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34 side T
2.
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結局、レイ、瑤子、俺の順番で並んで座ると、ご満悦な様子でレイはニコニコと笑っていた。ここまでレイが上機嫌なのも珍しい。
そうしているうちに、ミュージカルは開演した。
数年前、睦月とここで見た作品。
その時の俺は、セットや舞台衣装には惹かれたものの、内容……いや、登場人物には全く興味が出なかった。
1人の女にあれほど執着して、そしてその女を手放す男になど。
だが、今になればそれが痛いほど分かる。
人間変わるときゃ変わるもんだよな……
なんて自虐的に笑う。
あの時分からなかった、1人の女をどうしようもなく手に入れたい思いも、人を愛することの葛藤も、すでに自分自身が知ってしまった。
けれど一つだけ、俺には出来なかった事がある。
この物語のクライマックス。その男が選んだのは、愛する者を、そいつの為に手放すこと。
それだけは、俺には出来ない。例えその方が瑤子の為だと言われても、それでも俺は、手放したくはない。どんなに足掻こうが、手放さない方法を考えるだろう。それが例え、自分の道を踏み外すことになっても……。
カーテンコールも終わり、スタンディングオベーションも収まった舞台を眺めながら、俺は柄にもなくそんな事を思っていた。
ふと隣を見ると、いつの間にか瑤子はレイと何か話している。
「ヨーコは本当に愛情深いね」
そう言ってレイは瑤子の顔を覗き込んでいる。
「え?」
瑤子がどんな顔してるか簡単に察しが付いて、俺は瑤子をこちらに向かせる。
正直、レイにはあまり見せたくない。
俺は自分のハンカチを取り出して、勝手に伝っているだろう瑤子の涙を拭った。
「ヨーコ。Phantomにあまり入れ込んじゃいけないよ?彼は……選択を誤った。だからこそ、手に入れられる筈のものを失ったんだ」
横からレイは、瑤子を諭すようにそう口にした。
瑤子はまだ濡れたままの睫毛を伏せると、「そう…だよね」とだけ呟く。
「そうだ。もうそんな顔するな。帰るぞ?早く帰らねーとサンタと鉢合わせだ」
俺が冗談めかしてそう言うと、ようやく瑤子は「そうだね。サンタさんと鉢合わせなんて大変!」と笑った。
もう間もなく日付けも変わる通りでタクシーを待つ。
「そうだツカサ。ご依頼のもの。出来てるよ?」
俺達を見送ると寒い中一緒に待っていたレイが俺に言う。
「ああ。また取りに……」
行く、と言う前に、何かがコートにねじ込まれた。
「は?」
唖然とする俺に、レイは今日一番の笑顔で笑った。
「ずっと持ってたし。今日いるでしょ?」
本当に、こいつは恐ろしい。そう思いながらレイの顔を眺めた。
「さすがに寒かったね」
家に着き玄関を入る頃、瑤子はガタガタと震えながらそう言っていた。
家の中の暖房は弱めて出たから、そう暖かくはない。
「ほら。暖炉付けるからあったまっとけ?コートはまだ脱がなくていいからな」
そう言って暖炉の薪に火をつけ、その前にあるラグに瑤子を座らせると、背中からブランケットを掛ける。
「ありがと。ちょっとましになって来た」
立っている俺を見上げて、瑤子はブランケットに包まったまま言った。
「何か飲むもん入れて来るよ」
そう言って俺はリビングを後にした。
キッチンには、ロイがこの季節になるとよく飲んでいたモルドワインがあったはずだ。
所謂ホットワインの事で、俺は最初から風味を付けて売られているそのワインを耐熱グラスに入れて、レンジに放り込んだ。
その合間に、さっきレイがポケットにねじ込んだものを取り出した。
いくらなんでも早すぎねーか?
テーブルの上にそれを置いて眺めながら思う。
俺が依頼したのは、ほんの2週間程前。普通に考えて3ヶ月はかかるだろうと思っていたが、いくら全部レイに任せたにしろ、それでも早すぎると思う。
まさか、箱だけっつー事ないよな?
