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☆番外編集☆
One year ago
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「行くぞ。睦月」
そう司に言われてアパートの下まで2人で出ると、途端に陽の沈んだ暗い空から降りてきた冷たい風が体に纏わり付いてきた。
「うわっ! さぶっ!」
部屋の中との違いに震えながら、俺は着ていたダウンを抱えて身を縮こまらせた。
「たく、何年経っても慣れねーなこの寒さ」
司の方も少し背中を丸めて、高そうなカシミアコートのポケットに手を突っ込んでいた。
「だよね~。でも、この寒さを体験するのも今年最後だと思うと我慢できるかな」
俺はそう言って笑った。
日本から遠く離れたニューヨークに住み始めて5年。こちらの冬は日本に比べると数段寒い。俺は冬が来るたびその寒さにヒーヒー言っている気がした。
けれどそれも今年で最後。司が、来年の夏には日本に戻って仕事を始める事を決めたからだ。
「最後でも寒いもんは寒いだろ」
呆れながら言う司と並んで歩きながら、俺達は近所の馴染みの店に向かっていた。
着いた店は全く気取るところのない、気軽に入れるよくあるステーキハウス。そこに入ると、今度は暑いくらいだ。
席に着くといつものようにステーキとビールを頼む。さすがに30も後半になると元々がアメリカンサイズのステーキなど一人前食べられるわけもなく、2人でシェアが当たり前になっていた。
「じゃあ」
運ばれたビールのジョッキをそれぞれ持つと、俺は司に向かってそれを掲げた。
「司! ハッピーバースデー! おめでとう39才!」
明るく言う俺に、嬉しくなさそうな顔で司はジョッキを合わせた。
「どーも。お前にそれ言われるの、何年連続何回目だろーな」
そう言ってからジョッキに口を付けた。
「いや、誘ってくるの司でしょ⁈」
ニューヨークに来てからは、結局毎年こうやって司と過ごしているし、その前の、日本にいる時だって、司の大学時代からの友人である淳一君と一緒に祝う事もあった。だから正直、俺も全く分からない。
「いいだろ別に。お前だって今は付き合ってるやついねーんだろ?」
「……そうですね!」
俺はヤケクソにそう言ってビールを呷った。
だいたい、別れたのは司が原因だ。
何故か最近まで2ヶ月程付き合っていた彼女は、『毎年司の誕生日を祝っている』と俺が言うと、自分も一緒に祝いたいと言い出した。さすがに司に聞かなくても嫌がりそうだったから断ったら、言われたのはこうだった。
『ムツキと付き合ったらツカサとも近づけると思ったのに!』
あー……。元々司狙いだったわけね、と俺はその場で別れを告げたのだった。
もちろんそんな事を司に言えるはずもなく、かと言って司の事を恨むような事もない。単に自分の見る目がなかったんだなぁと思うだけだ。
だいたい司にも、誕生日を俺や淳一君なんかの友人と過ごすには深~い理由がある。
それはまだ、俺が司と出会う前の事。大学1年の頃の話らしい。
その時司はすでに、来るもの拒まず去るもの追わずで不特定の人間と関係を持っていたらしい。そして司はその年、なんの気なしに自分の誕生日を過ごした相手がいた。
すっかり嵌められたと淳一君の奥さんである茉紀ちゃんは後で言っていたけど、その相手、誕生日の「た」の字も出さず、ちょっと相談があるからと呼び出して食事に行っただけらしいのだが、ワザと目につくように窓際の席に座り、それを何人にも目撃させていた。
そしてその後、まるで既成事実でもあったかのように振る舞った相手は、司の彼女を通り越して、婚約者みたいな事を匂わせ始めて、それはもう、噂を消すのが大変だったとか。
それに懲りて、自分の誕生日は友人と過ごすと決めたらしいのだ。
「司は自分の誕生日を過ごしたい特別な相手はいないの?」
そう。そんな相手が出来れば別に俺と過ごす必要はないはずだ。別に司のお祝いをするのが嫌って言うことじゃないんだけど。
「いねーよ。そんなやつ。きっとこれから先も」
そう言いながら、目の前のフライドポテトを口に放り込むとビールで流し込んでいる。
司は、男の俺から見てもイイ男だと思う。でも、長い間付き合っていくうちに気づいた事があった。司の付き合い方は、浅く広くに見せかけて、実は狭く深くだ。
気に入った相手に見せる顔と、それ以外に見せる顔は全く違う。けれど、それ以外に該当する人間達は、実は司になんの興味も感情も持たれていない事に気づかないらしい。
こう言うのって、一歩引いてみた方が分かるんだろうなぁとは思う。
そしてもう一つ。
きっと司は、誰かを好きになる事に、自分で一線を引いている気がする。理由は分からないけど、そんな風に感じた。俺はそんな司を少し寂しくも思う。
早く、本当の司を見せられる誰かと出会えればいいのにって。
そして、それは自分にも関係あるような、そんな気がしている。司が幸せになるところを見届けなきゃ、自分も幸せになれないなんて気持ち、ちょっとした呪いだ。
「何笑ってんだよ」
目の前で訝しげに俺に問う司に、俺は笑いながら言う。
「ま、30代最後の年、いい年にしてよね」
「あ? まあ、そうだな。何かいい事あればいいけどな」
他人事の様に司は言って笑う。
俺はその顔を、誰か俺以外の、大切な人に見せる日が来る事を願いながら、また司とジョッキを合わせた。
まぁ2人共、まさか一年後に一変してるとは思ってなかったんだけど。
1年前を思い出しながら、司の40才の誕生日のその日、俺は一人家で乾杯をしていた。
