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14 side T
1.
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ニューヨークに戻って来て数日が過ぎた頃、俺のイライラは最高潮に達していた。
遅々として進まない荷造りに、ジャンジャンなる電話。
分かってる。どちらも自分の撒いた種だってことは。だが、イライラするのは止められない。
家のものを、全部いるか全部いらないかはっきりできたらどれだけ楽か。
けど現実は、大量の要らないものの中から、要るものを探すと言う面倒極まりない作業になっている。
だいたい、ずっと家を整理整頓していたのは、通いで来てたハウスキーパーのメグだ。多分俺の母親と対して歳の変わらない、ニコリともしないばーさんだ。
初めて会った時は、真面目腐った顔で、
「マーガレットです。メグとお呼び下さい」
なんて言われて、何かの冗談かと思った。
だが、まあ6年も俺がこの家に住み続けられたのはメグのおかげでもある。
俺が散らかし放題散らかしても、帰宅するとみる影もなく元どおりになっている。それに、必要なものはメグに聞けば何でも現れた。
だから、俺は自分の家なのに、どこに何があるのか全く分かっていないのだ。
だが、俺がいったん日本に帰ると伝えた時、メグはこう言ったのだ。
「私は司様がこちらにお戻りの頃、夫と束の間のバカンスを楽しんでおりますので、お力にはなれません。あしからず」
相変わらず能面のような顔で告げられ、その時はまあいいかと軽く考えていた。けれど今になって分かる。
メグは……最後ぐらい自分で何とかしろと言いたかったのだ。
くっそー!
と思っても後の祭りで、仕方なく一つ一つ仕分けを進めるしかなかった。
そして、その合間にかかってくる電話。
電話番号しか表示されていない電話に、正直出たくはないが、仕事の電話かも知れないと思い出る。
『Hi!司、こっちにいるなら私と遊ばない?』
もう、誰かなのかも分からないその電話に「無理。忙しい」と言って切る。
……を何度も繰り返している。
「おい睦月!何で俺が戻ってるって知れ渡ってんだ!」
八つ当たりのようにそう言う俺に、睦月は「この時期にこっち戻るって言い触らしたの自分でしょ?自業自得!」と返される。
ホント、3か月前の自分をぶん殴ってやりてーよ!
と、どうにもならないことを俺は思った。
毎日毎日、地道に部屋で作業を続けた。
なんせ、この部屋の家主が、『ナガト ツカサが使ってた部屋だ、ってプレミア付けて貸し出す』何て息巻いていると聞いたらやるしかない。
どおりで『要らないものは全部残して行っていい』なんて気前のいい事を言い出すはずだ。
最初から、家電や家具はほぼ処分するつもりだったから、渡りに船とばかりに乗ったのだがそう言う裏があったとは。
でも、一通り全ての物を確認しておかないと、さすがに色々まずい……と溜め息を吐きながら作業をしていた。
せめてここに瑤子がいてくれたら……気持ちも少しは違ったかも知れない。
別に手伝って欲しい何て思っていない。ただ、そこにいるだけでいいんだけど。
まだアイツが休みに入っていないのは、夏季休業のお堅い挨拶メールが来ていたから知っている。
だから電話すら我慢してかけていないがもうそろそろ限界だ。
だが、声を聞いたら集中も途切れそうで、もうしばらくは我慢しろと自分に言い聞かせた。
そんな中、時々入る仕事。
今まで世話になった相手からの依頼を無碍に断ることも出来ず、渋々ながら睦月と現場に向かった。
モデルもスタッフも俺の事をよく知った奴等ばかりで、撮影は順調に終わり、俺は簡易なテーブルとイスに腰掛けて、カメラの手入れをしていた。
すると、スルッと俺の顎を撫でるように白い手が伸びて来て、咽せるような香水の匂いが漂った。
見上げると、今日撮ったメインモデルの金髪の女。
残りの2人は少し離れたところで睦月と会話していた。
「ねぇ……ツカサ?あなた、こっちに戻ってから誰も相手にしてないって本当?」
イスの肘掛けに凭れて、俺の顔を持ち上げて覗き込むその女は、多分、何度か相手にした一人だ。名前は覚えていない。
「忙しいんだよ」
やんわりと手を払い、また視線をカメラに戻すとそれだけ言う。
「あら、今までどんなに忙しくても誰かしら相手にしてたのに、どう言う心境の変化かしら?」
なんとなく、尋問するような口調で女は言う。
あー……。こっちも面倒くせえな。
だが、ふと思い直す。
