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☆番外編集☆
the first ……
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進路に悩んでいた高校2年生の秋。
いつものようにクラスの仲の良いコ達とお弁当を囲みながらの昼休みの事だった。
「ねぇねぇ、瑤子ちゃん。〇〇大いいなって言ってなかった?」
友だちの一人に私はそう尋ねられた。
色々悩みながらも、もう少し英語の勉強したいな、ってなって選択肢の一つとなっている〇〇大。今はもう一つの志望校〇〇女子大との二択になりつつある。
「あ、うん。言ったよ?」
「じゃあ今度学祭あるんだけど、よかったら一緒に行かない?」
確かにちょっと雰囲気知るのもいいな。それに、友達と行ったほうが楽しそうだ。
そしてやって来た学祭。
「凄い人だね」
「だね……」
初めて来る大学の学祭は、当たり前だけど高校とは比べ物にならないくらいの人出だった。
2人で圧倒されつつその門を潜り、渡されたパンフレットを眺める。たくさんの出店に展示、どこに行こうか悩んでしまう。
「どうする? 瑤子ちゃん」
同じ事を思ったようで、隣で友達が悩んでいた。
「とりあえず、適当に回ってみよっか」
そう言うと「そうだね」と返って来て、2人で当てもなく歩き出した。
あちこちから聞こえる呼び込みの声や流れる音楽。それに多少ビクビクしながら見て回る。実のところ、高校は数年前に女子高から共学に変わったばかりで女子のほうが圧倒的に多く、男の人にはちょっと慣れていない。それに、相手は自分より年上の大人の人だと思うと変に構えてしまう。
「ねーねー。君、可愛いね。どこの大学?」
そんなお世辞を無視し続けて、私は友達の影に隠れるように歩いた。
「瑤子ちゃん、さすがによく声かけられるねー。今日は一段と大人っぽいし、高校生には見えないもんね」
友達は、のほほんとそんな事を言う。
確かに今日の服装は、いつもより少しだけ大人っぽいのかも知れない。けど、お化粧なんてもちろんしてないし、これで大学生に見えるのかな?とも思う。
友達はすっかり学祭を楽しんでいるようで、さっきから笑顔でキャンパス内を歩いている。私も楽しまなきゃ、と思い直し、食べ歩きしつつ、構内を見て回った。
そして、ちょうど中庭のような場所に出て、向こう側の建物に移動しようとしたとき、それは起こった。
なんだか人が、特に女子が一方向に向かって大量に移動している。それに私たちは巻き込まれてしまったのだ。
「えっ? えっ!」
そう言っている間に、流れに逆らえなかった友達の姿は消えていた。
どうしたらいいの……?
途方に暮れていると、バッグから電話の着信音が聞こえてきた。
「もしもし⁈」
『あ、ゴメンね! 巻き込まれたんだけど、着いた先が何と私の好きなバンドのシークレットライブらしくて! 終わったらまた電話するからブラブラしてて!』
それだけ聞こえると、こちらが何か言う前に電話が切れてしまった。
さっきの人の波で持っていたパンフレットも何処へ行ってしまい、呆然としながら私は立ち尽くす。
仕方ない……。とりあえず何処か行ってみよ
そう思い直し、私は目の前の建物に入って行った。
…………?
適当に歩いてしまったせいで、私はすっかり迷子になっていた。しかも、今歩いている廊下には人気がない。
立ち入り禁止……だったのかな?
そう思いながらも出口を探して彷徨っていた。変に上の階に上がって来てしまったせいで階段も見当たらない。
一番奥なら階段あるかな?と進んで行くと、その先にようやく男の人の姿を見つけた。
ちょっと怖いけど、聞いてみよう。
そう思いその人を追いかけると、その人は奥の部屋に入って行ってしまう。そこまで来ても、窓には黒いカーテンがかかっていて、中の様子は全く見えなかった。
これ、開けてみる勇気はないなぁ……
扉の前で躊躇していると、扉が少しだけ開いた。けれど、部屋の中も真っ暗で何も見えなかった。
「おい。そこの女」
突然そう呼ばれて私はビクビクしながら顔を上げた。
「私……ですか?」
「今お前しかいねぇだろーが。お前、俺を探してんの?」
不思議な事を聞かれて、戸惑いながら返事をする。
「あの、私、迷子になって……。出口教えて貰えないですか?」
「何だよそれ。じゃあ、しばらくしたら、たぶん俺を探しに来るやつがいるから、尋ねられたら見なかったって答えてくれね? そいつら撒いてくれたら教えてやるよ」
姿の見えないその声がそう告げると、またピシャリとドアが閉められた。
えー……どうしたらいいのよー!
