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☆番外編1☆
それまでとそれからと 1.
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──春。
3月も下旬になると、段々と暖かい日が増えてきた。春眠暁を覚えずじゃないけど、最近なんだか眠たい。
起きなきゃと思いつつ、もうちょっとくらいいいかと私はベッドに潜り込んだままウトウトしていると、部屋のドアが開く気配がした。
「まだ寝るのか?」
ベッドに腰掛けた司が、サラサラと私の髪を撫でながら尋ねる。
「起きる……。今何時?」
「10時過ぎ」
「……もうそんな時間?」
そう言いながらも、なんだか体が重くって起き上がれない。とりあえず瞼だけなんとか開けてボケっとしていると、司が笑いながら顔を近づけて来た。
「なんつー顔してんだよ。さすがに抱えては行けないからな?」
そんな事を言いながら、司は私の頬に唇を落とした。
「分かってるって!」
いくらなんでも司に抱えられて登場はしたくない。両家の顔合わせを兼ねた食事会に。
『さすがに籍も入れたのにご挨拶しないって言うのも失礼だし、ご両親やご兄弟にご挨拶したくて。都合の良い日はないかしら?』
……と言う電話がまどかさんからあったのは、入籍した日の翌日。
確かに親戚になるのに紹介くらいしておかないと、と私は慌てて実家に連絡した。
母には『あら、まだ籍入れてなかったの?』なんて他人事のように言われ、妹の美沙には『えっ!またあのイケメン拝めるの⁈ラッキー!』って……。義兄になったんですけど?と私は呆れ果てていた。そしてこのミーハーな2人に、私は物凄く心配している事があった。
なにしろ、家に挨拶に来た司をドン引きさせた2人だ。今度も何をしでかすか分からない。
「いい?これから親戚としてお付き合いしていくんだから、あんまり恥ずかしい姿みせないでよね?目の前にどんな人が現れたとしても!」
私はそう言って母と妹に釘を刺す。
ただでさえ顔の良い一族を前にして、舞い上がらない方が難しいと思う。その上、2人が今熱狂的とも言える程ハマっている芸能人の関係者が目の前にいるのがバレたら厄介だ。
私も実家に帰るまで知らなかったこと。2人は今、響君……いや、kyo君のファンなのだ。家のリビングには、kyo君のカレンダーが貼ってあり、それを見た司は笑いを噛み殺していた。
「何笑ってるのよ?」
司にこそっと耳打ちすると、「だってあれ、希海が撮ったやつだろ?笑えるだろーが」なんて返ってきた。
絶対に言えない。
私はkyo君の事をよく知ってるし、その写真を撮ったのはこの人の甥っ子です、なんて口が裂けても言えない。私は実家でそんな事を考えていたのだった。
顔合わせは、いつものあのホテルの和食レストランの個室で行われることになっていた。
よくよく話を聞くと、長門家とは昔から付き合いのあるホテルなんだとか。司がここに住んでいた時、仲良さげに話していた人が実は支配人だったらしく、次元の違う話にそれを聞いた時私はポカンとしてしまった。その顔を見た司にひとしきり笑われて、それはそれは居た堪れない気持ちになったのだった。
とりあえず、うちの家族とは待ち合わせをロビーにして、私だけが緊張しながら司と家を出た。何か粗相でもするんじゃないかとずっと心配していたからか、ここのところずっと胃の調子が悪いし今日はズキズキと痛む。
「大丈夫か?顔色悪いけど」
何度も訪れた事のあるホテルの地下駐車場に車を停めるとシートベルトを外し、司は心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫……だと……思う。とりあえず今日を無事に過ごす事だけ考えるよ」
「あんま無理するなよ?」
そう言って司は私の顔をそっと撫でると、当たり前のように自分の顔を近づけて来る。
「なっっ……!」
……にするつもり⁈と言う前にもう唇は塞がれている。いくら控えめな色にしたと言っても家を出る前に塗ったばかりの口紅は台無しだし、自分の唇にも色が移るとか司は考えないんだろうか。
そんな事を考えてみたけど、考えるわけないか、司だもん。なんて結論が出る。それに、結局私も、自分の欲望に忠実だと言うこの人に絆されてつい応えてしまう。そしてそんな司を、可愛いなぁ、なんて思ってしまうんだから私も重症だ。
肌の感触を確かめるように、私の頰を撫でながら唇を重ねている司の髪にそっと触れる。猫っ毛の柔らかな手触りが心地良くて、されるがままに司からのキスを受け止めて私はその髪を撫でていた。
「もっと嫌がるのかと思ったのに」
フッと息を漏らして笑いながら、司は顔を上げた途端そんな事を言う。
「嫌がったところで無駄でしょ?」
「まぁな。それに、嫌じゃねーだろ?」
久しぶりに見せる不敵な笑みを浮かべて、司は当たり前のように言って退ける。私はそれに呆れながら大きく息を吐き出した。
「あのねぇ!嫌じゃないけど時と場合を考えてくれる?」
「いいだろ?誰もいねーし。それに俺達、新婚さんだぞ?これくらい許されるだろ?」
そう口にしている司の方が可笑しそうに笑い、私は呆れ果てたまま冷ややかな眼差しでその顔を眺めた。
「言ってて恥ずかしくないの?」
「いーや?全然」