開けて中身を見る勇気も出ず、とりあえずまたそれをポケットにしまい、俺はちょうど出来上がったワインをレンジから取り出してトレーに乗せた。
そうしているうちに、ミュージカルは開演した。
数年前、睦月とここで見た作品。
その時の俺は、セットや舞台衣装には惹かれたものの、内容……いや、登場人物には全く興味が出なかった。
1人の女にあれほど執着して、そしてその女を手放す男になど。
だが、今になればそれが痛いほど分かる。
人間変わるときゃ変わるもんだよな……
なんて自虐的に笑う。
あの時分からなかった、1人の女をどうしようもなく手に入れたい思いも、人を愛することの葛藤も、すでに自分自身が知ってしまった。
けれど一つだけ、俺には出来なかった事がある。
この物語のクライマックス。その男が選んだのは、愛する者を、そいつの為に手放すこと。
それだけは、俺には出来ない。例えその方が瑤子の為だと言われても、それでも俺は、手放したくはない。どんなに足掻こうが、手放さない方法を考えるだろう。それが例え、自分の道を踏み外すことになっても……。
カーテンコールも終わり、スタンディングオベーションも収まった舞台を眺めながら、俺は柄にもなくそんな事を思っていた。
ふと隣を見ると、いつの間にか瑤子はレイと何か話している。
「ヨーコは本当に愛情深いね」
そう言ってレイは瑤子の顔を覗き込んでいる。
「え?」
瑤子がどんな顔してるか簡単に察しが付いて、俺は瑤子をこちらに向かせる。
正直、レイにはあまり見せたくない。
俺は自分のハンカチを取り出して、勝手に伝っているだろう瑤子の涙を拭った。
「ヨーコ。Phantomにあまり入れ込んじゃいけないよ?彼は……選択を誤った。だからこそ、手に入れられる筈のものを失ったんだ」
横からレイは、瑤子を諭すようにそう口にした。
瑤子はまだ濡れたままの睫毛を伏せると、「そう…だよね」とだけ呟く。
「そうだ。もうそんな顔するな。帰るぞ?早く帰らねーとサンタと鉢合わせだ」
俺が冗談めかしてそう言うと、ようやく瑤子は「そうだね。サンタさんと鉢合わせなんて大変!」と笑った。
もう間もなく日付けも変わる通りでタクシーを待つ。
「そうだツカサ。ご依頼のもの。出来てるよ?」
俺達を見送ると寒い中一緒に待っていたレイが俺に言う。
「ああ。また取りに……」
行く、と言う前に、何かがコートにねじ込まれた。
「は?」
唖然とする俺に、レイは今日一番の笑顔で笑った。
「ずっと持ってたし。今日いるでしょ?」
本当に、こいつは恐ろしい。そう思いながらレイの顔を眺めた。
「さすがに寒かったね」
家に着き玄関を入る頃、瑤子はガタガタと震えながらそう言っていた。
家の中の暖房は弱めて出たから、そう暖かくはない。
「ほら。暖炉付けるからあったまっとけ?コートはまだ脱がなくていいからな」
そう言って暖炉の薪に火をつけ、その前にあるラグに瑤子を座らせると、背中からブランケットを掛ける。
「ありがと。ちょっとましになって来た」
立っている俺を見上げて、瑤子はブランケットに包まったまま言った。
「何か飲むもん入れて来るよ」
そう言って俺はリビングを後にした。
キッチンには、ロイがこの季節になるとよく飲んでいたモルドワインがあったはずだ。
所謂ホットワインの事で、俺は最初から風味を付けて売られているそのワインを耐熱グラスに入れて、レンジに放り込んだ。
その合間に、さっきレイがポケットにねじ込んだものを取り出した。
いくらなんでも早すぎねーか?
テーブルの上にそれを置いて眺めながら思う。
俺が依頼したのは、ほんの2週間程前。普通に考えて3ヶ月はかかるだろうと思っていたが、いくら全部レイに任せたにしろ、それでも早すぎると思う。
まさか、箱だけっつー事ないよな?
開けて中身を見る勇気も出ず、とりあえずまたそれをポケットにしまい、俺はちょうど出来上がったワインをレンジから取り出してトレーに乗せた。
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