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☆番外編1☆

それまでとそれからと 6.

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家に帰り寝室の扉を開けて中の様子を伺うと、ベッドの上で瑤子は蹲っていた。

「大丈夫か?」

近づいて嘔吐している瑤子の背中をさする。

「おか……えり……」

苦しそうに下を向いたまま、瑤子はそう言ってからまた苦しそうにえづいている。固形物は受け付けなくて、すでに戻すのは水分だけ。それももう胃液に変わっている。
ようやく落ち着いたのか、さっきまで上下させていた背中の動きがゆっくりになった。

「俺が……代わってやれたらいいのに」

体を起こして俺を見る瑤子の顔は、青白く見ていられないくらいにやつれていた。

「何言ってるのよ……。司がこんなになったら誰が代わりをするの?」

力なく笑みを浮かべて瑤子はそう言う。

「俺の代わりなんていくらでもいるだろ……」

そう答えて俺は瑤子の手を取って握りしめる。その左手から今は指輪は外されている。浮腫んで抜けなくなるかも知れないからと、その時瑤子は俺に申し訳なさそうに謝っていた。

「そんな事ないよ。司の写真は司しか撮れないでしょ?」

まだ気持ち悪いのか、無理矢理作ったような笑みを見せて瑤子は俺に言う。

「俺にとって……お前の代わりなんて何処にもいない。でも、何もしてやれねーのが悔しいし……不安で押し潰されそうなんだ」

瑤子の顔を見ることが出来ず、握った手を見つめながら、俺は今の心境を吐露していた。
瑤子はそれを聞いて、握った手の片方を外して俺の頭をそっと撫でた。

「私も不安だらけ。この悪阻、いつまで続くのかな、とか、赤ちゃんはちゃんと育ってるかな、とか、……私が親になれるのかな?って」

そう言われ俺は顔を上げて瑤子の顔を見た。

「司も……きっと同じ様な事考えてたでしょ?」

俺はそれに頷いて返してから口を開く。

「考えてた。けど……思ったんだ。俺だって最初から思うような写真を撮れたわけじゃない。経験積んで、挫折もして、それを乗り越えてようやく何とか思うものが撮れるようになってきたって。今でも100%満足するものなんて撮れねーけど、親になるのも一緒なのかもなって」
「うん。本当にそう。最初から100%満足できる子育てなんてできるないわけないよね?だから……」

そう言うと、瑤子は慈愛に満ちた微笑みを俺に向けた。

「一緒に親になって行こうね」

そんな一言で、一瞬にして霧が晴れる。
瑤子とならきっと……、俺も親になっていけるだろう。
そんな事を思いながら、「あぁ。そうだな」と俺も笑って返した。

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