得意満面に司はそう言ったかと思うと、「塗り直す前にもう一回な」と、あっという間に私は唇を塞がれた。
3月も下旬になると、段々と暖かい日が増えてきた。春眠暁を覚えずじゃないけど、最近なんだか眠たい。
起きなきゃと思いつつ、もうちょっとくらいいいかと私はベッドに潜り込んだままウトウトしていると、部屋のドアが開く気配がした。
「まだ寝るのか?」
ベッドに腰掛けた司が、サラサラと私の髪を撫でながら尋ねる。
「起きる……。今何時?」
「10時過ぎ」
「……もうそんな時間?」
そう言いながらも、なんだか体が重くって起き上がれない。とりあえず瞼だけなんとか開けてボケっとしていると、司が笑いながら顔を近づけて来た。
「なんつー顔してんだよ。さすがに抱えては行けないからな?」
そんな事を言いながら、司は私の頬に唇を落とした。
「分かってるって!」
いくらなんでも司に抱えられて登場はしたくない。両家の顔合わせを兼ねた食事会に。
『さすがに籍も入れたのにご挨拶しないって言うのも失礼だし、ご両親やご兄弟にご挨拶したくて。都合の良い日はないかしら?』
……と言う電話がまどかさんからあったのは、入籍した日の翌日。
確かに親戚になるのに紹介くらいしておかないと、と私は慌てて実家に連絡した。
母には『あら、まだ籍入れてなかったの?』なんて他人事のように言われ、妹の美沙には『えっ!またあのイケメン拝めるの⁈ラッキー!』って……。義兄になったんですけど?と私は呆れ果てていた。そしてこのミーハーな2人に、私は物凄く心配している事があった。
なにしろ、家に挨拶に来た司をドン引きさせた2人だ。今度も何をしでかすか分からない。
「いい?これから親戚としてお付き合いしていくんだから、あんまり恥ずかしい姿みせないでよね?目の前にどんな人が現れたとしても!」
私はそう言って母と妹に釘を刺す。
ただでさえ顔の良い一族を前にして、舞い上がらない方が難しいと思う。その上、2人が今熱狂的とも言える程ハマっている芸能人の関係者が目の前にいるのがバレたら厄介だ。
私も実家に帰るまで知らなかったこと。2人は今、響君……いや、kyo君のファンなのだ。家のリビングには、kyo君のカレンダーが貼ってあり、それを見た司は笑いを噛み殺していた。
「何笑ってるのよ?」
司にこそっと耳打ちすると、「だってあれ、希海が撮ったやつだろ?笑えるだろーが」なんて返ってきた。
絶対に言えない。
私はkyo君の事をよく知ってるし、その写真を撮ったのはこの人の甥っ子です、なんて口が裂けても言えない。私は実家でそんな事を考えていたのだった。
顔合わせは、いつものあのホテルの和食レストランの個室で行われることになっていた。
よくよく話を聞くと、長門家とは昔から付き合いのあるホテルなんだとか。司がここに住んでいた時、仲良さげに話していた人が実は支配人だったらしく、次元の違う話にそれを聞いた時私はポカンとしてしまった。その顔を見た司にひとしきり笑われて、それはそれは居た堪れない気持ちになったのだった。
とりあえず、うちの家族とは待ち合わせをロビーにして、私だけが緊張しながら司と家を出た。何か粗相でもするんじゃないかとずっと心配していたからか、ここのところずっと胃の調子が悪いし今日はズキズキと痛む。
「大丈夫か?顔色悪いけど」
何度も訪れた事のあるホテルの地下駐車場に車を停めるとシートベルトを外し、司は心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫……だと……思う。とりあえず今日を無事に過ごす事だけ考えるよ」
「あんま無理するなよ?」
そう言って司は私の顔をそっと撫でると、当たり前のように自分の顔を近づけて来る。
「なっっ……!」
……にするつもり⁈と言う前にもう唇は塞がれている。いくら控えめな色にしたと言っても家を出る前に塗ったばかりの口紅は台無しだし、自分の唇にも色が移るとか司は考えないんだろうか。
そんな事を考えてみたけど、考えるわけないか、司だもん。なんて結論が出る。それに、結局私も、自分の欲望に忠実だと言うこの人に絆されてつい応えてしまう。そしてそんな司を、可愛いなぁ、なんて思ってしまうんだから私も重症だ。
肌の感触を確かめるように、私の頰を撫でながら唇を重ねている司の髪にそっと触れる。猫っ毛の柔らかな手触りが心地良くて、されるがままに司からのキスを受け止めて私はその髪を撫でていた。
「もっと嫌がるのかと思ったのに」
フッと息を漏らして笑いながら、司は顔を上げた途端そんな事を言う。
「嫌がったところで無駄でしょ?」
「まぁな。それに、嫌じゃねーだろ?」
久しぶりに見せる不敵な笑みを浮かべて、司は当たり前のように言って退ける。私はそれに呆れながら大きく息を吐き出した。
「あのねぇ!嫌じゃないけど時と場合を考えてくれる?」
「いいだろ?誰もいねーし。それに俺達、新婚さんだぞ?これくらい許されるだろ?」
そう口にしている司の方が可笑しそうに笑い、私は呆れ果てたまま冷ややかな眼差しでその顔を眺めた。
「言ってて恥ずかしくないの?」
「いーや?全然」
得意満面に司はそう言ったかと思うと、「塗り直す前にもう一回な」と、あっという間に私は唇を塞がれた。
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