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──不意に玄関のインターフォンがなる。
その時私は、仕事から帰って一人分の夕食を用意していた。
「はい」
そう言って出ると「俺だ」と機嫌の悪そうな声が聞こえて、私は慌てて玄関に走った。
ドアを開けると、声のトーン通りの顔をしてその人は立っていた。
「……今日は来ないのかと……思ってた」
いや、『来ない』と言っていた筈だ。
「何?急に来ちゃ都合悪いわけ?男でも連れ込んでるとかねーだろうな」
「ち、違うの。ちょっとびっくりしただけ」
征士から差し出された鞄を受け取りそう言うと、余計に顔を顰めてこちらを見た。
「飯。あるだろ?腹減ってんだけど」
それにドキリとしながら、私はぎこちなく笑顔を浮かべた。
「あ、うん。……簡単なもので申し訳ないんだけど……」
ソファの前で上着を脱ぎネクタイを緩めると、征士はワザとらしいくらい大きく息を吐き出した。
「本当、お前使えねーな」
そう吐き捨てると、征士はテレビを付けた。
本当にそうだ。もしかしたら征士が来るかも知れないって考えて、もう少し多めに作ればよかった。それに、拘りのある征士の為に、もうちょっとまともなものを作っておくんだった。
後悔しても遅い。征士の言う通り、私は使えない人間だ。
「何これ?野菜切るくらい出来ねぇの?揃ってないから火の通りがバラバラだろ?」
不機嫌な様子のまま、出来上がった野菜炒めを口に運びながら征士は言う。
「そう……かな?」
自分では気にはならないけれど、と思いながらついそう口に出すと、征士は私を睨みつけるようにこちらを見た。
「俺が言ってる事が間違ってるって言いたいわけ?」
「そんな事ない。ごめんなさい。今度は気をつけるから」
私がそう言うと「当たり前だろ?有難いと思えよ?俺はお前の事を思って言ってやってるんだからな」と私の方を見る事なくそう言った。
それから私は取り憑かれた様に正確に料理をするようになった。いつになってもダメだしばかり。それでも何も出来ない私が悪いんだって思い込んで、言われるままに従った。
けれどそれは呆気なく終わり、解放感より虚しさだけが私の中に残った。
しばらくぼんやりと職場を行き来するだけの日々が続いた。何をする気も起こらず、帰り道のコンビニで食べられそうなものを買って帰っていた。
ようやくちゃんと作ろうと思い立って、親子丼にでもしようかと玉ねぎを目の前に包丁を握った。
な……んで……?
包丁を握る自分の手が震えている。切ろうとすればするほど、その震えは大きくなっていった。
私は料理をする事が出来なくなり、そして、それだけでは済まなくなって行った。
「……子。……瑤子?」
ハッとして目が覚めると、ベッドに倒れ込むようにしてそのまま眠っていた私を、夕実ちゃんが心配そうに覗き込んでいた。
「夕実ちゃん……」
「うなされてた。大丈夫?」
横になったままの私の横に座り、夕実ちゃんがそっと私の腕をさすってくれた。
やっと、最近になって見なくなった征士の夢。
もう見たくないと思っているに、繰り返し、繰り返し夢に現れ、そして、私の心を痛めつけ、打ちのめしていた。
「お粥、出来てるよ?食べる?」
夕実ちゃんが、優しく私に尋ねる。
──きっと……大丈夫
自分にそう言い聞かせてゆっくり頷くと、夕実ちゃんは安心したように微笑んだ。
「温め直してくるね」
そう言って立ち上がった夕実ちゃんに、ふと気になって私は尋ねる。
「夕実ちゃん。今何時?」
「もうすぐ10時。……実は何度か長門さんから電話かかってたの」
そう言って、夕実ちゃんはサイドテーブルの上に置いている私のスマホに視線を送った。
「どうしようか迷ったんだけど、心配してるだろうからと思って取らせて貰った。勝手にごめん……」
本当に申し訳さなそうな夕実ちゃんに、私は「気にしないで。私の方こそ気を遣わせてごめんね」と謝った。
夕実ちゃんは、少し安心した顔を見せると続けた。
「長門さんには、もちろん今日の事は話してないよ?私が急に誘ってお茶してる途中に、瑤子は気分が悪くなってしまったから連れて帰ったって事にしてある。胃腸炎も流行ってるし、もしかしたらそうかも知れないって言ってあるから」
夕実ちゃんが、勝手に今日の事を話すなんて思っていないし、代わりに電話に出てくれて、それらしい理由を伝えてくれて助かった。
「司は……何か言ってた?」
「自分じゃ看病するのもままならないだろうから、世話かけるけどよろしくって。働き過ぎだからゆっくりしてろって、そう言ってたよ?」
それを聞いてホッとする。心配してるだろうけど、それでも夕実ちゃんといる事が分かって、少しは安心してくれている筈だ。
「良かった……」
私がそう呟いたのを見届けて、夕実ちゃんは部屋を後にした。
しばらくすると、お粥が入った小さな土鍋をのせたトレーを持って現れた。
「お待たせ。どう?起き上がれる?」
私はゆっくりと起き上がると、サイドテーブルに乗せられたトレーに向かい、レンゲを手にする。
少し震えてる手でお粥を掬い、自分の口元に運ぶ。
でも…………。怖い…………
食べたらまた、もどすんじゃないかって、食べ物を受け付けなくなったあの頃を思い出して、私は口を開ける事が出来なかった。
