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「どうぞ……」
残された私は、勝手知ったる社長室の冷蔵庫を開けてアイスコーヒーを入れ、応接ソファに座る2人に差し出してからソファに腰掛けた。
目の前で社長がストローを袋から出しながらこっちを見ると、
「あ、そっちに座るんだ。長森さん」
と不思議そうな顔して尋ねて来て、自分がやらかした事に気づく。
普通に司の横に座っちゃってた。お客様側に座ってどうするのよ?
と心の中でツッコミを入れるが、こうなったからにはどうしようもなく、「何か……つい?あはは」と力なく笑って誤魔化した。
実はもう一つやらかしている事があって、そっちには気付きませんように!と心の中で手を合わせながらテーブルを眺める。
社長の前には、2個ずつ置いたシロップとミルク。司の前には何も置いていない。だってブラックで飲むって知ってるから。
何か色々ボロ出しそうだな。私……
軽く溜め息が出そうだ。
そんな私の様子に構う事なく、社長が司に尋ねた。
「改まって話しって何?」
「あぁ……。今後の事なんだが」
そう言って司はアイスコーヒーに口をつける。
「本格復帰してからって事?」
社長は2つとも入れたミルクで白くなったコーヒーをカラカラ回しながら尋ねる。
「そ。専属の話な。俺はやっぱり、コイツがいい」
そう言って司は私の方を見た。
「………は?」
目を丸くして、素でそう口に出す。
え、だって、最近そんな話ししてこないから、もういいんだって思ってた。てっきり別の誰かに頼むんだって。
「いいんじゃない?」
ようやくかき混ぜたコーヒーを口にしながら社長が、さも当たり前のようにそう言う。
「社長!そんなっ……。だって私……」
そう言い澱んだ私に、社長はいつものように人懐っこい笑顔を浮かべる。
「もうそろそろいいんじゃない?と言うか、僕は長森さんが専属になるの遅いくらいだと思ってるし」
確かに、今までそんな話がなかった訳ではない。
でも、元彼と付き合っていた頃はとてもじゃないが定時で帰れない、なんて許してもらえる筈もなく断り続けた。
そして、別れた後。私は事情がありとても専属になれるような状態ではなかった。
それを分かっていて、社長はそう言ってくれているのだ。今ならできるだろうと。
「少し……考えさせて貰ってもいいですか?」
「うん。いいよ。ね、司?」
「あぁ」
私があまりに憂いた表情を見せてしまったからか、社長は明るく続ける。
「まあ、一度やってみて、どうしても司の事が嫌だったら変わるからね!茉紀に」
「はぁ?お前その言い草!それに俺は茉紀だけはぜってーに御免だからな!」
そのやりとりに、ちょっとホッとして、私は先に社長室を後にした。
そして、自席に戻ると私は、はぁっ……と深く息を吐いた。
メールと電話だけでやりとりが終わるスケ管と違って、専属は打ち合わせに出向いて折衝を行ったり、クライアントの様々なサポートを行ったりと、する事は多岐に渡る。
専属をやっている他の社員からは、『やりがいはあるよ』とは聞いているが、果たして私にそこまでの事が出来るんだろうか?と頭を悩ませてしまう。
「瑤子?何だったの?長門の話。アイツ……瑤子に無茶振りしてない?」
茉紀さんは私の隣の席に座り、ぼんやりしていた私にそう声をかける。
「えっ?あ、の……。専属やらないかって」
「ふーん……。やれば?」
あっさりと茉紀さんはそう言った。
「茉紀さん軽っ!」
悩んでるのが馬鹿らしくなる程の軽い口調に、考えるより先に突っ込んでしまう。
「瑤子なら出来るでしょ。まあ、長門の事が嫌って言うんなら話は別だけど?」
「そう言う訳では……」
そう言って口籠る私に茉紀さんは笑いながら明るく言う。
「何かあったら私変わるからさ!絶対長門は嫌がるだろうけど!」
「はい。とっても嫌がってました」
私も笑顔でそれに答えると、安心したように茉紀さんがこちらを見ていた。
「いつでもサポートするから。瑤子は新しい一歩を踏み出してみなよ?」
茉紀さんのその言葉に、私は「はい」とゆっくり頷いた。
定時前に茉紀さん達も、司も事務所を後にして行き、少しやることの残っていた私は事務所に残る。
『いつもの場所近くにあるパーキングにいるからゆっくりでいい』
司からのメッセージに、私は『ありがとう。少し遅れます』と短く返信する。
来週は祝日の関係で、出勤するのは火、水、金の3日しかない。
だんだんと増えてきた司宛の依頼が休みの間に溜まっていきそうで、本当は家に仕事持ち込みたくないんだけど、と思いながらも、念のためタブレットを鞄に入れて事務所を後にした。
『今事務所でたよ』
メッセージを送ると、すぐに『分かるところにいる』と返事が返って来る。
外はすっかり陽が落ち、肌に当たる風は幾分か冷たさを帯びてきた。
早いなぁ……。もうすっかり秋の気配がする。
司と初めて会ったのは、ほんの3ヶ月前だ。たったそれだけの間に、私を取り巻く環境が大きく変わってしまった。
これからどうなって行くんだろう……
激流に流されて行くような感覚に少し怖くなる。でも、この行く末を見てみたいと思いもする。
「瑤子。こっち」
いつもの場所に近いパーキングの入り口から私を呼ぶ声がして、私はそこに駆け寄った。
「お待たせ」
そう言って見上げると、司は目を細めて私の手を取る。
この手を離さなければ……激流の先にある景色が見られるのかな?
