127 / 247
30 side T
2.
しおりを挟む
今ではミッシェルと呼ばれているその女優と出会ったのは、もう10年以上前。アイツが中学生の頃だった。
その時の俺は、仕事は軌道に乗っていたものの、何となくやるせなさの様なものを感じていたのだと思う。
急に思い立ち、当てもなく高速を走らせて辿り着いたドの付く田舎。そこでたまたま見つけた小高い山の上にあった神社にいたのがアイツだった。
その日はカメラこそ持っていたが、本当は人を撮りたい気分ではなかった。だが、遠くから見えたアイツは、なんとなくその時しばらく会っていなかった香緒を思い出させたのだった。
しかも、アイツがモデルに憧れていると見せた雑誌の切り抜きは、俺の撮った香緒だった。その時点で数年前のものをお守り代わりと大事そうに持っていたアイツを、何となく気まぐれに撮ってやった。
ただそれだけの間柄。しかも、俺は名前を聞かれても答えなかった。ヒントは持っているのだから辿り着いて見せろと言って。正直、簡単じゃない事は分かっていた。雑誌から切り抜かれたそのページには、なんの情報も記載されていない事を俺は知っていた。
だから、まさか年月を経て俺の目の前に現れるなんて思ってもいなかった。
それに、アイツを俺に導いた紹介者。日本に帰る少し前、その紹介者のパートナーがやった占いがある。
『ツカサ。最近貴方の事を占うと運命の輪のカードがよく出るのよね。全ては必然。大事にしなさいよ』
それを聞いた時には流していた言葉が、今俺の頭に響いていた。
今日の撮影場所は、前に香緒や響を撮ったところと同じところ。
背景を気にする必要のない時は、あまり人の出入りのないあのビル内のスタジオは使い勝手が良い。だから、その後も何度か使っている。
午後になり、瑤子が「やっぱりお祝いの花束くらい用意したい」と、予定時間より少し早めに家を出た。
車を走らせている俺の横で、そわそわしたように瑤子は「あ~何か緊張するなぁ」と呟いていた。
「アイツ、そんなに有名人なのか?」
正直、ミッシェルの出ている映画を俺は見たことがない。
日本では、数年前に無名の日本人女性がハリウッド映画デビューと話題になっていたらしいが、俺はその時日本にいなかったし、向こうじゃ特段話題になるような事でもなく、俺は知らないままだった。
「司、本当に知らないんだ。私、てっきり知り合いなのかと思ってた」
瑤子は本当に意外といいたげな口調でそう言う。
確かに、俺に『プロモーション用の写真を撮影して欲しい』なんて依頼、何で俺を指名してきたんだと謎に思うのも無理はない。
「顔見知り程度だな」
「ふーん。こっちじゃ結構話題になったよ。私も映画見に行ったし。主役ではないけど、結構重要な役どころで……。凄く感動した覚えがあるなぁ」
しみじみと言う瑤子の声を聞きながら、俺はハンドルを動かす。
そのうち見てやるか、と思いながら、俺はスタジオに向けて車を走らせた。
途中で寄った花屋で、贈り物は瑤子に任せた。
散々悩んだ挙句、生の花は貰っても困るだろうからとプリザーブドフラワーのギフトを選んでいた。
スタジオのあるビルに着くと、それを持って駐車場からビルに入る。相変わらず寂れた感はあるが、やっぱり人の出入りは少ない。
そういや、ここに瑤子と来るのは……もしかして響を撮った時以来か?
