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その言葉に反応する様に、ポケットの中の司の指にキュッと力が入る。

「あの時?」

いつの事か心当たりがなくて、司を見上げて尋ねると、その場で立ち止まり、バツの悪そうな顔をして司は口を開いた。

「お前と一番最初に過ごした日。あん時睦月に聞いたんだ。どこ連れてきゃいいか」

すると、それに続いて岡田さんが私に見えるように顔を出した。

「そーそー。司にそんな事聞かれたの初めてでさ~。もしテーマパーク行くなら教えて~って言ったんだけど、さすがに行かなかったみたいだね」

「えっ……?ちょっと待って……」

それって、初めて私達が一緒に朝まで……と言うか、ずっと一緒にいたあの夏の日?そんなに前から、ちゃんと私の事考えてくれてたって事?

驚いて声も出せないまま司を見上げていると、司は私を見てふっと息を漏らした。

「もし、あん時にお前に行きたいって言われてたら、行ってたかもな。この俺が」

そう言って目を細めて笑う顔は、あの時と変わらない。変わらない事が今となってはこんなにも嬉しい。
今更だけど、きっとあの時すでにお互いが特別な存在だったんだって自覚してしまう。

「睦月。お前は先に帰れ」
「はーい。了解!2人とも風邪引くなよ~。おやすみ~」

明るい調子で去っていく岡田さんの声を、私は閉じ込められた司の腕の中で聞く。

「お前は……涙腺弱すぎだ」

そう言いながら、司は涙を零す私を宝物のように優しく抱きしめた。

◆◆

帰り道、私が落ち着くまで司はずっと抱きしめててくれて、それからゆっくり帰路に着いた。
帰るとすっかり体が冷え切ってて、すぐにお風呂のお湯を溜めて放り込まれた。1人でまったりお湯に浸かってたら、司は乱入して来たけど、何をされたわけでもなくちょっと拍子抜けしつつも、明日は撮影あるしなぁって納得して出た。先にベッドに潜り込んで本を読んでいると、司が遅れてやって来た。

「今日のうちに終わらせたいことあるから先に寝てていいぞ」

なんて言ってたのに……

「ちょっ……と……。んんっっ!」

読んでた本に栞を挟んで閉じた途端に、仰向けにされて唇が降ってくる。
触れるだけ、なんて可愛いものじゃなくて、齧られてるような濃厚なキス。

「ん……ぁっ……」

息も出来ないくらいに貪られて、合間に何とか息を吸う。

「あ、した……撮影…でしょ?」

いつもは外に出る仕事が入っている前日は求めてこない。
だから、私は完全に油断していたのだ。けど、今日はどうやらキスだけで終わらせる気はサラサラないのか、パジャマの中に手を滑り込ませている。

「何時からか忘れた?」

司はそう言いながら、早くも私のパジャマをたくし上げて、素肌に唇を這わせている。

「やっ……」

私はすでにぼうっとして来ている頭で、明日のスケジュールを思い出していた。

明日の撮影は、そう言えば司に直接オファーが来て、そのまま司が受けた案件だ。私はそれをスケジュールに組み込んだだけだった。
そう、最近撮影が多くてすっかり忘れていたが、確か開始時間はとっても異例の、夕方……

「……5時だ」

私がそう呟くと、「正解」と私の胸の上から司の声が聞こえくる。

普段なら、絶対に撮影を入れないような時間帯。でも、相手も忙しいだろうから、とその相手を知って妙に納得した記憶がある。

それにしても、いくら明日は時間があるからって何の前触れもなさすぎる。

「んんっっ!!」

身に付けていたナイトブラもすっかりたくし上げられて、現れた双房の片方の先端をキツく吸われと、無意識に声が漏れる。
もう片方も、大きな掌でやわやわと刺激され、すっかり私はその気にさせられてしまっていた。

「あっ……んっ……」

口に含まれた先端は、舌で刺激されて甘く疼く。
司はそのまま空いた手でパジャマの裾を掴むと、脱ぐよう誘導される。それに素直に従って上半身に付けているものを脱ぎ去ると、少しだけ冷たい空気に体が晒された。

その体を温めるように司の体が私の体に重なると、さっきとは違い、軽く触れるだけのキスをされてから、司が私の瞳を覗きこんだ。

その顔が、本当に愛おしそうに私を見ていて、私はまた泣きたくなるほど幸せな気持ちになった。

「さっき……。何で泣いた?」

顔を両手で包み込まれて、頬に優しく司の唇が触れる。

「……嬉しかったから。あの時私の事を考えてくれたこと。だって……そのまま帰すことだって、私の気持ちを無視して司が行きたいところに連れて行くことだって出来た筈でしょ?」

司の首にしがみついて、ギュウッと力を入れてそう言うと、唇は耳元に移動する。

「確かにな。けどあの時、俺はお前を帰す気はなかったし、お前が楽しそうにしてる顔が見たかった」

囁くようにそう言われて、その吐息が私の耳を擽る。
それに反応して小さく息を漏らすと、舌が耳に沿うように這う。

「ちょっとっっ……あっ……」

私だって伝えたい事があるのに、なかなかそうさせてくれない。

「司っ……。私……楽しかったよ……あの時。でも、すぐに飽きられるじゃないかって……怖かった……」

司からの愛撫を受けながら首に縋り付いて、あの時思っていた事を何とか口にする。

本当は、今でも少し怖い。

私は司の事を愛しているし、司もきっと同じ気持ちでいてくれている……と思う。
けれど不意に、いつか失ってしまうんじゃないかって心の何処で思っている自分がいる。

私の言葉を聞いて動作を一旦止めると、司は頭を持ち上げて私の顔を見下ろす。

「……今でも……怖いのか?」

思っている事を言い当てて尋ねる司は、見たことのないくらい悲痛な表情をしていて、私は思わず息を呑んだ。
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