そう思いながら、私はその手を握り返した。
残された私は、勝手知ったる社長室の冷蔵庫を開けてアイスコーヒーを入れ、応接ソファに座る2人に差し出してからソファに腰掛けた。
目の前で社長がストローを袋から出しながらこっちを見ると、
「あ、そっちに座るんだ。長森さん」
と不思議そうな顔して尋ねて来て、自分がやらかした事に気づく。
普通に司の横に座っちゃってた。お客様側に座ってどうするのよ?
と心の中でツッコミを入れるが、こうなったからにはどうしようもなく、「何か……つい?あはは」と力なく笑って誤魔化した。
実はもう一つやらかしている事があって、そっちには気付きませんように!と心の中で手を合わせながらテーブルを眺める。
社長の前には、2個ずつ置いたシロップとミルク。司の前には何も置いていない。だってブラックで飲むって知ってるから。
何か色々ボロ出しそうだな。私……
軽く溜め息が出そうだ。
そんな私の様子に構う事なく、社長が司に尋ねた。
「改まって話しって何?」
「あぁ……。今後の事なんだが」
そう言って司はアイスコーヒーに口をつける。
「本格復帰してからって事?」
社長は2つとも入れたミルクで白くなったコーヒーをカラカラ回しながら尋ねる。
「そ。専属の話な。俺はやっぱり、コイツがいい」
そう言って司は私の方を見た。
「………は?」
目を丸くして、素でそう口に出す。
え、だって、最近そんな話ししてこないから、もういいんだって思ってた。てっきり別の誰かに頼むんだって。
「いいんじゃない?」
ようやくかき混ぜたコーヒーを口にしながら社長が、さも当たり前のようにそう言う。
「社長!そんなっ……。だって私……」
そう言い澱んだ私に、社長はいつものように人懐っこい笑顔を浮かべる。
「もうそろそろいいんじゃない?と言うか、僕は長森さんが専属になるの遅いくらいだと思ってるし」
確かに、今までそんな話がなかった訳ではない。
でも、元彼と付き合っていた頃はとてもじゃないが定時で帰れない、なんて許してもらえる筈もなく断り続けた。
そして、別れた後。私は事情がありとても専属になれるような状態ではなかった。
それを分かっていて、社長はそう言ってくれているのだ。今ならできるだろうと。
「少し……考えさせて貰ってもいいですか?」
「うん。いいよ。ね、司?」
「あぁ」
私があまりに憂いた表情を見せてしまったからか、社長は明るく続ける。
「まあ、一度やってみて、どうしても司の事が嫌だったら変わるからね!茉紀に」
「はぁ?お前その言い草!それに俺は茉紀だけはぜってーに御免だからな!」
そのやりとりに、ちょっとホッとして、私は先に社長室を後にした。
そして、自席に戻ると私は、はぁっ……と深く息を吐いた。
メールと電話だけでやりとりが終わるスケ管と違って、専属は打ち合わせに出向いて折衝を行ったり、クライアントの様々なサポートを行ったりと、する事は多岐に渡る。
専属をやっている他の社員からは、『やりがいはあるよ』とは聞いているが、果たして私にそこまでの事が出来るんだろうか?と頭を悩ませてしまう。
「瑤子?何だったの?長門の話。アイツ……瑤子に無茶振りしてない?」
茉紀さんは私の隣の席に座り、ぼんやりしていた私にそう声をかける。
「えっ?あ、の……。専属やらないかって」
「ふーん……。やれば?」
あっさりと茉紀さんはそう言った。
「茉紀さん軽っ!」
悩んでるのが馬鹿らしくなる程の軽い口調に、考えるより先に突っ込んでしまう。
「瑤子なら出来るでしょ。まあ、長門の事が嫌って言うんなら話は別だけど?」
「そう言う訳では……」
そう言って口籠る私に茉紀さんは笑いながら明るく言う。
「何かあったら私変わるからさ!絶対長門は嫌がるだろうけど!」
「はい。とっても嫌がってました」
私も笑顔でそれに答えると、安心したように茉紀さんがこちらを見ていた。
「いつでもサポートするから。瑤子は新しい一歩を踏み出してみなよ?」
茉紀さんのその言葉に、私は「はい」とゆっくり頷いた。
定時前に茉紀さん達も、司も事務所を後にして行き、少しやることの残っていた私は事務所に残る。
『いつもの場所近くにあるパーキングにいるからゆっくりでいい』
司からのメッセージに、私は『ありがとう。少し遅れます』と短く返信する。
来週は祝日の関係で、出勤するのは火、水、金の3日しかない。
だんだんと増えてきた司宛の依頼が休みの間に溜まっていきそうで、本当は家に仕事持ち込みたくないんだけど、と思いながらも、念のためタブレットを鞄に入れて事務所を後にした。
『今事務所でたよ』
メッセージを送ると、すぐに『分かるところにいる』と返事が返って来る。
外はすっかり陽が落ち、肌に当たる風は幾分か冷たさを帯びてきた。
早いなぁ……。もうすっかり秋の気配がする。
司と初めて会ったのは、ほんの3ヶ月前だ。たったそれだけの間に、私を取り巻く環境が大きく変わってしまった。
これからどうなって行くんだろう……
激流に流されて行くような感覚に少し怖くなる。でも、この行く末を見てみたいと思いもする。
「瑤子。こっち」
いつもの場所に近いパーキングの入り口から私を呼ぶ声がして、私はそこに駆け寄った。
「お待たせ」
そう言って見上げると、司は目を細めて私の手を取る。
この手を離さなければ……激流の先にある景色が見られるのかな?
そう思いながら、私はその手を握り返した。
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