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部屋には、司と私、そしてお母様の3人だけ取り残された。静まり返った部屋で、ただ静かに時計が時を刻む音だけが響いていた。

はぁっ……と肩を落とし深く息を吐き出すと、司はソファに身を投げ出す。
そして突っ立ったままの私を、座るよう促すかのように黙って手を引いた。私がそこに座っても、手だけ握りしめたまま司はこちらを見ようとしなかった。

「……いつから……考えてた」

握った私の指に力を込めると、ようやく司はポツリと言葉を発した。

「司が……私と結婚するって言ってくれてすぐ……」

と言っても、その時はまだボンヤリとしか考えていなかった。長門家のしている事業の話を司やまどかさんから聞いて、もしかしたら自分の持っているものが役に立つかも知れない、そう思った。でも、自分だけじゃ確信出来なくて、だからまどかさんに相談したのだ。

「お前がこの家の犠牲になることないだろ!」

顔を上げて悲痛な表情を見せる司は、あの時のまどかさんと同じ事を私に言う。けれど、きっと言われるだろうと予想したその言葉を、私は笑みを浮かべて否定した。

「犠牲じゃないよ?私は司の写真が好きなの。本当はずっと側で支えていたかった。でもそれは……私じゃ無くても出来る……。でも、司が安心して写真を続けるために、私は私にしか出来ない事をしようって、そう思っただけ」

私が言うのを、司は泣き出しそうに顔を歪めて見ている。

「司は自分のしたい事をしてくれたらそれでいいんだよ?私がどんな形だってそれを支えるから。だから、私の事も支えてね?」

座ったまま、空いていた左手をそっと頬に当てると、司はそれに自分の手を重ねる。

「お前は……もうずっと俺を支えてくれてるよ」

そう力無く笑う司に、私は精一杯の笑顔を見せる。

「これからも、だよ?」

そんな私達をどんな気持ちで見ていたのか、不意に背中からお母様が小さく溜め息を吐く気配がした。

「……私も……貴女くらい強ければ……何か変わったのかも知れませんね」

振り返ると、お母様は俯いたまま一点を見つめていた。その先には、春らしい綺麗な和菓子の皿がある。

「私は、強くないです。いえ、なかったです。意に沿わない力に流されて、一時は自分さえ見失いました。でも、そんな私を、私らしくしてくれたのは司です」

真っ直ぐにそこまで言うと、お母様は顔を上げる。その顔に先程までの冷たい雰囲気はなく、儚げで不安そうに瞳を揺らしていた。

「今からでも遅くないです。貴女が何を思ってきたか、司に話してみませんか?」

私のその言葉に、お母様は戸惑いながらも小さく頷いた。

「よろしければ……お茶を入れ直します。場所を変えませんか?」

お母様から提案されて、私が了承すると、縁側から続く和室に案内された。そこには立派な段飾りのお雛様があり、広い庭も一望出来た。

「あ!あれ?鯉のいる池って」

お母様がお茶の用意に行かれている間、私は縁側に立って庭を眺める。司は懐かしそうに私が指した方向に視線を向けた。

「ガキの頃はもっと大きく見えたのに、今みたらそうでもないんだな」
「鯉はまだいるのかな?」
「後で見に行くか?」
「うん。見たい」

さっきまでの不穏な空気など無かったように、司は私を見て笑ってくれる。私はそれだけで救われたような気持ちになった。

私が唯一、司に言えずに秘めていた事。それを明かした時、司は一体何と言うのだろうって、本当は不安だった。
でも、きっと私の気持ちを分かってくれたのだと思う。私は結婚してもこの家の犠牲になるつもりはない。司がこれからも見せてくれるだろう新しい世界を、ずっと隣で一緒に見るために、私はそうする事を選んだのだ。

「司、あのね?」

庭を眺めるその横顔を見上げて、私はそっと腕に凭れ掛かる。

「何だ?」
「司はね、今まで私の話をちゃんと聞いてくれたの。私のことを尊重してくれたから、私は何でも話す事が出来た」
「……あぁ」

遠くを見つめたまま、司はそう短く私に返した。そんな司に私は続ける。

「それに司も、ちゃんと自分の気持ちを私に話してくれたでしょう?私、嬉しかった。いつも言葉にして伝えてくれた事。……だから、ご両親にもそうして欲しいの。一方的でもいいから、司が今まで思ってきた事を伝えてみて欲しいな……」

いきなりは難しいかも知れない。私は、今まで司がご両親とどんな関係だったのか、いつからこんなに拗れてしまったのかも分からない。
でも、言葉にする事の大切さを私に教えてくれたのは他でもない、司だ。だから、私に対してしてくれた事を、ご両親にもしてみて欲しいと思う。

「お前から言われると、何か簡単に出来そうな気になってくるよ」

そう言って司は、目を細めて私の顔を覗き込んだ。

「うん。気楽にね」

笑って返す私に、司の顔は段々近づいて来る。

「えっ!ちょっとっ!」

そう言っているうちに唇を塞がれる。
いくらなんでもご実家の庭先で、いつお母様がいらっしゃるか分からないのに!と思っても、こうなった司が止まるわけはない。

「んんっ!あ、……まっっ!」

待ってと言わせてもらえないまま、舌までねじ込まれ、私はしばらく翻弄されていた。
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