コイツにハッキリ理由を告げたら、他の女にも瞬く間に伝わって、煩わしい電話の嵐から解放されるかも知れないと。
遅々として進まない荷造りに、ジャンジャンなる電話。
分かってる。どちらも自分の撒いた種だってことは。だが、イライラするのは止められない。
家のものを、全部いるか全部いらないかはっきりできたらどれだけ楽か。
けど現実は、大量の要らないものの中から、要るものを探すと言う面倒極まりない作業になっている。
だいたい、ずっと家を整理整頓していたのは、通いで来てたハウスキーパーのメグだ。多分俺の母親と対して歳の変わらない、ニコリともしないばーさんだ。
初めて会った時は、真面目腐った顔で、
「マーガレットです。メグとお呼び下さい」
なんて言われて、何かの冗談かと思った。
だが、まあ6年も俺がこの家に住み続けられたのはメグのおかげでもある。
俺が散らかし放題散らかしても、帰宅するとみる影もなく元どおりになっている。それに、必要なものはメグに聞けば何でも現れた。
だから、俺は自分の家なのに、どこに何があるのか全く分かっていないのだ。
だが、俺がいったん日本に帰ると伝えた時、メグはこう言ったのだ。
「私は司様がこちらにお戻りの頃、夫と束の間のバカンスを楽しんでおりますので、お力にはなれません。あしからず」
相変わらず能面のような顔で告げられ、その時はまあいいかと軽く考えていた。けれど今になって分かる。
メグは……最後ぐらい自分で何とかしろと言いたかったのだ。
くっそー!
と思っても後の祭りで、仕方なく一つ一つ仕分けを進めるしかなかった。
そして、その合間にかかってくる電話。
電話番号しか表示されていない電話に、正直出たくはないが、仕事の電話かも知れないと思い出る。
『Hi!司、こっちにいるなら私と遊ばない?』
もう、誰かなのかも分からないその電話に「無理。忙しい」と言って切る。
……を何度も繰り返している。
「おい睦月!何で俺が戻ってるって知れ渡ってんだ!」
八つ当たりのようにそう言う俺に、睦月は「この時期にこっち戻るって言い触らしたの自分でしょ?自業自得!」と返される。
ホント、3か月前の自分をぶん殴ってやりてーよ!
と、どうにもならないことを俺は思った。
毎日毎日、地道に部屋で作業を続けた。
なんせ、この部屋の家主が、『ナガト ツカサが使ってた部屋だ、ってプレミア付けて貸し出す』何て息巻いていると聞いたらやるしかない。
どおりで『要らないものは全部残して行っていい』なんて気前のいい事を言い出すはずだ。
最初から、家電や家具はほぼ処分するつもりだったから、渡りに船とばかりに乗ったのだがそう言う裏があったとは。
でも、一通り全ての物を確認しておかないと、さすがに色々まずい……と溜め息を吐きながら作業をしていた。
せめてここに瑤子がいてくれたら……気持ちも少しは違ったかも知れない。
別に手伝って欲しい何て思っていない。ただ、そこにいるだけでいいんだけど。
まだアイツが休みに入っていないのは、夏季休業のお堅い挨拶メールが来ていたから知っている。
だから電話すら我慢してかけていないがもうそろそろ限界だ。
だが、声を聞いたら集中も途切れそうで、もうしばらくは我慢しろと自分に言い聞かせた。
そんな中、時々入る仕事。
今まで世話になった相手からの依頼を無碍に断ることも出来ず、渋々ながら睦月と現場に向かった。
モデルもスタッフも俺の事をよく知った奴等ばかりで、撮影は順調に終わり、俺は簡易なテーブルとイスに腰掛けて、カメラの手入れをしていた。
すると、スルッと俺の顎を撫でるように白い手が伸びて来て、咽せるような香水の匂いが漂った。
見上げると、今日撮ったメインモデルの金髪の女。
残りの2人は少し離れたところで睦月と会話していた。
「ねぇ……ツカサ?あなた、こっちに戻ってから誰も相手にしてないって本当?」
イスの肘掛けに凭れて、俺の顔を持ち上げて覗き込むその女は、多分、何度か相手にした一人だ。名前は覚えていない。
「忙しいんだよ」
やんわりと手を払い、また視線をカメラに戻すとそれだけ言う。
「あら、今までどんなに忙しくても誰かしら相手にしてたのに、どう言う心境の変化かしら?」
なんとなく、尋問するような口調で女は言う。
あー……。こっちも面倒くせえな。
だが、ふと思い直す。
コイツにハッキリ理由を告げたら、他の女にも瞬く間に伝わって、煩わしい電話の嵐から解放されるかも知れないと。
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