さ、次は俺が幸せになる番かな?そう思いながら。
Fin
そう司に言われてアパートの下まで2人で出ると、途端に陽の沈んだ暗い空から降りてきた冷たい風が体に纏わり付いてきた。
「うわっ! さぶっ!」
部屋の中との違いに震えながら、俺は着ていたダウンを抱えて身を縮こまらせた。
「たく、何年経っても慣れねーなこの寒さ」
司の方も少し背中を丸めて、高そうなカシミアコートのポケットに手を突っ込んでいた。
「だよね~。でも、この寒さを体験するのも今年最後だと思うと我慢できるかな」
俺はそう言って笑った。
日本から遠く離れたニューヨークに住み始めて5年。こちらの冬は日本に比べると数段寒い。俺は冬が来るたびその寒さにヒーヒー言っている気がした。
けれどそれも今年で最後。司が、来年の夏には日本に戻って仕事を始める事を決めたからだ。
「最後でも寒いもんは寒いだろ」
呆れながら言う司と並んで歩きながら、俺達は近所の馴染みの店に向かっていた。
着いた店は全く気取るところのない、気軽に入れるよくあるステーキハウス。そこに入ると、今度は暑いくらいだ。
席に着くといつものようにステーキとビールを頼む。さすがに30も後半になると元々がアメリカンサイズのステーキなど一人前食べられるわけもなく、2人でシェアが当たり前になっていた。
「じゃあ」
運ばれたビールのジョッキをそれぞれ持つと、俺は司に向かってそれを掲げた。
「司! ハッピーバースデー! おめでとう39才!」
明るく言う俺に、嬉しくなさそうな顔で司はジョッキを合わせた。
「どーも。お前にそれ言われるの、何年連続何回目だろーな」
そう言ってからジョッキに口を付けた。
「いや、誘ってくるの司でしょ⁈」
ニューヨークに来てからは、結局毎年こうやって司と過ごしているし、その前の、日本にいる時だって、司の大学時代からの友人である淳一君と一緒に祝う事もあった。だから正直、俺も全く分からない。
「いいだろ別に。お前だって今は付き合ってるやついねーんだろ?」
「……そうですね!」
俺はヤケクソにそう言ってビールを呷った。
だいたい、別れたのは司が原因だ。
何故か最近まで2ヶ月程付き合っていた彼女は、『毎年司の誕生日を祝っている』と俺が言うと、自分も一緒に祝いたいと言い出した。さすがに司に聞かなくても嫌がりそうだったから断ったら、言われたのはこうだった。
『ムツキと付き合ったらツカサとも近づけると思ったのに!』
あー……。元々司狙いだったわけね、と俺はその場で別れを告げたのだった。
もちろんそんな事を司に言えるはずもなく、かと言って司の事を恨むような事もない。単に自分の見る目がなかったんだなぁと思うだけだ。
だいたい司にも、誕生日を俺や淳一君なんかの友人と過ごすには深~い理由がある。
それはまだ、俺が司と出会う前の事。大学1年の頃の話らしい。
その時司はすでに、来るもの拒まず去るもの追わずで不特定の人間と関係を持っていたらしい。そして司はその年、なんの気なしに自分の誕生日を過ごした相手がいた。
すっかり嵌められたと淳一君の奥さんである茉紀ちゃんは後で言っていたけど、その相手、誕生日の「た」の字も出さず、ちょっと相談があるからと呼び出して食事に行っただけらしいのだが、ワザと目につくように窓際の席に座り、それを何人にも目撃させていた。
そしてその後、まるで既成事実でもあったかのように振る舞った相手は、司の彼女を通り越して、婚約者みたいな事を匂わせ始めて、それはもう、噂を消すのが大変だったとか。
それに懲りて、自分の誕生日は友人と過ごすと決めたらしいのだ。
「司は自分の誕生日を過ごしたい特別な相手はいないの?」
そう。そんな相手が出来れば別に俺と過ごす必要はないはずだ。別に司のお祝いをするのが嫌って言うことじゃないんだけど。
「いねーよ。そんなやつ。きっとこれから先も」
そう言いながら、目の前のフライドポテトを口に放り込むとビールで流し込んでいる。
司は、男の俺から見てもイイ男だと思う。でも、長い間付き合っていくうちに気づいた事があった。司の付き合い方は、浅く広くに見せかけて、実は狭く深くだ。
気に入った相手に見せる顔と、それ以外に見せる顔は全く違う。けれど、それ以外に該当する人間達は、実は司になんの興味も感情も持たれていない事に気づかないらしい。
こう言うのって、一歩引いてみた方が分かるんだろうなぁとは思う。
そしてもう一つ。
きっと司は、誰かを好きになる事に、自分で一線を引いている気がする。理由は分からないけど、そんな風に感じた。俺はそんな司を少し寂しくも思う。
早く、本当の司を見せられる誰かと出会えればいいのにって。
そして、それは自分にも関係あるような、そんな気がしている。司が幸せになるところを見届けなきゃ、自分も幸せになれないなんて気持ち、ちょっとした呪いだ。
「何笑ってんだよ」
目の前で訝しげに俺に問う司に、俺は笑いながら言う。
「ま、30代最後の年、いい年にしてよね」
「あ? まあ、そうだな。何かいい事あればいいけどな」
他人事の様に司は言って笑う。
俺はその顔を、誰か俺以外の、大切な人に見せる日が来る事を願いながら、また司とジョッキを合わせた。
まぁ2人共、まさか一年後に一変してるとは思ってなかったんだけど。
1年前を思い出しながら、司の40才の誕生日のその日、俺は一人家で乾杯をしていた。
さ、次は俺が幸せになる番かな?そう思いながら。
Fin
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