その場に突っ立ったまま、途方にくれていると、予告した通りに人がやって来た。今度は女の人が3人。こっちのほうが聞きやすいかも、と思っていたら、そのうちの1人が私に声を掛けてきた。
「ちょっと、そこのアンタ。ここで背の高い男見なかった? 物凄いイケメンの」
正直、顔は全く見ていないのでイケメンなのかはわからない。けれど、頼まれたからには仕方なく、「見てません」と素っ気なく答えた。
「あっそ」
それだけ言うとその人たちは踵を返す。
「あっ! あのっ!」
私だって聞きたいことあるのに、と声をかけるが、まるで聞こえていないように無視されてしまった。
大人の女子も怖いっ!
そう思いながら、私はその背中を見送っていた。
「あのっ。行きましたよ」
私は扉に近づくと、そう声を掛けてみる。やっぱりこの向こう側の人に聞くしかないし。
ややあって扉が開くと、現れた腕がすぐそばに立っていた私の手を引っ張り、部屋に引き摺り込んだ。
「えっ! 何?」
真っ暗な部屋。向こう側の窓に引かれたカーテンの隙間から、少しだけ光が漏れている。
私は掴まれた腕をそのまま引かれて座らせられ、何故かその胸に閉じ込められていた。
「何するんですか⁈」
私が踠きながら抗議すると、私の頭上からくぐもった笑い声が聞こえた。
「助かったからお礼でもしようかと思って」
「じゃ、じゃあ早く離して出口教えて下さい!」
そう言って顔を上げると、薄らとだけ見えていた顔の輪郭が近づいて来た。両手が私の顔を確かめるように添えられると、そのまま私の唇に何かが触れる。
何が起こってるのかわからないまま、その触れた何かは私の唇を喰むように動く。初めて感じる自分以外の熱。それが私の唇をなぞっている。
しばらくするとそれは離れ、笑うような声がする。
「何? キス、あんましたことねぇの?」
あんま……どころか全く初めてだ。けど、そんな事を言う余裕もない。
「……口、開けて?」
囁くようにそう言われて、私は何故かその声に導かれるように従う。
見えないからか、親指で唇を撫でられると「上出来」と声がして、また唇を塞がれる。
そして、少しだけ開いた隙間から、ヌルリと温かいものが侵入してくる。その今まで感じた事のない感覚に、思わず身動ぎすると、自分の口から聞いた事もないような声が漏れた。
「んっ……」
閉じていた歯列を舌でこじ開けられるようになぞられると、耐えられず開けてしまう。するとまたその奥へとゆっくりとそれは入って来た。
「んんんっ……」
体がビリビリして、思わず手元のシャツを握る。私の口の中では他人の舌が蠢き、私の舌を探し当て撫で始めた。
息も出来なくて苦しいのに、でも……気持ちいいと思ってしまう自分がいた。
初めてのキスが、顔もわからない相手で、しかもこんな大人のキスだなんて思ってもいなかった。
「ふっ……。うっ……ん」
時折自分から漏れる声を、何処か他人事のように聞きながら、私はされるがままにその行為に流されていた。
◆◆
「ごめんねー! 瑤子ちゃんお待たせ!」
ようやく友達と落ち合うと、やっと現実に引き戻された。
さっきは一体何だったんだろう? 夢?
