あっ、もう! 待ってよ!」
瑤子はキョトンとしている壱花をベビーカーに乗せると、慌てて俺のあとについて来た。
薔薇園をすぎ、園内をゆっくりと周りながら次の場所へ向かう。ちょうど色々な花が咲き乱れる時期。瑤子はあちこちで足を止めてはそれらを眺めていた。
「よし。この辺でいいか」
着いたのは、芝生広場。その一角にやってくると、俺は早速レジャーシートを広げた。買ってきたばかりのバカデカいものだ。これも東藤から『お嬢さんが動き回ると思うので、大きいほうがいいかと』とアドバイスされた。
さすが子育て経験者。実体験があると言うことが違う。
『うちの娘は、目を離した隙に芝生を食べていました』
なんて言われたら、従うしかねぇだろ、と思ったのだ。
「美味しい?」
瑤子がそう尋ねた相手は、俺の膝に抱えられた壱花だ。まだ一人で座るには無理があり、俺が胡座をかいている中にすっぽりはまっている格好だ。壱花は瑤子の差し出すスプーンに、早くと言わんばかりに顔を突き出している。
「本当によく食べるよな。誰に似たのか」
「私っていいたいの?」
顔を顰めて俺を見上げる瑤子に、「い~や? 美味そうになんでも食べるところはそっくりだけどな?」と笑ってみせた。
言葉の通り、壱花の離乳食は順調らしい。嫌がることなくなんでも食べるから、離乳食の作り甲斐があるらしい。こだわっているわけじゃないけど、と言いながら瑤子は家でせっせと離乳食を作っていた。
「いいじゃない。ねぇ?」
瑤子はまたスプーンを差し出しながら壱花に向かって言う。壱花はそれを口にすると、体を跳ねさせ体で喜びを表現しているようだった。
「じゃ、俺も」
そう言って口を開けると、瑤子はスプーンを持ったまま訝しげな表情をした。
「司も食べたいの? ……離乳食」
「なわけあるか! 俺たちの飯は別にあるだろ。食べさせてくれね?」
前から予約してあった弁当は、来る途中に引き取ってきた。それは今とりあえず広げて隣に置いてある。
「えっ? 自分で食べなさいよ!」
「壱花支えてるから無理。いいだろ? 周りに誰もいねぇし」
あえて広場の奥まった場所に陣取ったおかげか、平日ということもあり、ここで弁当を広げて食べている人間は近くにはいなかった。
「ええ~……。もう! しょうがないなぁ……」
嫌そうな顔をしながらも、瑤子は箸を持つと適当にオカズを摘み俺に差し出した。大きく開けた俺の口にそれを入れると、瑤子は俺を見上げていた。
「美味い。お前が食べさせてくれたぶん余計に」
「何言ってるのよ?」
その顔は完全に照れている。むちゃくちゃ可愛いなんて言ったらもう二度としてくれないだろうから言わないが。
そんなことをしているうちに壱花は離乳食を綺麗に食べ終え、俺がミルクを飲ませた。そのあいだに瑤子は弁当を食べる。瑤子の好みに合いそうなものを探しておいたから喜んで美味そうに食べてくれていた。
食事も終わり、俺は眠ってしまった壱花の横に転がっていた。
時折そよぐ風がどこからともなく草花の香りを運んでくる。澄み切った青空には、白い雲が浮かびゆっくりと移動していた。そんなのどかで穏やかな昼下がり。俺は、壱花の向こう側に寝そべりそれを眺めている瑤子の横顔を眺めていた。
見るだけでそんなに楽しいか? とは思ったが、市場に出回ることの少ない珍しいものを見ては嬉しそうに撮影をねだられた。
「これなんて、すごく綺麗じゃない?」
壱花を抱えたまま、前屈みで薔薇を覗き込むと、瑤子は顔を上げる。そこには薄紫の薔薇が大輪の花を咲かせていた。
「……お前のほうが綺麗だけど?」
目線を瑤子に合わせて屈んだ俺は、瑤子にそう言うとわざとらしくニッコリ笑う。それに瑤子はムッとした表情を見せ、俺は頰をギュッと摘まれた。
「そんなこと聞いてませんが?」
瑤子はニッコリと笑うとそう返してくる。もちろん楽しくて笑っているわけではない。
「いいだろ、別に。正直に感想を述べただけだ」
「だから! 恥ずかしいって!」
周りに聞かれるのがよほど恥ずかしいのか、瑤子は顔を近づけてコソコソと言う。
「誰も聞いてねぇよ」
