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「本当に……瑤子ちゃんは、それでいいの?」

向かいで険しい表情を見せるまどかさんに、私は黙って頷いた。

2人で話がしたいと、警察署で偶然会ったまどかさんを誘って近くの喫茶店に入った。チェーン店ではない落ち着いた内装の店で、騒がしい客もいない。私はその雰囲気に合わすかのように静かに話を切り出して、まどかさんに聞いてもらいたかった事を全て打ち明けたのだった。

「私は……自分が目的もなくやっていたことが、もしかしたら、役に立つ時が来たのかも知れないって、そう思ってます」

司が私といる未来を選んでくれた時からずっと思っていたこと。
本当なら家を継がなくてはいけない司が、写真を続けて行くにはどうしたらいいのか、私は私が出来る事をずっと前から考えていた。

「瑤子ちゃんが長門家うちの犠牲になることないのよ?」
「……犠牲、だとは思ってません。でも、司もきっと同じ事を言うでしょうね」

私は口角を上げ笑みを見せてそう答える。
今まどかさんに話したことを、私はその時が来るまで司には言わないつもりでいる。言えば、きっと反対する。そして、まどかさんと同じ事を口にするだろうし、自分が犠牲になろうとするかも知れない。私の為に。
それだけは何があってもさせない。司が司らしくいられるのは、きっと写真があるからだと私は思っているのだから。

「わかったわ。瑤子ちゃんがそこまで言うなら私は協力する」

まどかさんも、ようやく笑顔を見せてそう言う。

「ありがとうございます。心強いです」

ようやくそこで、私はすっかり冷めてしまったコーヒーを口にした。

「いよいよね。さっき司とも話をしたんだけど、私、来月長門家うちを訪れる予定があるのよ。司もその日顔を出すって言ってたわよ?」
「そうなんですね。いつですか?」

まどかさんが口にした日を聞いて、春は近いんだなぁ何て、私は暢気に考えた。それよりもお母様の誕生日だと聞いて、慌て出した私に、まどかさんはお母様の好物を教えてくれたのだった。


それからその日まで、いつもの日常に戻った私達は、いたって平穏に過ごしていた。
寒さの厳しい雪のチラつく日もあれば、急に春めいた暖かい日もある。そんな風に季節の移り変わりを体感しながら、迎えたその日。
世間では桃の節句と言われる3月3日。それが司のお母様の誕生日だった。

数日前からソワソワしてしまい、司に半分呆れられながらやってきたその日は、麗かな春と言っていい良いお天気だった。

朝から着ていくものに悩み、どんな化粧をしようか悩んでいると、司は「なんでもいい」と投げやりに答えた。

「どうせ色眼鏡でしか見ようとしねーよ」

司はそう苦々しげに私に言う。その顔に私とは違う緊張感が走っているのを感じて、部屋を出て行こうとする司の背中をギュッと抱き締めた。

「私がついてるから。だから……少しだけでもいい。ご両親と向き合ってみて」

腰に手を回して、背中に顔を付けると司の体温が伝わってくる。その温かさを感じながら、私は自分の願いを口にした。
いきなり和解するなんて難しいと思う。それでも、ほんの少しでも、司が今までどんな気持ちでいたのかご両親に知って欲しい。本当は、ずっと苦しんできたんだってことを。

「……家の事になるとすぐ頭に血が昇るのは悪い癖だな。もう少し冷静にならねーと」
「それが分かっただけでも進歩だよ?」

背中越しに笑いながら言うと、司は私の腕を解いてクルリとこちらを向く。

「そうだな。お前は俺に色んな事を教えてくれるよな」

そう言って私を腰から引き寄せると、司は私の額に唇を落とす。司がよくするこの行動。私達の身長差から、そうしやすいだけなのかも知れないけど、本当に大事にされてるって感じるから、こうされるのは好きだ。
そんな事を思いながらその顔を見上げると、「そろそろ出るか。あの店、結構距離あるしな」と司は私に笑いかけた。

「うん。そうだね。今日はきっとドライブ日和だよ?」

私も笑顔でそう返す。
またこうやって、何気なく笑いあえるだけで幸せだ。ずっとずっと、いくつになっても、こうやって笑い合える夫婦になりたい。そんな事を私は思った。



まどかさんに教えて貰ったお店。そこは車で1時間程走った場所にあった。
お母様がお好きだと聞いた和菓子屋さん。今はもうお父様も車を運転なさらないから被る事はないだろう、とまどかさんは言っていた。
そしてその店に、幼い頃ご両親と訪れた事がある、と司は懐かしそうに言っていた。もしかしたら、そんな忘れていた小さな思い出が、司にとって悪いものばかりじゃないのかも知れないと感じた。

桃の節句用に作られた、見た目も美しい上生菓子を選び、私達は司の実家へ向かう。
その道すがら、時々思い出したように司はご両親との昔の話を私にした。
そこに現れるご両親の姿に、司を苦しませている面影などない。
私はそれに、春の兆しのようなものを感じながら、ただ黙って聞いていた。
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