そんな気持ちになる。
けど、やっぱり現実だったんだと思わせるように友達が私の顔を覗き込んだ。
「瑤子ちゃん、どうしたの? 顔、真っ赤だけど」
「へっ? あっ、あの、ちょっと人に酔ったかも」
私がそう言うと、友達は「そろそろ帰ろうか」と返して、私もコクコクと頷いて従った。
何回目かの進路希望調査。
私の気持ちはすっかり固まった。それを提出すると、担任の女性教師が意外そうに口を開いた。
「あら、こっちを第一希望にするのね。家からだと通学遠くない?」
私が書いたのは女子大の方。確かに家から通学するには少し遠い。
「大丈夫です。家出るのもOK貰ってるんで」
「そう。長森さんなら奨学金貰える成績だから頑張ってみたら?」
そう言われて笑顔で「ありがとうございます」と返して職員室をあとにした。
教室では、また友達がいつものようにワイワイお喋りをしている。
「あ、瑤子ちゃん! 進路決めた?」
「うん。女子大の方にする」
そう言うと友達は残念そうな顔を見せた。
「えー! 瑤子ちゃんと一緒に大学行きたかったな~」
そう言われても、私の決心は固い。だって……。あんなことをする人がいる大学に行くなんて、私にはハードル高すぎる。
大人しく女子大に通ってるほうがきっと心安らかだ。
私は苦笑いしながら、友達の顔を眺めるだけだった。
◆◆
「司~! 何ぼんやりしてるの?」
いつもぼんやりしている淳一にそう言われ、ちょっとムッとしながら俺は口を開く。
「なんでもねぇよ」
暗室のカーテンを開け窓の外を見ながら、確かに俺はぼんやりしていた。
アイツ……。何者だったんだろう
学祭の日、ここに連れ込んでキスをした相手。結局、顔を見る前に逃げられ、名前どころか顔も分からない。わかっているのは、唇の感触だけ。
中々に良かったんだけど
慣れては無さそうだったが、何故か気持ちがいいと感じたキスを思い出す。
柄にもねぇこと考えてんな、となんだか笑ってしまう。
「今度は笑ってる。気持ち悪っ!」
暗室内を片付けながら茉紀が俺に容赦なくそう言った。
「うるせーよ!!」
俺は立ち上がり、薬品の入っている棚に向かう。
「片付けたら俺は帰るからな」
「さっきまで働いてなかったのはアンタでしょーが!!」
茉紀の小言を聞き流しながら、別のことを考える。
またキスしたら、アイツだって気づくのか?
顔もわからない謎の女に想いを馳せながら、俺は薬品の入っていた空瓶を手に取った。
いつものようにクラスの仲の良いコ達とお弁当を囲みながらの昼休みの事だった。
「ねぇねぇ、瑤子ちゃん。〇〇大いいなって言ってなかった?」
友だちの一人に私はそう尋ねられた。
色々悩みながらも、もう少し英語の勉強したいな、ってなって選択肢の一つとなっている〇〇大。今はもう一つの志望校〇〇女子大との二択になりつつある。
「あ、うん。言ったよ?」
「じゃあ今度学祭あるんだけど、よかったら一緒に行かない?」
確かにちょっと雰囲気知るのもいいな。それに、友達と行ったほうが楽しそうだ。
そしてやって来た学祭。
「凄い人だね」
「だね……」
初めて来る大学の学祭は、当たり前だけど高校とは比べ物にならないくらいの人出だった。
2人で圧倒されつつその門を潜り、渡されたパンフレットを眺める。たくさんの出店に展示、どこに行こうか悩んでしまう。
「どうする? 瑤子ちゃん」
同じ事を思ったようで、隣で友達が悩んでいた。
「とりあえず、適当に回ってみよっか」
そう言うと「そうだね」と返って来て、2人で当てもなく歩き出した。
あちこちから聞こえる呼び込みの声や流れる音楽。それに多少ビクビクしながら見て回る。実のところ、高校は数年前に女子高から共学に変わったばかりで女子のほうが圧倒的に多く、男の人にはちょっと慣れていない。それに、相手は自分より年上の大人の人だと思うと変に構えてしまう。
「ねーねー。君、可愛いね。どこの大学?」
そんなお世辞を無視し続けて、私は友達の影に隠れるように歩いた。
「瑤子ちゃん、さすがによく声かけられるねー。今日は一段と大人っぽいし、高校生には見えないもんね」
友達は、のほほんとそんな事を言う。
確かに今日の服装は、いつもより少しだけ大人っぽいのかも知れない。けど、お化粧なんてもちろんしてないし、これで大学生に見えるのかな?とも思う。
友達はすっかり学祭を楽しんでいるようで、さっきから笑顔でキャンパス内を歩いている。私も楽しまなきゃ、と思い直し、食べ歩きしつつ、構内を見て回った。
そして、ちょうど中庭のような場所に出て、向こう側の建物に移動しようとしたとき、それは起こった。
なんだか人が、特に女子が一方向に向かって大量に移動している。それに私たちは巻き込まれてしまったのだ。
「えっ? えっ!」
そう言っている間に、流れに逆らえなかった友達の姿は消えていた。
どうしたらいいの……?