その時私は、仕事から帰って一人分の夕食を用意していた。
「はい」
そう言って出ると「俺だ」と機嫌の悪そうな声が聞こえて、私は慌てて玄関に走った。
ドアを開けると、声のトーン通りの顔をしてその人は立っていた。
「……今日は来ないのかと……思ってた」
いや、『来ない』と言っていた筈だ。
「何?急に来ちゃ都合悪いわけ?男でも連れ込んでるとかねーだろうな」
「ち、違うの。ちょっとびっくりしただけ」
征士から差し出された鞄を受け取りそう言うと、余計に顔を顰めてこちらを見た。
「飯。あるだろ?腹減ってんだけど」
それにドキリとしながら、私はぎこちなく笑顔を浮かべた。
「あ、うん。……簡単なもので申し訳ないんだけど……」
ソファの前で上着を脱ぎネクタイを緩めると、征士はワザとらしいくらい大きく息を吐き出した。
「本当、お前使えねーな」
そう吐き捨てると、征士はテレビを付けた。
本当にそうだ。もしかしたら征士が来るかも知れないって考えて、もう少し多めに作ればよかった。それに、拘りのある征士の為に、もうちょっとまともなものを作っておくんだった。
後悔しても遅い。征士の言う通り、私は使えない人間だ。
「何これ?野菜切るくらい出来ねぇの?揃ってないから火の通りがバラバラだろ?」
不機嫌な様子のまま、出来上がった野菜炒めを口に運びながら征士は言う。
「そう……かな?」
自分では気にはならないけれど、と思いながらついそう口に出すと、征士は私を睨みつけるようにこちらを見た。
「俺が言ってる事が間違ってるって言いたいわけ?」
「そんな事ない。ごめんなさい。今度は気をつけるから」
私がそう言うと「当たり前だろ?有難いと思えよ?俺はお前の事を思って言ってやってるんだからな」と私の方を見る事なくそう言った。
それから私は取り憑かれた様に正確に料理をするようになった。いつになってもダメだしばかり。それでも何も出来ない私が悪いんだって思い込んで、言われるままに従った。
けれどそれは呆気なく終わり、解放感より虚しさだけが私の中に残った。
しばらくぼんやりと職場を行き来するだけの日々が続いた。何をする気も起こらず、帰り道のコンビニで食べられそうなものを買って帰っていた。
ようやくちゃんと作ろうと思い立って、親子丼にでもしようかと玉ねぎを目の前に包丁を握った。
な……んで……?
包丁を握る自分の手が震えている。切ろうとすればするほど、その震えは大きくなっていった。
私は料理をする事が出来なくなり、そして、それだけでは済まなくなって行った。
「……子。……瑤子?」
ハッとして目が覚めると、ベッドに倒れ込むようにしてそのまま眠っていた私を、夕実ちゃんが心配そうに覗き込んでいた。
「夕実ちゃん……」
「うなされてた。大丈夫?」
横になったままの私の横に座り、夕実ちゃんがそっと私の腕をさすってくれた。
やっと、最近になって見なくなった征士の夢。
もう見たくないと思っているに、繰り返し、繰り返し夢に現れ、そして、私の心を痛めつけ、打ちのめしていた。
「お粥、出来てるよ?食べる?」
夕実ちゃんが、優しく私に尋ねる。
──きっと……大丈夫
自分にそう言い聞かせてゆっくり頷くと、夕実ちゃんは安心したように微笑んだ。
「温め直してくるね」
そう言って立ち上がった夕実ちゃんに、ふと気になって私は尋ねる。
「夕実ちゃん。今何時?」
「もうすぐ10時。……実は何度か長門さんから電話かかってたの」
そう言って、夕実ちゃんはサイドテーブルの上に置いている私のスマホに視線を送った。
「どうしようか迷ったんだけど、心配してるだろうからと思って取らせて貰った。勝手にごめん……」
本当に申し訳さなそうな夕実ちゃんに、私は「気にしないで。私の方こそ気を遣わせてごめんね」と謝った。
夕実ちゃんは、少し安心した顔を見せると続けた。
「長門さんには、もちろん今日の事は話してないよ?私が急に誘ってお茶してる途中に、瑤子は気分が悪くなってしまったから連れて帰ったって事にしてある。胃腸炎も流行ってるし、もしかしたらそうかも知れないって言ってあるから」
夕実ちゃんが、勝手に今日の事を話すなんて思っていないし、代わりに電話に出てくれて、それらしい理由を伝えてくれて助かった。
「司は……何か言ってた?」
「自分じゃ看病するのもままならないだろうから、世話かけるけどよろしくって。働き過ぎだからゆっくりしてろって、そう言ってたよ?」
それを聞いてホッとする。心配してるだろうけど、それでも夕実ちゃんといる事が分かって、少しは安心してくれている筈だ。
「良かった……」
私がそう呟いたのを見届けて、夕実ちゃんは部屋を後にした。
しばらくすると、お粥が入った小さな土鍋をのせたトレーを持って現れた。
「お待たせ。どう?起き上がれる?」
私はゆっくりと起き上がると、サイドテーブルに乗せられたトレーに向かい、レンゲを手にする。
少し震えてる手でお粥を掬い、自分の口元に運ぶ。
でも…………。怖い…………
食べたらまた、もどすんじゃないかって、食べ物を受け付けなくなったあの頃を思い出して、私は口を開ける事が出来なかった。
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