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28 side T

2.

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遠慮なくそいつは俺の横に座ると、早速口を開いた。

「あのさ~。司、セキュリティ会社に知り合いっている?」
「なんだよお前、唐突だな」

水の入ったペットボトルの蓋を開けながら、俺は眉をひそめる。

「それがこの前あった飲み会にいた男がさ、なんとかってセキュリティ会社の役員だったんだけど。モデルしてるって言ったら司の事知らないかって」
「いや……知らねーな」

そんな奴に心当たりは無い。だが、学生時代の同級生あたりにはそんな奴がごろごろいそうだ。しかも、大学の時の知り合いなら、俺が写真やってる事を知っているやつも多い。

「ふーん。何か知ってる風の口ぶりだったけど、やけにしつこくて。恋人はいるかとか、連絡先知らないかとか。知ってても言わないっつーの」

まあ、実際にはこいつは俺に恋人がいるのかも、個人的な連絡先も知らないし聞かれた事もない。
だからそいつに聞かれたところで答えようはないのだが。

「そいつ、どんな奴だった?」
「えーと。顔は良かったよ?身長は司より10センチは低いかな。会社役員ってだけあっていいもの身につけてた」

何の参考にもならない事を女は言い、それから、ふと思いついたように口を開いてこう言った。

「でも、私はアイツ嫌いだな。顔は笑ってんのに、心の中は笑ってなかったもん」

まさか、うちの家の差し金って事はねーよな

俺に探りを入れるそいつに引っかかりを覚えながら、俺はカメラの準備を始めた。

撮影も順調に終わり、スマホを確認すると瑤子からメッセージが入っていた。

『打ち合わせは終わったので先に帰ります』

時間は30分程前だ。今から撤収しても完全に俺の方が遅くなる。
せめて最寄り駅に迎えに行きたかったんだけど、と思うが諦めて瑤子に『こっちは今終わった。もうすぐ出る』とだけ返信した。

家に帰ると、廊下に明かりが灯っていて瑤子が帰って来ているのが分かる。
玄関先で、キャメル色のチェスターコートを脱いでいると、その先の扉から瑤子が顔を出した。

「お帰りなさい」

パタパタと足音をさせて瑤子が俺の元までやって来る。

「ただいま」

そういえば……とふと気付く。
こうやって瑤子に出迎えられるのは初めてだった事を。
今まで一緒に帰って来るか、俺が家にいて瑤子が帰って来るかしかなかった。
靴を脱いでスリッパに履き替えると、コートを貰い受けるように瑤子が手を差し出してくれ、俺は素直に瑤子にコートを渡す。

「何か、新鮮だな」

俺はそう言うと瑤子を引き寄せて、軽く唇に触れた。

着替えをするために寝室に入ると、コートを持ったまま瑤子も俺の後に続いた。

「しっかし、あれだな。今度出迎えてくれるなら、エプロン姿がいいかな」

脱いだ上着をベッドの上に放り投げ、シャツのボタンを外しながらそう言うと、そこに立ったままの瑤子は不思議そうに首を傾げる。

「もうご飯の用意終わったから外しちゃったよ?」
「そうじゃなくて、エプロン1枚でってこと」

笑いながら答えると、瑤子の持っていたコートが俺に飛んできた。

「何考えてんのよ!変態っ!!」

俺はそれを落とさないように掴み取り、

「男なら誰でも考えるだろ?」

と笑いながらクローゼットに向かった。

「大体、あんな可愛げのないエプロンでしたってどうしようもないでしょうが!」

確かに瑤子が普段使っているのは、カフェの店員がしていそうなシンプルな黒いものだ。確かに可愛げはない。

「何?可愛げあるやつならやってくれるわけ?」

コートをかけ終わり、振り向いてそう言うと、瑤子は真っ赤な顔で叫ぶ。

「するわけないでしょ!ご飯っ!出来てるから早く着替えてよね!」

そう言って部屋から出て行くのを、俺は笑いながら見送った。


ダイニングテーブルには、カセットコンロに乗った土鍋。

先週、「そろそろお鍋したいけど、この家に土鍋がない」と瑤子がぼやいていたから買いに行ったばかりだ。確かに今日はいつもより冷え込んで、鍋をするにはちょうどいいかもしれない。

「出汁は私の独断で決めました!ちなみに市販のやつだから」

瑤子は取り皿や箸とともに、俺の前に缶ビールを置いた。

「何でもいいよ。お前が選んだんならどれでも美味いだろ」

そう言って俺は缶のプルタブを開けた。

「司はいっつもそう言うけど、好みはないの?結局、全部私が食べたいもの決めてるけど」
「ないって事はないけど、お前はちゃんと俺好みのやつ選んでるから安心しろ。と言うより、多分味の好みは似てるんだろーな」

鍋の蓋を開ける瑤子に俺はそう言うと、少し意外そうな顔を見せた。
鍋からは蒸気と共に、塩出汁のいい匂いがしてくる。

瑤子の好みは、醤油より塩。肉で一番好きなものは豚肉。魚ならマグロよりサーモン。意外と和菓子が好き。
一緒に住むようになって段々と知っていく姿。そんな姿をいつも微笑ましく見てしまう。
俺は、そんな瑤子に文句などないし、もっと知りたいといつも思っている。

「いい匂いするな」

俺がそう言うと、ハッとしたように瑤子は蓋を置き、「そうだね」と答えた。

その顔がほんの少しだけ泣き出しそうに揺らいで、またいつもの笑顔に戻ると、「食べよっか」と箸を持った。
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