途方に暮れていると、バッグから電話の着信音が聞こえてきた。
「もしもし⁈」
『あ、ゴメンね! 巻き込まれたんだけど、着いた先が何と私の好きなバンドのシークレットライブらしくて! 終わったらまた電話するからブラブラしてて!』
それだけ聞こえると、こちらが何か言う前に電話が切れてしまった。
さっきの人の波で持っていたパンフレットも何処へ行ってしまい、呆然としながら私は立ち尽くす。
仕方ない……。とりあえず何処か行ってみよ
そう思い直し、私は目の前の建物に入って行った。
…………?
適当に歩いてしまったせいで、私はすっかり迷子になっていた。しかも、今歩いている廊下には人気がない。
立ち入り禁止……だったのかな?
そう思いながらも出口を探して彷徨っていた。変に上の階に上がって来てしまったせいで階段も見当たらない。
一番奥なら階段あるかな?と進んで行くと、その先にようやく男の人の姿を見つけた。
ちょっと怖いけど、聞いてみよう。
そう思いその人を追いかけると、その人は奥の部屋に入って行ってしまう。そこまで来ても、窓には黒いカーテンがかかっていて、中の様子は全く見えなかった。
これ、開けてみる勇気はないなぁ……
扉の前で躊躇していると、扉が少しだけ開いた。けれど、部屋の中も真っ暗で何も見えなかった。
「おい。そこの女」
突然そう呼ばれて私はビクビクしながら顔を上げた。
「私……ですか?」
「今お前しかいねぇだろーが。お前、俺を探してんの?」
不思議な事を聞かれて、戸惑いながら返事をする。
「あの、私、迷子になって……。出口教えて貰えないですか?」
「何だよそれ。じゃあ、しばらくしたら、たぶん俺を探しに来るやつがいるから、尋ねられたら見なかったって答えてくれね? そいつら撒いてくれたら教えてやるよ」
姿の見えないその声がそう告げると、またピシャリとドアが閉められた。
えー……どうしたらいいのよー!
その場に突っ立ったまま、途方にくれていると、予告した通りに人がやって来た。今度は女の人が3人。こっちのほうが聞きやすいかも、と思っていたら、そのうちの1人が私に声を掛けてきた。
「ちょっと、そこのアンタ。ここで背の高い男見なかった? 物凄いイケメンの」
正直、顔は全く見ていないのでイケメンなのかはわからない。けれど、頼まれたからには仕方なく、「見てません」と素っ気なく答えた。
「あっそ」
それだけ言うとその人たちは踵を返す。
「あっ! あのっ!」
私だって聞きたいことあるのに、と声をかけるが、まるで聞こえていないように無視されてしまった。
大人の女子も怖いっ!