俺は最近立て続けに来た気がするが、ここのところ瑤子と一緒に撮影に来ていない。瑤子の方も同じ事を考えていたようで、「何か凄く久しぶりだね。ここに来るの」と言いながらエントランスを潜っている。
「あ、差し入れ用の飲み物買って行っていい?」
1階にある自動販売機の置いてある小部屋のようなスペースの前まで来ると、瑤子は指を指してそう言った。
「あぁ」
俺がそう答えると、瑤子はそこに入って行く。その後ろ姿を見ながら、俺は前にここに来た時自分が何をしたかを思い出していた。
「瑤子」
俺が呼びかけると、バッグから財布を出そうとしていた瑤子の動きがピタリと止まる。
「こっち向いて」
俺の投げかけに、瑤子は背を向けたまま「やだ」と答える。
こいつ……薄々感づいてやがる
口角だけ上げて笑うと、持っていた紙袋を床に下ろして瑤子の肩に手を置く。
「何で?」
「い……嫌な予感しかしないから」
笑い出しそうなのを抑えながら、俺は瑤子の肩を回してこちらに向かせた。あの時と同じような、かわいくない化粧に黒縁眼鏡。でもその顔は、あの時のこの場所であった事を思い出したように、既に紅く染まっていた。
その時の俺は、仕事は軌道に乗っていたものの、何となくやるせなさの様なものを感じていたのだと思う。
急に思い立ち、当てもなく高速を走らせて辿り着いたドの付く田舎。そこでたまたま見つけた小高い山の上にあった神社にいたのがアイツだった。
その日はカメラこそ持っていたが、本当は人を撮りたい気分ではなかった。だが、遠くから見えたアイツは、なんとなくその時しばらく会っていなかった香緒を思い出させたのだった。
しかも、アイツがモデルに憧れていると見せた雑誌の切り抜きは、俺の撮った香緒だった。その時点で数年前のものをお守り代わりと大事そうに持っていたアイツを、何となく気まぐれに撮ってやった。
ただそれだけの間柄。しかも、俺は名前を聞かれても答えなかった。ヒントは持っているのだから辿り着いて見せろと言って。正直、簡単じゃない事は分かっていた。雑誌から切り抜かれたそのページには、なんの情報も記載されていない事を俺は知っていた。
だから、まさか年月を経て俺の目の前に現れるなんて思ってもいなかった。
それに、アイツを俺に導いた紹介者。日本に帰る少し前、その紹介者のパートナーがやった占いがある。
『ツカサ。最近貴方の事を占うと運命の輪のカードがよく出るのよね。全ては必然。大事にしなさいよ』
それを聞いた時には流していた言葉が、今俺の頭に響いていた。
今日の撮影場所は、前に香緒や響を撮ったところと同じところ。
背景を気にする必要のない時は、あまり人の出入りのないあのビル内のスタジオは使い勝手が良い。だから、その後も何度か使っている。
午後になり、瑤子が「やっぱりお祝いの花束くらい用意したい」と、予定時間より少し早めに家を出た。
車を走らせている俺の横で、そわそわしたように瑤子は「あ~何か緊張するなぁ」と呟いていた。
「アイツ、そんなに有名人なのか?」
正直、ミッシェルの出ている映画を俺は見たことがない。
日本では、数年前に無名の日本人女性がハリウッド映画デビューと話題になっていたらしいが、俺はその時日本にいなかったし、向こうじゃ特段話題になるような事でもなく、俺は知らないままだった。
「司、本当に知らないんだ。私、てっきり知り合いなのかと思ってた」
瑤子は本当に意外といいたげな口調でそう言う。
確かに、俺に『プロモーション用の写真を撮影して欲しい』なんて依頼、何で俺を指名してきたんだと謎に思うのも無理はない。
「顔見知り程度だな」
「ふーん。こっちじゃ結構話題になったよ。私も映画見に行ったし。主役ではないけど、結構重要な役どころで……。凄く感動した覚えがあるなぁ」
しみじみと言う瑤子の声を聞きながら、俺はハンドルを動かす。
そのうち見てやるか、と思いながら、俺はスタジオに向けて車を走らせた。
途中で寄った花屋で、贈り物は瑤子に任せた。
散々悩んだ挙句、生の花は貰っても困るだろうからとプリザーブドフラワーのギフトを選んでいた。
スタジオのあるビルに着くと、それを持って駐車場からビルに入る。相変わらず寂れた感はあるが、やっぱり人の出入りは少ない。
そういや、ここに瑤子と来るのは……もしかして響を撮った時以来か?
俺は最近立て続けに来た気がするが、ここのところ瑤子と一緒に撮影に来ていない。瑤子の方も同じ事を考えていたようで、「何か凄く久しぶりだね。ここに来るの」と言いながらエントランスを潜っている。
「あ、差し入れ用の飲み物買って行っていい?」
1階にある自動販売機の置いてある小部屋のようなスペースの前まで来ると、瑤子は指を指してそう言った。
「あぁ」
俺がそう答えると、瑤子はそこに入って行く。その後ろ姿を見ながら、俺は前にここに来た時自分が何をしたかを思い出していた。
「瑤子」
俺が呼びかけると、バッグから財布を出そうとしていた瑤子の動きがピタリと止まる。
「こっち向いて」
俺の投げかけに、瑤子は背を向けたまま「やだ」と答える。
こいつ……薄々感づいてやがる
口角だけ上げて笑うと、持っていた紙袋を床に下ろして瑤子の肩に手を置く。
「何で?」
「い……嫌な予感しかしないから」
笑い出しそうなのを抑えながら、俺は瑤子の肩を回してこちらに向かせた。あの時と同じような、かわいくない化粧に黒縁眼鏡。でもその顔は、あの時のこの場所であった事を思い出したように、既に紅く染まっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
288
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる