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まだ他のみんなはあまり動かず、ゆっくりその場で話をしているのを横目に、私はツカツカと先に出口に向かう司の後を追った。
外に出ると爽やかな風が吹いていて、時折木々がザザッと音を立てている。
「こっち。来て」
司は私の手を引いて建物の裏手に回るように、扉の死角になっている通路に入って行く。
「どうしたの?」
細い通路の少し奥まで無言で進んで行く司に尋ねると、ようやく立ち止まりこっちを向いた。どんな表情をしているのか分からないまま、私は司の胸の中に閉じ込められた。
「今……。俺はお前に何を捨てさせた?」
「え?」
言葉の意味が分からず、そう呟いて顔を上げる。そこには苦しげな表情を見せる司の顔があった。
「さっき……、一瞬そんな顔した。お前は時々、何かを諦めたような顔をしてる。気付いてるか?」
少しの表情でそこまで気付いてしまうこの人には、隠し事なんて出来ないんだな……
そうだ。私は色々な事を諦めてしまうようになった。何も期待しなければ、手に入らなくても辛くないからと。それはすっかり悪癖となり、いつの間にか私に染み付いてしまっていた。
「ごめんなさい……」
そう口に出すと、背中に回る腕にまた力が入った。
「謝って欲しいわけじゃない。ただ、お前が何を思ったのか知りたい。それだけだ」
私は欲張りだ。ほんの少し前に司がいてくれるだけでいいって言ったばかりなのに、やっぱりそれ以上を望んでしまう。
「2人が……皆に祝福されてて羨ましいって思った……だけ」
私がそう言うと、両肩に優しく手を添えてゆっくり体を離される。
「俺達は、誰にも言えない関係だって思ってんの?誰も祝福してくれないような」
私は気持ちを言い当てられて、俯いたままゆっくり頷いた。
司から、はぁーっと深く息を漏れるのが聞こえて来た。
「お前が嫌がってそうだから俺は何も言わないつもりだったけど……。言っていいならそうする。少なくとも、今日ここにいる奴らは俺達の事をちゃんと認めてくれる」
そう言う司に、私はずっと心に引っかかっていた事を尋ねる。
「でも……。私たちその……セフレ……じゃないの?」
『仕事の関係』以外で私はこの関係を何と呼ぶのか、ずっと分からないでいた。
お互いに好きだって言い合って、凄く大事にして貰っているのは分かる。けど、ちゃんと何か言われたわけでもないし、かと言って改まって聞くのも怖かった。私は本当に臆病者だ。
だから、誰かに私を紹介してくれるなんて……考えてもなかった。
「…………お前、それ本気で言ってんの?」
冷たさを含むその声に、怒りのようなものを感じる。何も言えず、ただ立ち尽くしていると、司は私の左手を持ち上げた。
「そう思わせてたのは、全部俺が悪い。なし崩し的にお前を一緒に住まわせて、俺のものにした。今までそんな関係になったヤツもいなかったし、言わなくても分かってくれてるって勝手に思い込んでた」
そこまで言うと、司は上着のポケットに手を入れて、何かを取り出した。
「こんなところで、格好がつかないけど……」
そう言って持ち上げたままの私の左手に、私が付けた指輪が光る司の左手が重なって行く。
何かが指に当たる感覚がして、それが何か分かると私は驚いて顔を上げた。
「な……んで……?」
そこには、司がしている物と同じ指輪。あの時、私が嵌めてみたものと同じものが、同じように私の薬指に光っている。
「お前にはいらないって言われたけど、あの日、最初から一緒に買ってた。俺はずっと偽物だと思ってなかったけど、お前もしてくれなきゃやっぱり本物にはならない」
どうしよう……涙が零れそうだ
本当は、心の奥底では不安だった。私達は誰にも言えない関係で、それを隠して行かなきゃいけないんだって、ずっとそう思ってた。だから、無意識に強がりを言っていたのだと思う。
けどこうやって、司が本物だって言って私を司のモノにしてくれた。
それがこんなにも……
「嬉しい……」
堪えきれずに、涙が次々と溢れ出る。そんな私を、司は少し困ったような顔で見ている。
「泣かせるつもりじゃなかったんだけど」
ゆっくりと、涙を拭うように司の唇が目の横に触れる。
「だって……。嬉しかったから……」
泣き笑いしながらそう答えると、司はさっきまでの固かった表情を緩めた。
「お前は俺の人生初の恋人だ。そこは誇っていいぞ」
そう言ってゆっくり抱き寄せられる。
「じゃあ、司は私の人生最後の恋人だよ?」
そう返すと、ふっと息を漏らす音が聞こえ、
「そうだな。俺もお前が人生最後の恋人だ」
と返って来た。
「ねぇ、司?」
「何だ?」
私が司の顔を見上げると、司は嬉しそうな表情を見せて私を見つめ返してくれる。
「愛してる」
そう言えば、自分から誰かにこの言葉を言ったことなど無かった。
ずっと薄っぺらい愛してるに対して結局私も同じくらい薄い気持ちでしか返した事が無かったのだ。
でも、今は違う。
これが本当の愛なんだって、そう思う。
「お前……。今それ言う?」
司は呆れたようにそう返して来て、「何で?」と私は尋ねた。
「今すぐ抱きたくなるだろ?」
ゆっくりと司の顔が私に近づいて来て、そして言う。
「俺も。愛してる」
その言葉のすぐ後に、優しく唇が降って来た。
外に出ると爽やかな風が吹いていて、時折木々がザザッと音を立てている。
「こっち。来て」
司は私の手を引いて建物の裏手に回るように、扉の死角になっている通路に入って行く。
「どうしたの?」
細い通路の少し奥まで無言で進んで行く司に尋ねると、ようやく立ち止まりこっちを向いた。どんな表情をしているのか分からないまま、私は司の胸の中に閉じ込められた。
「今……。俺はお前に何を捨てさせた?」
「え?」
言葉の意味が分からず、そう呟いて顔を上げる。そこには苦しげな表情を見せる司の顔があった。
「さっき……、一瞬そんな顔した。お前は時々、何かを諦めたような顔をしてる。気付いてるか?」
少しの表情でそこまで気付いてしまうこの人には、隠し事なんて出来ないんだな……
そうだ。私は色々な事を諦めてしまうようになった。何も期待しなければ、手に入らなくても辛くないからと。それはすっかり悪癖となり、いつの間にか私に染み付いてしまっていた。
「ごめんなさい……」
そう口に出すと、背中に回る腕にまた力が入った。
「謝って欲しいわけじゃない。ただ、お前が何を思ったのか知りたい。それだけだ」
私は欲張りだ。ほんの少し前に司がいてくれるだけでいいって言ったばかりなのに、やっぱりそれ以上を望んでしまう。
「2人が……皆に祝福されてて羨ましいって思った……だけ」
私がそう言うと、両肩に優しく手を添えてゆっくり体を離される。
「俺達は、誰にも言えない関係だって思ってんの?誰も祝福してくれないような」
私は気持ちを言い当てられて、俯いたままゆっくり頷いた。
司から、はぁーっと深く息を漏れるのが聞こえて来た。
「お前が嫌がってそうだから俺は何も言わないつもりだったけど……。言っていいならそうする。少なくとも、今日ここにいる奴らは俺達の事をちゃんと認めてくれる」
そう言う司に、私はずっと心に引っかかっていた事を尋ねる。
「でも……。私たちその……セフレ……じゃないの?」
『仕事の関係』以外で私はこの関係を何と呼ぶのか、ずっと分からないでいた。
お互いに好きだって言い合って、凄く大事にして貰っているのは分かる。けど、ちゃんと何か言われたわけでもないし、かと言って改まって聞くのも怖かった。私は本当に臆病者だ。
だから、誰かに私を紹介してくれるなんて……考えてもなかった。
「…………お前、それ本気で言ってんの?」
冷たさを含むその声に、怒りのようなものを感じる。何も言えず、ただ立ち尽くしていると、司は私の左手を持ち上げた。
「そう思わせてたのは、全部俺が悪い。なし崩し的にお前を一緒に住まわせて、俺のものにした。今までそんな関係になったヤツもいなかったし、言わなくても分かってくれてるって勝手に思い込んでた」
そこまで言うと、司は上着のポケットに手を入れて、何かを取り出した。
「こんなところで、格好がつかないけど……」
そう言って持ち上げたままの私の左手に、私が付けた指輪が光る司の左手が重なって行く。
何かが指に当たる感覚がして、それが何か分かると私は驚いて顔を上げた。
「な……んで……?」
そこには、司がしている物と同じ指輪。あの時、私が嵌めてみたものと同じものが、同じように私の薬指に光っている。
「お前にはいらないって言われたけど、あの日、最初から一緒に買ってた。俺はずっと偽物だと思ってなかったけど、お前もしてくれなきゃやっぱり本物にはならない」
どうしよう……涙が零れそうだ
本当は、心の奥底では不安だった。私達は誰にも言えない関係で、それを隠して行かなきゃいけないんだって、ずっとそう思ってた。だから、無意識に強がりを言っていたのだと思う。
けどこうやって、司が本物だって言って私を司のモノにしてくれた。
それがこんなにも……
「嬉しい……」
堪えきれずに、涙が次々と溢れ出る。そんな私を、司は少し困ったような顔で見ている。
「泣かせるつもりじゃなかったんだけど」
ゆっくりと、涙を拭うように司の唇が目の横に触れる。
「だって……。嬉しかったから……」
泣き笑いしながらそう答えると、司はさっきまでの固かった表情を緩めた。
「お前は俺の人生初の恋人だ。そこは誇っていいぞ」
そう言ってゆっくり抱き寄せられる。
「じゃあ、司は私の人生最後の恋人だよ?」
そう返すと、ふっと息を漏らす音が聞こえ、
「そうだな。俺もお前が人生最後の恋人だ」
と返って来た。
「ねぇ、司?」
「何だ?」
私が司の顔を見上げると、司は嬉しそうな表情を見せて私を見つめ返してくれる。
「愛してる」
そう言えば、自分から誰かにこの言葉を言ったことなど無かった。
ずっと薄っぺらい愛してるに対して結局私も同じくらい薄い気持ちでしか返した事が無かったのだ。
でも、今は違う。
これが本当の愛なんだって、そう思う。
「お前……。今それ言う?」
司は呆れたようにそう返して来て、「何で?」と私は尋ねた。
「今すぐ抱きたくなるだろ?」
ゆっくりと司の顔が私に近づいて来て、そして言う。
「俺も。愛してる」
その言葉のすぐ後に、優しく唇が降って来た。
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