そう思いながら、私はその背中を見送っていた。
「あのっ。行きましたよ」
私は扉に近づくと、そう声を掛けてみる。やっぱりこの向こう側の人に聞くしかないし。
ややあって扉が開くと、現れた腕がすぐそばに立っていた私の手を引っ張り、部屋に引き摺り込んだ。
「えっ! 何?」
真っ暗な部屋。向こう側の窓に引かれたカーテンの隙間から、少しだけ光が漏れている。
私は掴まれた腕をそのまま引かれて座らせられ、何故かその胸に閉じ込められていた。
「何するんですか⁈」
私が踠きながら抗議すると、私の頭上からくぐもった笑い声が聞こえた。
「助かったからお礼でもしようかと思って」
「じゃ、じゃあ早く離して出口教えて下さい!」
そう言って顔を上げると、薄らとだけ見えていた顔の輪郭が近づいて来た。両手が私の顔を確かめるように添えられると、そのまま私の唇に何かが触れる。
何が起こってるのかわからないまま、その触れた何かは私の唇を喰むように動く。初めて感じる自分以外の熱。それが私の唇をなぞっている。
しばらくするとそれは離れ、笑うような声がする。
「何? キス、あんましたことねぇの?」
あんま……どころか全く初めてだ。けど、そんな事を言う余裕もない。
「……口、開けて?」
囁くようにそう言われて、私は何故かその声に導かれるように従う。
見えないからか、親指で唇を撫でられると「上出来」と声がして、また唇を塞がれる。
そして、少しだけ開いた隙間から、ヌルリと温かいものが侵入してくる。その今まで感じた事のない感覚に、思わず身動ぎすると、自分の口から聞いた事もないような声が漏れた。
「んっ……」
閉じていた歯列を舌でこじ開けられるようになぞられると、耐えられず開けてしまう。するとまたその奥へとゆっくりとそれは入って来た。
「んんんっ……」
体がビリビリして、思わず手元のシャツを握る。私の口の中では他人の舌が蠢き、私の舌を探し当て撫で始めた。
息も出来なくて苦しいのに、でも……気持ちいいと思ってしまう自分がいた。
初めてのキスが、顔もわからない相手で、しかもこんな大人のキスだなんて思ってもいなかった。
「ふっ……。うっ……ん」
時折自分から漏れる声を、何処か他人事のように聞きながら、私はされるがままにその行為に流されていた。
◆◆
「ごめんねー! 瑤子ちゃんお待たせ!」
ようやく友達と落ち合うと、やっと現実に引き戻された。
さっきは一体何だったんだろう? 夢?
そんな気持ちになる。
けど、やっぱり現実だったんだと思わせるように友達が私の顔を覗き込んだ。
「瑤子ちゃん、どうしたの? 顔、真っ赤だけど」
「へっ? あっ、あの、ちょっと人に酔ったかも」
私がそう言うと、友達は「そろそろ帰ろうか」と返して、私もコクコクと頷いて従った。
何回目かの進路希望調査。
私の気持ちはすっかり固まった。それを提出すると、担任の女性教師が意外そうに口を開いた。
「あら、こっちを第一希望にするのね。家からだと通学遠くない?」
私が書いたのは女子大の方。確かに家から通学するには少し遠い。
「大丈夫です。家出るのもOK貰ってるんで」
「そう。長森さんなら奨学金貰える成績だから頑張ってみたら?」
そう言われて笑顔で「ありがとうございます」と返して職員室をあとにした。
教室では、また友達がいつものようにワイワイお喋りをしている。
「あ、瑤子ちゃん! 進路決めた?」
「うん。女子大の方にする」
そう言うと友達は残念そうな顔を見せた。
「えー! 瑤子ちゃんと一緒に大学行きたかったな~」
そう言われても、私の決心は固い。だって……。あんなことをする人がいる大学に行くなんて、私にはハードル高すぎる。
大人しく女子大に通ってるほうがきっと心安らかだ。
私は苦笑いしながら、友達の顔を眺めるだけだった。
◆◆
「司~! 何ぼんやりしてるの?」
いつもぼんやりしている淳一にそう言われ、ちょっとムッとしながら俺は口を開く。
「なんでもねぇよ」
暗室のカーテンを開け窓の外を見ながら、確かに俺はぼんやりしていた。
アイツ……。何者だったんだろう
学祭の日、ここに連れ込んでキスをした相手。結局、顔を見る前に逃げられ、名前どころか顔も分からない。わかっているのは、唇の感触だけ。
中々に良かったんだけど
慣れては無さそうだったが、何故か気持ちがいいと感じたキスを思い出す。
柄にもねぇこと考えてんな、となんだか笑ってしまう。
「今度は笑ってる。気持ち悪っ!」
暗室内を片付けながら茉紀が俺に容赦なくそう言った。
「うるせーよ!!」
俺は立ち上がり、薬品の入っている棚に向かう。
「片付けたら俺は帰るからな」
「さっきまで働いてなかったのはアンタでしょーが!!」
茉紀の小言を聞き流しながら、別のことを考える。
またキスしたら、アイツだって気づくのか?
顔もわからない謎の女に想いを馳せながら、俺は薬品の入っていた空瓶を手に取った。
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