「あのねぇ。ただでさえ貴方は目立つの。これ以上人の視線を集めないでくれる?」
そんなことを言い合っていると、俺たちのあいだから小さな手が現れ、俺の頰を容赦なく引っ張った。
「いてっ! 壱花! やめろって!」
そんな反応が楽しいのか、壱花はキャッキャと声を上げた。
「ほら、壱花も恥ずかしいからやめなさいって」
瑤子は笑いながら言っている。
「お前な……」
壱花から逃れると、俺は立ち上がる。それを追うように瑤子も立ち上がった。
「周りに人がいないときは覚悟しとけよ?」
壱花が届きそうにない瑤子の耳元で、最後の反撃とばかりに俺は囁いた。
「さ、次行くぞ? まだまだすることあるからな!」
耳まで赤く染めた瑤子に、わざとらしく声を掛ける。
「あっ、もう! 待ってよ!」
瑤子はキョトンとしている壱花をベビーカーに乗せると、慌てて俺のあとについて来た。
薔薇園をすぎ、園内をゆっくりと周りながら次の場所へ向かう。ちょうど色々な花が咲き乱れる時期。瑤子はあちこちで足を止めてはそれらを眺めていた。
「よし。この辺でいいか」
着いたのは、芝生広場。その一角にやってくると、俺は早速レジャーシートを広げた。買ってきたばかりのバカデカいものだ。これも東藤から『お嬢さんが動き回ると思うので、大きいほうがいいかと』とアドバイスされた。
さすが子育て経験者。実体験があると言うことが違う。
『うちの娘は、目を離した隙に芝生を食べていました』
なんて言われたら、従うしかねぇだろ、と思ったのだ。
「美味しい?」
瑤子がそう尋ねた相手は、俺の膝に抱えられた壱花だ。まだ一人で座るには無理があり、俺が胡座をかいている中にすっぽりはまっている格好だ。壱花は瑤子の差し出すスプーンに、早くと言わんばかりに顔を突き出している。
「本当によく食べるよな。誰に似たのか」
「私っていいたいの?」
顔を顰めて俺を見上げる瑤子に、「い~や? 美味そうになんでも食べるところはそっくりだけどな?」と笑ってみせた。
言葉の通り、壱花の離乳食は順調らしい。嫌がることなくなんでも食べるから、離乳食の作り甲斐があるらしい。こだわっているわけじゃないけど、と言いながら瑤子は家でせっせと離乳食を作っていた。
「いいじゃない。ねぇ?」
瑤子はまたスプーンを差し出しながら壱花に向かって言う。壱花はそれを口にすると、体を跳ねさせ体で喜びを表現しているようだった。
「じゃ、俺も」
そう言って口を開けると、瑤子はスプーンを持ったまま訝しげな表情をした。
「司も食べたいの? ……離乳食」
「なわけあるか! 俺たちの飯は別にあるだろ。食べさせてくれね?」
前から予約してあった弁当は、来る途中に引き取ってきた。それは今とりあえず広げて隣に置いてある。
「えっ? 自分で食べなさいよ!」
「壱花支えてるから無理。いいだろ? 周りに誰もいねぇし」
あえて広場の奥まった場所に陣取ったおかげか、平日ということもあり、ここで弁当を広げて食べている人間は近くにはいなかった。
「ええ~……。もう! しょうがないなぁ……」
嫌そうな顔をしながらも、瑤子は箸を持つと適当にオカズを摘み俺に差し出した。大きく開けた俺の口にそれを入れると、瑤子は俺を見上げていた。
「美味い。お前が食べさせてくれたぶん余計に」
「何言ってるのよ?」
その顔は完全に照れている。むちゃくちゃ可愛いなんて言ったらもう二度としてくれないだろうから言わないが。
そんなことをしているうちに壱花は離乳食を綺麗に食べ終え、俺がミルクを飲ませた。そのあいだに瑤子は弁当を食べる。瑤子の好みに合いそうなものを探しておいたから喜んで美味そうに食べてくれていた。
食事も終わり、俺は眠ってしまった壱花の横に転がっていた。
時折そよぐ風がどこからともなく草花の香りを運んでくる。澄み切った青空には、白い雲が浮かびゆっくりと移動していた。そんなのどかで穏やかな昼下がり。俺は、壱花の向こう側に寝そべりそれを眺めている瑤子の横顔を眺めていた。
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